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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
どのジャンルも最強のジョブは大体アレ
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→【R15…?】あと二回目なので実刑

 急いで博品館を出ます。

 どっちに行っただろう。帰るなら銀座駅を目指すんだろうけど、センセイいるからよく解らない。


 僕が上等の妖狐で術をもっと沢山使えたら、今すぐ、小春さんを探し当てられたのに。

 一旦落ち着いて、小春さんの家で待たせてもらって、帰って来たら話をした方がきっと上手に伝わるんだろうけど。

 でも身体を、衝動を止められないし、止めようと思う僕自身が世界の何処にもいないのです。


 どうかこっちでありますように。


 祈るような気持ちで銀座駅に向かい、僕は走り出します。通行人全部邪魔。

 ああもう。

 小春さんを見つけるよりセンセイを見つけた方が早いです。どんな恰好だったろうか。

 とりあえず、並んださまは絵になっていた。お似合いだった。


「いいならボクちょっかい出してもいいのかなーって思って。最近ますますきれいになったし」


 センセイは性格うざいし性格うざいし性格うざいけど、性根までは腐っていないから、性格うざいのを我慢すれば、顔は格好いいし、学はありますし、弁もたちますし、強いらしいし、神様だから彼女を置いていなくなるなんて事はないから、そうなっちゃった方が小春さんは幸せなのかも。


 でも僕はそんなの嫌で。

 嫌で。


 自業自得なのに気付いて、そこからどうにか巻き返す為だけに僕は走っている訳ではないと思う。


 冷蔵庫に入っていた手作りチーズケーキとか、

 干した覚えがないのにお日様のにおいがする布団とか、

 家に帰って、無人のはずの部屋から床を転げまわりたくなるようないいにおいがするあの謎現象とか

 つんのめりながら僕に歩み寄ってきてくれた毛布のかたまりとか

 そういう思い出が僕の背中を押……


 押……


 ……でも人の心って変わったりしますよね。理由がなくても変わります。あったらもっと変わります。僕はやらかしている。

 小春さん触られて嫌がってなかった。


 泣きそうどうしよう出直そうかな泣きそう小春さんの様子を伺ってそれっぽかったら身を引こうかな泣きそう。

 ぐずぐずいじいじしてるのに足は止まらなくて、人ごみの中から僕はその背中を見つけてしまいました。


「小春さん!」


 僕の呼びかけに、沢山の人が振り返りました。そりゃこんな所で大声出したらそうなります。

 でもあなたではありませんしあなたでもないです、あなたでもない。

 お金持ちに抱っこされてる犬も空気読んで僕を見ないで下さい。


 そう、きみ。


 どきどきしちゃうからしばらく直視できなかった、僕のかわいいひと。

 人の足が止まったせいで、容易にそこまで辿りつけました。


「あれえ、椿くん、どうしたの?」


 まず、逃げられると困るので、正面に回り込んで彼女の退路をなくします。


「ボクらこれから……」


 そして身動き取れないように彼女の華奢で少し冷たい手を自分の両手で掴みます。お願いするにはこの身長差は()が高すぎます。膝をついて、そうしておそるおそる彼女を仰ぎ見る。

 驚いてはいましたが、僕への嫌悪感はないようでした。


「椿さ」

「すいません、自分勝手なお願いなのは重々承知なのですが、僕こんなだし、今しかも本当どうしようもない状態なんですけど、小春さんの事が好きな気持ちに嘘はないんです。色々あれするんで、頑張るんで、むしろ頑張らないように頑張るんで、僕の事捨てないで下さい!」


