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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
どのジャンルも最強のジョブは大体アレ
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大人の話(意味深)/センセイ

 椿くんの誘導通り、新橋から京浜東北線に皆で乗ってお店についたけど、ボクの機嫌はまだ直らない。

 ぜってー無理だろと思ったのに


「じゃーペスカトーレとアヒージョ食べたい」


 って言ったら作りやがった椿くん。注文した事ないのに。

 カクテルサラダまでつけてきた。


 材料がありやがるの。そういえばこの店の仕入れはどうなっているのだろうか。ビールとかすごいビールの味だし。

 それで、ご飯を待っている間に僕らが堅香子ちゃんに全部説明する訳にはいかないから、なんか微妙な雰囲気になって待って、早かったんだけど出来上がるの。で、待って。


 ご飯はおいしいじゃん。

 食べながら説明するじゃん、小春ちゃんの事。まあ出会いからだよね。


 ボクこの話何回聞いただろうか。最初に椿くんが小春ちゃんがデートしてるの見かけて恋煩いで手元おかしくなってダイキリに牛乳ぶちこんだ時と。


 その後出雲で毎年話題に上がって……二年位か。で、今年もうフィーバーじゃん。

 もう聞き飽きたわ。大体みんな「まあ」とか「おお」のタイミングまで一緒なのなんでなんだろう。まったく。


 堅香子ちゃんは神妙な顔で考え込んで、首を傾げながら。


「多分大丈夫なんじゃない?とりあえず狐側からのペナルティは聞いた事ないし?」

「何故疑問形、母様」


「椿くらいの……というか、科戸くらいの妖狐だと難しそうだから、成立しなかったから、そういう話がなかったんじゃないかなあと思うのよね。でも椿は大丈夫というか」

「はあ?」


 堅香子ちゃんの見解はこうだった。

 椿くんランクの妖狐というのは、術が上手でも半日くらいしか維持できない。半日しか人間でいられない。

 で、番いになって人里に住むとなると、人の目があるから働かないといけない。


 昼間働くと、夕方からは狐になっちゃうからうまく伴侶とコミュニケーションがとれないのではないかと。


 狐側の住処に人間を呼び寄せるにしても、椿くんランクの狐は山に家とかもってないから、野宿じゃ人はなかなか耐えられないだろうということ。


「ばれやすいと、まあ、村八分にびくびくしないといけないしねえ。でも椿、普通に、人間の世界になじんでるし、お家あるし、周りのご理解あるし、あとはあれねえ。子供は母親の種族で生まれる感じっぽ」

「そういう予定はないので、大丈夫です」


「あらだって」

「ないです。そんな無責任な事出来ません」


「そうは言いますが」

「あのねえ母様。時代が違うんだから。もうこの話終わり」


「えー」

「終わり」


 強いなー小手毬ちゃん。なんかカウンターの中でほっとしている椿くん。よかったね。

 でも素直に祝えない神がここに一人いるんですよ。


「椿くん」

「はい」


「じゃあ、今日のボクの、小春ちゃんの御機嫌取りは全てムダな努力だったって事でいいんだよね。もっと早く聞けばよかったよね」

「う」


 まあね、頭働かせないでズバッとはいけないよ。根回しは大事だよ。君は悪くないよ。うん。

 でも、なんだろう……寒空の張り込みとか、ダサい服着たのとか、あれ全部無駄だったのかって思うとよかったねで済ませられないんだよね。狭量な神でごめんね。

 しかもさっきなんかさ、椿くんが小春ちゃんを追ってきた時、ひらめいたんだよね


「いまさら何しに来たの椿くん、これから僕らご飯食べに行くから邪魔なんだけど」

「くっ……!」

「こんなかわいい女の子放っておいて、小春ちゃん、ボクにしたら?寂しい思いなんてさせないよ?」

「えっ!?」


 みたいな子芝居打って、なんやかんや当て馬になって二人の絆を強固なものにしてあげようと思ったのにいきなり何してんの君。


 そして何ボクを荷物持ちにさせてんの。


 しかも公衆の面前で何やってんの。


 それ二回目だよね。我慢してもロクな事ないって忠告したよね。学習しないの?

