長女ねー、一番わりをくいやすいですよねー/小手毬
あたしの腸は、火が通ってもう白く煮え固まっていると思う。どうしてくれようか。
怒りにまかせて相手を責めたてると、あたしの主張は絶ッ対に伝わらないから、冷静に。的確に。わかりやすく。
「ねえ小手毬ちゃん、黒と茶色、どっちが使い勝手いいかなあ」
今さ、頭フル回転させてんだから話しかけないで。元はと言えばあんたのせい。
うう。やつあたりか、これ。
「ええー……コートとの色合わせとか……あるじゃん……本人に聞きなよ……あと、あと二週間くらいでセールだから、今買うの損よ……?」
ここは……あれ……ああ、東口にいるから、西武百貨店だわ。の、婦人服飾雑貨売り場である。
女物の皮手袋を両手に一種類ずつ持って、首を傾げる椿に向かって、吐息を吐き出すように弱弱しくではあるが、内容的にはそうとう的確なアドバイスをしてやった。あたし、えらい……。
気が付いたら文字通り肩が落ちてて、かけてたバッグが滑り落ちた。こんなこじゃれたバッグで来るんじゃなかった。リュック最強。うあああああなんでこんな事に……
母様にはめられたのだ。あの人の頭の中はきっとこうだ。
「小手毬ってー、絶対椿の事好きよね!いい加減素直になればいいのに。そうだ!デートをおぜん立てしてあげればいいんだわ!いい季節だし!街もいい雰囲気だし!周りの雰囲気でそんな感じになっちゃうに違いないわ!」
十割十分合ってる。だからそういうんじゃないのにって言ってたのに!いつも!
こいつもこいつよ。なんで母様に小春ちゃんの事言わないのよ。そうしたらこんな事にはならんかったのに。や。理由はわかっている。
人と妖狐が交際を始めると何か障りがあるんじゃないかとかそういう事をまだ調べている最中で結果が解らないから母様にばれたくないのよね。
何で知ってるかって、あたしとあともう一人がそれ調べてるからですよー。もう一人の方が人と結ばれた狐の話を聞いて回って、それ聞いたあたしが、その当時その現場で異常な事件などが起こっていないか調べる、って言うね。
なんか、明治以降パタッとないのよね。そういう話。なんでなのかしら。もうちょっと調べてみるつもりなんだけど。でも、彼女います、位は母様に言えばいいじゃない。
ああだめだわ。根掘り葉掘り聞かれるに違いない。まあそれはともかく。
はめられたって解った時点で帰ればよかったじゃない。そうしたら、多分小春ちゃんとデート、できたんじゃないの?
販売員さんに手袋を丁寧に返す椿。よく考えたらあんたが手袋買うってアレね。あんただけじゃないけど。
「どうしたの?小手毬ちゃん」
待ち合わせのあと「チケット勿体ないから」って言い出して、コンサート行って、更に「ちょっと買い物、見立てお願いしたいんだけど」って言われて今なんだけど。
「小春ちゃん、ほっといていいの?」
「ああ、うん。今日は小春さん、晩御飯までセンセイと一緒だから。小手毬ちゃんさえよければ、なんか食べてから解散にしようよ」
あのさあ。
今日さあ、12月23日、三連休初日で、世の中的には今日出歩いている男女はカップルとみなされる日なのに、なんでそういう日に彼女を他の男が一緒にいて平気な顔してるの。
そして更にあたしを食事に誘うのか。小春ちゃんはなんでセンセイとおでかけすることにしたんだろう。なんか怒らせたのかしら、椿。
こういう、変な所気が使えないのよねーコイツ。
そういう所がかわいいみたいに思った事もあった自分を消したい。
「なんでそんな怖い顔なの小手毬ちゃん」
「……別に。今日どこも混んでるわよ」
「えー?意外とオフィス街の居酒屋とかは空いてるよ、今日」
……いや、何を期待した訳じゃないんだけど。こいつはなー!
