思わぬごほうび。天からの授かりものと錯覚するほどに/小春
六畳のシンプルな和室です。元、椿さんの部屋です。
先ほど、気が付いたら全員集合していて、流れでお店に来ることになっていました。久しぶりです。
しかし現在、部屋には椿さんもセンセイも小手毬さんも小手毬さんのお母さんもいません。
「ちょ、ちょっと込み入った話をするので、ここにいてもらっていいですか」
ですって。
私が人間だから、仲間外れなのでしょうか。ちょっと面白くありません。
ですが、面白いというか、ここにいてもつまらなくない理由があるので、しょうがない、甘んじて椿さんのここにいてくださいを受け入れられます。
…………。
……もう一回、いいですかね。
元椿さんのお布団に、今別の人が寝ています。その姿が見たいので、お布団をめくります。
正確には人ではないのですが。
狐さんです。しかも子狐さんです。ですが狐色じゃなくて真っ黒なんです。
黒狐って言って、とてもめずらしくておめでたい色なんですって。
それはともかくかわいいです。普通の狐さんより成長が遅いらしく、4歳なのに子狐さんです。とにかくかわいいです。かわいすぎてどこがかわいいのかよくわからないくらいかわいいです。
椿さんもこんな感じだったのでしょうか。
椿さんに比べてお耳が大きい気がします。鼻もちょっと低い。子供だからでしょうか。
寝ながら尻尾が動いちゃうのは一緒ですね。
お腹が空いているからすぐ起きるはずらしいのですが、よく寝ています。
あ、起きた。
「おはようございます」
私が声をかけると、子狐さんはがばっと起き上がり、後ずさりをし、部屋を見回した後、ドアに向かって走り出しました。飛び上がって、ドアを開けようとして、届かなくて、何度も何度もぴょんぴょんしています。
椿さんなら届くのに、小さいから全然ノブに飛びつけません。
出たいのでしょうか。
かわいすぎます。
ええと、でも、怖いですよね。知らない人ですもんね。私。
「あの、あの、茉莉くんですよね」
子狐―――茉莉くんはぴょんぴょん跳ねるのをやめました。
「私、小手毬さんの知り合いです。皆お母さんとか、椿さんとか、今、大人の話をしているみたいで……だから……えっと、とりあえず、人に化けて一緒にご飯食べますか?それともそのまま食べますか?」
そう言って私は掛け布団を持ち上げます。狐さんというのは頭からつま先まで隠れてないと‘化ける’が使えないのだそうです。
茉莉くんは一度頷き、布団の上に戻ってきました。
ああ。小さいから歩数が多いんですね。ちょこちょこ歩いて来るさまがかわいいです。
上から掛け布団をかけてあげると、すぐにぽすっとお布団が膨らみました。中からくりくりのお目めが印象的な男の子が出てきました。
「……と、取り乱して申し訳ない」
「いえいえ。びっくりさせちゃってごめんなさい。ご飯ナポリタンなんですけど、食べられそうですか」
「……いただきます」
「じゃ、ここでちょっと待ってて下さいね。作って持って来ます」
靴を履いて、私は元椿さんの部屋をでます。廊下はさんで向かいの厨房に。
お店の厨房って感じの厨房です。作業台はステンレスで、壁はタイルでおなべやフライパンがかかっているという。王道です。
「さて」
コンロの上のお鍋一杯のお湯は、沸騰させたばっかりだからまだ温かいです。つまみを回してコンロを点火。
冷蔵庫の中から予め下ごしらえしていたものを出します。切った具材に、袋の表示時間より早めに上げておいた二人前のパスタ。あんなに小さいのに、茉莉くんは一人前食べちゃうそうです。すごい。
「あの、なにか、手伝う」
声が聞こえて振り向けば、入口に茉莉くんが立っていました。ちょっともじもじしています。
「あ、大丈夫ですよ。もうほとんど終わっているので」
妖狐さんの基準が解りませんが、小っちゃいですからコンロは危なそうですし。茉莉くんはなにか言いたげです。えーと……
「あ!じゃあ、私がちゃんと作れるか、見守っててもらっていいですか。ここで」
そう言って、作業台下に入っている少し高めの椅子を引っ張り出します。
私も昔、ここに座ってご飯出来るの待ってましたっけ。
へんなの。同じ場所で今度は私が狐さんのためにご飯を作るなんて。