 あ、やべ、思いつくまま喋ったせいでフワッとした内容でとんでもない情けない告白をしてる。僕。


「え……ヒモ……?」


 周りのだれかが呟きました。違うもん働いてるもん。そんな反論した所で余計にみっともないだけです、ああ、今僕最高に格好悪い。これからどうしよう。


「椿さん、おひざ、汚れちゃいますから」


 促されて立ちます。顔を見るのが怖い。おそるおそる目を開けます。眼下のその人は―――顔が真っ赤です。


「すす捨てないです。なんで、どうしたんですか」

「だって、僕、小春さんを放って遊び歩いてますし」


「お仕事なんでしょう。しかたないです。おとーさんもそんな時ありますし」

「もっと怒っていいんですよ」


「怒らないです。あ、でも、おかーさんはそういう時、埋め合わせしてもらってるみたいなので、してください」


 ああ、バッグ買ってもらったとか言ってましたっけ。ええ買いますとも。


「なんですか」


「今日、もういいんですか?」

「いいです。一緒に帰りましょう。で、なんにしますか、埋め合わせ」

「あ、あの、耳、貸してください」


 ここで言えないとか、殴らせろとかなんですかね。甘んじて受けます。むしろご褒美かもしれません。

 身体を傾けて自分の顔を小春さんの顔に近付けます。

 12月の空気ですっかり冷たくなってしまった耳にかかる吐息は、あたたかくあまい。色々危険です。


「……あの……家帰って、お疲れじゃなかったら、いっぱいぎゅってして……ちゃんとしたキス、してほしいです……」


 それが埋め合わせの内容のようでした。


 あー。


 あー。


 あー……


 理性が切れる音というのは、こういうものなんですね。勉強になりました。


「え?椿さん」

 力任せに彼女を抱きしめます。小春さんが持っていたカバンが邪魔だったので、取り上げて「センセイちょっと持っててください、これ」と放り投げました。受け取ってもらえました。あとはもう何も邪魔するものはない、と。


「あの」


 何か言いかけたその唇を塞いでやります。何で、かは、いわずもがなです。

 あまくてやわらかい。そして少し冷たい。

 なんだか胸元で僕を押しのけようとする力があるようですが、もう知らないです。


 だっておねだりして来たの小春さんだし。


 どうせすぐ抵抗しなくなる。いつもそうだから。

 おっかなびっくり触れてくるから、からかいたくなって少し強く出ると怯えて。謝りながら優しくしてあげるとすぐこわばりが解けてやわらかくなる。

 やわらかくなっている頃には強く出た時より深い所にいるのに、気付かずに無抵抗に、信頼しきった目で僕を見つめてくる。


 何度踏みとどまったか。

 もう踏みとどまったポイントカードがこの世に存在するなら、いっぱいですよ。

 いっぱいにしたらプレゼントがもらえるべきだと思うんです。


 もういいや、今日、家、帰さなくて。


 小春さんのお父さんがお風呂入っている時間帯を狙って電話して、小春さんのお母さんに


「小春さんうち来て寝ちゃったんですけど、起きなくて。どうしましょう」


 とか困った声色使えばいいんですよ。ちょろいちょろい。

 あとは鍵かけてチェーンかけて、部屋の電気つけっぱにしておけばいいです。

 まさか電気ついたまま事に及ぶとはお父さんは考え付かないでしょうから。


「なんか、僕もそのまま一緒に寝ちゃって」


 とか言えばいいんです。明日の朝。嘘じゃないし。寝るし。

 小春さんは嫌がったらなんとか言いくるめて。

 まあ別に小春さんの家から様子が確認できちゃうのは寝室だけですから、それ以外の所ですればいいんだし。


「あ、や………」


 これ以上したらもう僕だめだ。 

 あと一回したらやめて、帰ろう。うん。あと一回。あ、やっぱもう一回。

 ことばで制止しようとしても、喋ろうとして開いた唇に、色々差し入れちゃいたくなるから、それ逆効果です小春さん。本当小春さんかわいい。食べちゃいたい。もう本当、美味しく頂きます。ええ。余すところなく。


「公共の場で女性を辱める事に快感を覚える類の性癖があるのか!あんたは!あるなら死ね!今すぐ死ね!灰を七つの壺に分けて別々の一級河川に放流してくれるわ、こんの不ッ届き者があ―――――――――ッ!」