 みたいなもやもやが晴れない。


「すいません、センセイ……」

「誠意が足りない」

「ごめんなさいねえ、センセイ。椿がとんだ失礼を。何か出来る事があるかしら?」


 椿くんと堅香子ちゃんがすまなそうにボクを見つめてくる。思いのほか申し訳なさそうだ。許さないとボクが駄目みたいな雰囲気だ。面白くない。面白くない……


「あ、そうだ。お詫びして」

「え?」

「ボクは狐をもふもふしたい。出来れば四匹を小脇に抱えたい。15分くらいでいいからもふもふさせて」

「は?」


 そうだ。小春ちゃんに聞いて、一度おねだりしようと思っていたんだ。気持ちいいらしいじゃないか椿くんの毛並み。


「なでなでしてるとにやにやしちゃいます」


 らしいじゃないか。

 しかも今ここには四匹。しかも色とりどりらしいじゃないか。こんなチャンスめったにない。適度に恥ずかしいが、あとくされのないお詫び方法として完璧じゃないか。

 なぜか堅香子ちゃんの顔が曇った。


「えーと……小手毬、わたくし、茉莉の三匹か、椿単体、どっちかだけでお願いします」

「てか椿だけでいいでしょ」

「やだ!もふもふしたい。ねえもふもふしたいよね?麗ちゃん!」


 カウンターの奥に座ってサボっている麗ちゃんにボクは話しかける。よっこいしょと立ち上がった麗ちゃんは、大きく頷いた。


「まあ、手前もこう、両手で首根っこ掴んだ妖狐ぶらーんてしてみたいの」

「ほらー!」

「センセイ、僕で我慢して下さい」

「あらあ、困ったわ。麗さままで。わたくしと茉莉だけじゃだめなの?もしくはローテーション」

「なんでいっぺんじゃだめなのさ」


 視界の端で椿くんと小手毬ちゃんが自分の片手で目を覆った。堅香子ちゃんが大変可愛らしく小首をかしげる。


「だって今、発情期中ですから」


「は?」

「そこは野生の狐と同じなんです。冬はそうなんです。センセイ。間違いが起こったら大変だし、茉莉、多分椿に噛みつかれちゃうかもしれないんです」

「マジで」


 椿くんはバツが悪そうに「……マジです」と肯定を搾り出した。


「じゃあもしかして――――」


 あ、これ後で二人の時に言えばいいやつだ。言葉を止めた。ボクだって空気くらい読める。

 その場に誰も喋る者のいない、静かな空気が流れたが、長く続かなかった。

 打ち切ったのはぱたぱたぱた!という足音だ。


 景気のいいばたーん!という音と共に椿くんの部屋側の扉が開いて、茉莉くんに手を引かれた小春ちゃんが出てくる。

 小春ちゃんを引っ張りながら茉莉くんが出てきた、か。混乱したからおかしくなっちゃった。


「かあさま、おはようございます」

「あらおはよう。茉莉。楽しそうね」

「はい!ぼく、この小春を番いにします!」

「えっ!?」


 小春ちゃんは寝耳に水だったらしい。茉莉くんは「いいこと考えた!」の顔だ。

 あっけにとられた一同の中で、一人だけ目が座っている人間……に化けるのが上手い妖狐がいたことを、僕は見逃さなかった。


 グラスも倒さずに狭いカウンター作業台で手をついて跳び、上の棚に頭をぶつけずにひらりとカウンターを飛び越えて彼は茉莉くんに歩み寄る。

 そのまま茉莉くんの首根っこを掴んで持ち上げて、堅香子ちゃんの腕の中に落とした。

 この間、目は据わっている。

 その後、椿くんは小春ちゃんを後ろから抱きしめた。


「茉莉くん。これは僕の。絶対にあげない。あきらめて」

 ―――大人げねえよ、椿くん。殺気出してるじゃん。


「ハァ?お前には小手毬ねえさまがいるだろ!」

「いらないわよ!三億積まれても絶対にいらないわよ!こんな公然猥褻強行装置みたいなやつ!」

「小手毬ちゃんにはしませんよ」

「ごめん心の底からめっちゃうれしい。ほんとう、あんた女見る目あると思う。椿」

「だよね。これからもよろしく」

「ほんとう嬉しくてたまらない。気持ち悪すぎる」

「あの、あの、椿さん、私、三億払っても、椿さんのこといりますからね」

「うん。うん。じゃあ小春さん、ちょっとこれから三億、身体で払」

「小春、目を覚ませ、ぼくの方が強いし、あにさまは格好いいから、ぼくも格好良くなるぞ!」

「おやおや、兄の威を借る狐なんて、ちゃんちゃらおかしいですね、茉莉くん」

「絶対お前倒す――――!」


 …………うん。


 お店はさ、気使って、みんな帰ったんだよね。三四郎さんとか。


 今、ボクたちだけ


 店内に、まず、絶世の美女が二人いるじゃん


 ひとりはどえれー神様で

 もう一人はおっかねえ女狐ちゃんで


 そこに黒髪美少女女子高生という、現代では希少種みたいのもいるじゃん


 さらに勝気な美人女狐ちゃんもいるじゃん……お母さんから色気が遺伝しなかったのが残念だけど


 で、次代の妖狐界を背負って立つと期待されている、七〇〇年ぶりの黒狐くんと


 小間使いの妖狐いるじゃん


 で、近年グイグイ来てる男前神様のボクいるじゃん…


 設定だけ箇条書きしたら、天上の宴メンバーみたいじゃん……

 なんでここ、地獄絵図みたいなんだろう……

 ボク、不機嫌、吹っ飛んじゃったよ……

 なんか疲れちゃって、ため息をついたら、麗ちゃんがソルティ柚子出してくれた。ボクがいつもたのむやつ。ソルティドッグがグレじゅーじゃなくて柚子じゅー。この店オリジナルカクテル。


「麗ちゃん」

「なんじゃ」

「地獄って……行ったことある?」

「あるある。手前の大冒険そのへんから始まったからの」

 あるんだ。


「こんなかんじ?」

 視線だけで惨状をなぞる。椿くんVS茉莉くんの口げんかが始まっていた。

 争いは同じレベルの者同士でしか成立しないんだよ椿くん……

「ああまあ……めんどくささは同じくらいじゃの」


 ボクもいつかいくのかな。地獄

 でさあ、麗ちゃん、グラスに、柚子の種、入ってる……マジ雑……気持ちは嬉しいけど……雑……

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