そして失敗しないように気を付けなければいけません。楽しい気持ちを少し押しこめて、コンロの前に戻ります。
「茉莉くんは、パスタ、柔らかいのとちょっと堅めどっちがすきですか」
「アルデンテ」
「お、ハイカラな言葉を知ってますね」
お鍋が沸騰して来ましたが、パスタを入れるのはもう少し後にしましょう。
まずは中華鍋にバターを落とします。バターが溶けたところで、厚めのくし切りにした玉葱と、斜め四等分にしたウインナーを入れます。
「うちバター入れないぞ」
「そうなんですか?こくが出て美味しいですよ。あと、バターで玉葱を炒めた時のにおいがすごくおいしそうなので、うちはバターです」
さっそくいいにおいがしてきました。食べ物のにおいは数あれど、私はこのにおいが一番お腹がすきます。甘くて香ばしい。野菜のバターホイル焼きとかもいけません。
あ、お店のコンロ火力強いから手早くやらないと。
玉葱の外側が少ししんなりしてきたところで、沸騰したお湯に茹でかけパスタを投入します。この感じだと1分半くらいでしょうか。タイマーセット。
お湯の中の麺を菜箸でぐるぐるかき混ぜてほぐして、具材調理に戻ります。
ピーマンとマッシュルームを中華鍋に追加。マッシュルームも縦横に包丁を入れるので、お店の薄いやつより歯ごたえが出ます。うちのおかーさんはカレーでも餃子でも具を厚切りごろごろにする事をこよなく愛しています。私にもしっかり受け継がれています。
あ、一分半は意外と長い。一旦中華鍋の火を消して……。
そうだ、お皿用意しなきゃ。
「茉莉くん、出番です。このお皿を作業台に並べてください」
「わ、わかった」
茉莉くんが作業台に重ねておいてあったお皿をスライドさせてくれているのを横目で見守りながら、冷蔵庫へ。ウスターソースとケチャップを取り出します。
「ソース、いれるのか?」
「そーですよ。あ、嫌いなら入れないですけど」
「立ち向かう」
「それはとても格好いいですね。頑張りましょう」
あまりこれくらいの子と接した事がないのですが、かわいいです。なんでも一所懸命です。言い回しが独特です。
でれでれしていたらタイマーが鳴ってしまいました。火を止める前に麺を一本味見して。あ、大丈夫。火傷しないように両手に布巾を装着して、シンクの中に置いておいたざるめがけて、お鍋をひっくりかえします。
湯気で様子がうかがいにくいですが、パスタはざるからこぼれていないようです。
シンクからはべこって音がします。これ謎です。
まだ大分ざるが熱いので、ふちに布巾をかけて、そこを上手に持ちながらパスタを中華鍋に入れます。
コンロ再点火。
少し炒めてなじませてから、ケチャップを入れてさらに混ぜます。暫くそのまま。
「ソース忘れてるぞ」
「いいんですよ。甘みを先に吸わせてるんです。さしすせその法則ですよ」
「なんだそれ」
「まだ内緒です。大きくなったら多分習いますよ」
「ぼくにはにはまだ早いのか」
「覚えても忘れちゃうかもしれないですし」
「時が来ないと習得できない術か」
「多分」
因みに私は小学校で習いました。ウスターソースが最強であることは中学生の時に。
あ、でも、狐さんだしお坊ちゃまみたいなので、ご自分で料理しないですかね。
「さしすせそのほうそく……」
小声でそう唱える茉莉くんがかわいいので、このままにしておきます。お料理が出来る男の人はとっても素敵ですから。本当にとっても。
さて、仕上げに入りませんと。
ウスターソースをくるっと一周。馴染ませたら味見。あ、大丈夫です。
そのままコンロを強火にして、鍋を放置します。
「できたのか」
「おこげができたら、出来ます」
日向家は砂糖を使っているものは、ついおこげをつくりたくなってしまう家系なのだそうです。
そんな事を言っている間に、おこげのにおいがしてきました。火力強いです。
「熱いからお鍋気を付けて下さいね」
「うん」
気を付けているつもりなのでしょう。椅子の上で身動き一つしないように頑張っている茉莉くんにでれでれしそうになるのをこらえながら、菜箸でパスタを取り分けて行きます。
「茉莉くん、ウインナー好き?」
「好き」
多めに入れておきましょう。ウインナー。
あとは最後に……
「茉莉くん、パセリ好き?」
「嫌い」
じゃあ、これでナポリタンの完成です!