 言葉を全て聞き届けるより先に、僕の後頭部に衝撃が走りました。


 頭部をちぎり飛ばそうとする意志を孕んだその何かと、持っていかれてなるものかという首のせめぎ合いが、もういいやめんどくさい。つまり首が猛烈に痛いです。

 三秒くらい後にボスっとした音と共に何かが地面に落ちました。

 縫製のしっかりした、しかし使い込んでいるので柔らかい風合いの革のハンドバッグです。

 普通これを投げただけじゃここまでの痛みを人に与える事は出来ません。


 なんか使ったな。小手毬ちゃん。


 踵を高らかに鳴らして、人ごみの向こう側から今日の女王様がおいでになりました。

 人々は彼女の為に道の脇にずれていきます。畏敬よりは畏怖からくる行動だと思われます。

 顔は怒っている。肩も(いか)っている、返答次第では僕はマジで殺される。やばい。


「……ごめん、小手毬ちゃん、ありがとう。おかげさまで頭冷めた。危なかった」

「あのねえ。謝る相手が違」

「小手毬、あ、あなたなにやってるの!」


 ぱたぱたと小手毬ちゃんの後を追ってきたのは堅香子さまです。ジーンズとスニーカーなんて初めて見ました。リュック背負ってるのも。


「母様!いたの?もしかしてつけてたの?悪趣味はそこの眼鏡だけで十分よ!都内に一人くらいの割合でいいのよ!元はと言えば母様が全部いけないの!余計な事ばっかりして。大人しく知床平原で熊でもいじめてりゃいいのに!」


 発言内容よりは小手毬ちゃんが堅香子さまを「母様」と呼んだことに、通行人の皆さま目を丸くなさっております。姉妹にしか見えませんからね。三連休初日の銀座、人がごった返しております。冷静になると、この視線なかなか来ます。


「そんな弱い者いじめしても何にも楽しくないですよ。それするなら山茶花に稽古をつけるわ。まったく父様が甘やかすから……あ、あら、椿、その方どなた?」


 しまったまだ小春さん抱きしめたままだった。隠した所でばれちゃうだろうしもうだめか。覚悟を決めるか。

 微笑みながら堅香子さまは僕らの正面にやってきました。興味津々の時の顔です。


「あーえー……」

「は、初めまして、日向小春です、えと、椿さんとお付き合いをさせていただいてます!あと!小手毬さんにたまにケーキ食べに連れて行ってもらってます!いつもお世話になってます!」


 僕の腕の中で方向転換して僕に背を向ける形になった小春さんが、ぺこりとお辞儀をして、堅香子さまにとっても上手にご挨拶をしてくれちゃいました。あ、小春さんのうなじおいしそう。


「あらあご丁寧に。あらあそうなの。こんなにかわいい()、いたら知らないはずはないんだけど。どちらへんの日向小春さん?」

「えと、江東区です」


「ええ?あのへんにこれくらいのお嬢さんのいるおうちあったかしら……?」

「あ、でも子供の頃は国分寺に……」

「え?」


 国分寺、めっちゃ堅香子さまの地元ですもんね。小春さんの事、狐と勘違いしてますねこれは。まあ、普通そうですよね。どうしよう。


「母様、とりあえずいいから。茉莉どうしたの?ひかたばあやのところなら迎えに行かなきゃでしょ?」

「それが大変だったのよー。寝ちゃって。だから、ほら、リュックの中に入れてる」


「えええッ!?4歳でしょ?100センチ位あるよね?そこに入ってるの!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはセンセイです。多分狐状態で入ってるんですよ。疲労状態のまま術を維持するのは難しいらしいですから。僕は味わった事ないんですけど。その感覚。


「え、え、児童虐待……?」


 そんな声が聞こえてきました。


 どうしよう。気付いたら僕らを取り囲むように人垣が出来ていました。


 中心にいるのは、美少女に膝をついて捨てないでと懇願し、許されて調子に乗って破廉恥な口づけをしまくったスーツの男と、あと礼儀正しい清楚な美少女と、顎で使われて美少女のバッグを両手で抱えている悪趣味持ちの眼鏡の男前と、160km/h以上の勢いで鞄を投げつけられる屈強な肩を持ち素晴らしい滑舌でとんでもない啖呵切ったかわいい系美人と、4歳の息子をリュックに詰めこんで平然と背負って歩いてきた絶世の美女です。


 なんだこれは。


 もうこの人達に、一言たりともこの場で喋らせてはいけない……!


「あ、あの、とりあえず場所、場所変えましょうか。ここ寒いし!僕お腹空きましたし。ね?ね?センセイ!」

「……ボクは今大変機嫌が悪い……首都機能マヒさせちゃおうかな……」


 あ、センセイ、目が据わってる。

 助け舟を求めた先も、嵐でした。しかし僕はここで、はいそうですねと引き下がるわけにはいかないのです。


「センセイ、好きな物なんでも作ってあげますから、お願いします……!」


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