「大体なんで手袋なのよ。貴金属とかあるでしょうが。クリスマスプレゼントなら」
「メインはもうあるんだ。サブプレゼント的な」
「重いわよその値段でサブは。いっぱい貰っても返せないでしょ?まだ学生なんだし。気を使わせることになるわよ」
あ、でも、世の可愛い女の子はにっこり笑って「ありがとう」って受け取れるか……
「その肩ひじ張って男と張り合おうとする所なんとかならないの」
好きでもない男にそんな注意された事もあったっけ。
出来て自分でやる方が速いからやってるだけで、無理に張りあおうとしてないしっていうかあんた全然ダメ狐じゃないのうわー思い出したら苛々してきた…
「ああ、確かに。小春さん気にしちゃうかも」
椿は、そういう感じ一切ないのよね。
都会にくる狐は、人間を騙すために上手に人間の振りをしようとして、人間の嫌な部分の真似が上手になっていっちゃうやつが多いのに。
ま、神様だらけのあのお店で働いてるせいもあるんだろうけど。
「だめだなあ。つい、色々あげたくなっちゃうんだよね」
「孫とおじいちゃんか」
「こんなピチピチの狐捕まえといて失礼じゃないですか?……あ、小手毬ちゃんもまだまだきれいだよ?」
「うっさいわ」
この無自覚褒めに何人の女狐が踊らされたか。コイツは知らないままで行くんだろうなー……
……でも、あたしはちょっと違ったと思うのよ。きっと正確には恋愛感情じゃなかったのよ。
尊敬はしてて、居心地はいいけど、四六時中こいつのことを考えるはめにはならなかったし。
「……やっぱりだめだなあ、僕」
「なにが」
「んー。小春さんへの気持ちがね、大きくなりすぎてしまって。でもそれを上手に伝えられないから、プレゼント増やせばどうにかなると安易に思っちゃったけど、それは逃げだよなあって」
「なにそれ。なんか上手くいってないの?」
「まあ、ボタンを掛け違えてるというか……僕が全面的に悪いんだけど」
「ふうん」
そんな話を聞いてラッキー!とも思わないし。
小春ちゃんの話をする時の椿は幸せそうで、それを見て心は痛まないし。今調べてることが取り越し苦労で、この二人うまくいくといいな、と思ってる。
そう、同族なんだけどさ、よく通る道の家の庭にいる犬みたいなものなのよね。こいつ。
「ああ、今日もいる。寄って来た。なごむわー」みたいな感じで。
で、ある日その庭にもう一匹犬が増えてて、じゃれ合ってたら
「あ、楽しそう。なごむわ―。でも、しっぽふってこっちにはもう来てくれないのか。そっちと遊ぶ方がたのしいか、そうよね」みたいな。
外でこんなこと言ったらあたしの負け惜しみみたいに思われるんだろうから言わないけど。はいはい。ちょっといいなと思っていた若い狐とられましたはいはい。それでいいです。
「僕より小手毬ちゃんじゃない?いい人いないの?」
「何その話」
「いや、小手毬ちゃんを心配すぎてこんな事仕組んだんでしょ。堅香子さまは。僕みたいなのダメ元でぶつけようとするほどに……独り立ち組の中でふつうに番い作れて孫の顔見せられそうなの小手毬ちゃんだけじゃん?」
「大きなお世話よ。ていうか、見なさい今のそういう適齢期組の体たらくを。本当無理」
「ああうん……僕も女だったら嫌だけど……しつけ直すとか。あっ、若い狐見繕って好みに育てるとか」
「……それ以上その話題続けるなら、化けてんの強制解除させて、保健所にぶち込むわよ。2日後には迎えに行ってあげるけど」
「ごめんなさい!」
お前が言うのかその口で。あー。本当、もー。
翠雨のお母さんの名前出したってことはそこまでは今日の事バレてるんだろうし。
どうやって誤解を解こう。とりあえずいいや。今日は飲んで明日考える。むしゃくしゃする。
「じゃあもうサブプレゼントいいの?いいなら移動しようよ。で、飲む前にもう一件付き合って」
「いいけど、どこ?」
「ん、博品館」