白いお皿に赤い麺がよく映えます。うちのお皿変な花柄だったりするので、イマイチなんですよね。こうみるとちょっとお店のっぽいです。
「先に食べてて下さいな。あ、フォーク大人ので大丈夫ですか」
「つかえる。あの……」
「あ、お鍋を洗っちゃいたいだけです。すぐです。私おなかぺこぺこなので、早くしないと茉莉くんの分も食べちゃうかもですよ」
「い、いただきます!」
口が勝手ににやにやしそうです。いけません。さて鉄は熱いうちに洗え、です。
お湯とたわしでごしごしします。あれ、普通の中華鍋の洗い方で大丈夫ですかね……神様専用の洗い方とかあるのでしょうか。でもこのまま放置という訳にもいきませんし。
汚れを落として、コンロで空焼きします。火力がつよいからあっという間です。
とりあえず、完了。私もナポリタン、いただきます。
作業台の下の椅子をもう一つ引っ張り出して、茉莉くんの向かいに。
湯気はなくなっちゃいましたが、今が食べごろです。
「いただきます」
フォークを取って、パスタ適量を巻きつけます。そう、四本分くらい巻き取るつもりが丁度いいんですよね。巻きすぎると食べるときに口の端痛くなってしまいますので。
ではではいただきます。
…………。
…………やっぱり、ナポリタンつくるなら、デルモンテに限ります……。
おかーさんのなかでハインツがブームみたいなのですが、ちょっと酸っぱいのです。
戻してもらおう。絶対。なんならお年玉で買います。
そんな決意を抱いていたら、視線を感じました。茉莉くんです。口の周りケチャップでべたべたです。
「どうしました?」
「お前天才だな」
「えへへ、ありがとうございます。もっと食べます?」
「うん。いや、お前おなかぺこぺこ……」
「デザートにアイスあるので大丈夫ですよ。もっと食べます?」
「あとひとくち分……」
まだお皿に半分位あるのによくばりですね。という言葉はしまって、茉莉くんのお皿にくるっと巻いた二口分のパスタを乗っけます。ウインナーも二個追加。
「かたじけない……」
「いえいえ」
よくおかーさんにこういう事、してもらいましたっけ。椿さんにも。
作った物を喜んでもらえただけで、なんだかお腹いっぱいになっちゃいました。
二人も同じ気持ちだったのでしょうか。恥ずかしいので聞けない気がします。
「お前、名前は?」
「小春です」
「小手毬ねえさまのともだちなのか」
「お友達というか……一方的にお世話になっています」
「弟子?」
「あはは、そうですね。弟子入りしたいです」
小手毬さんみたいに頼りがいがあれば、椿さんもざっくばらんに接してくれるのかも。
「……みんな、大人の話中といっていたな」
「そうみたいです」
「ということはお前は子供なのか」
「そうですね。そのつもりはないのですが、子供のようです」
「いくつだ」
「16になります」
「まだまだだな。山茶花ねえさまよりまだまだだ」
「ああ、下のお姉ちゃんですね」
「知り合いか」
「いいえ、こないだ、お誕生日プレゼントを小手毬さんと一緒に選んだので。いいですね。三人きょうだい」
「五人だ」
「えっ」
「……うちを知らないなんて、小春はもぐりなのか?ものすごくつよくて、格好いい、あにさまが二人いる」
「へえ。そうなんですね」
椿さんもいらっしゃるんでしたっけ。普通の狐さんですが。妖狐じゃないと、仲良かったりしないんですかね。
そんな質問をしても大丈夫なのでしょうか。
「小春」
「あ、はい」
「つかぬ事を聞くが、泥団子を作るのは好きか」
もーさっきから吹きださないように我慢するのが辛いです。つらい……