一方その頃、午前中から出かけた二人は/センセイ
まちのあかりは、いまだ点かない横浜―♪なぜなら昼―だからー♪
そんな一句を思い浮かんじゃうくらいここは絶景だね。
みなとみらいは今荒れ地状態だけどここからどうなるんだろうね。いやはや。
「高いねーランドマークタワー」
「……そうですね」
「あっ、東都電波塔も見えるよ」
「……そうですね」
「明日、来てくれるかなー?」
「嫌です」
ちょっと遅めの反抗期かな。
まあ、そりゃふて腐れたくもなるよね。
彼氏に「12月23日、空いてますか」って聞かれたらデートだと思うよね。
「はい!」って返事したら
「丁度センセイがランドマークタワー行きたいんですって。つきあってあげてくれませんか」
って言われたら断れないし、テンション下がるよね。
わかるわかる。
そうだろうけど、そんなにか。小春ちゃん。
ボクは隣の不機嫌そうな彼女を観察する。
次の話題をどうすべきか、彼女の仕草や表情から導き出さなくてはいけないからだ。
普通なら女の人はボクと一緒にいるだけでウキウキワクワクだから、御機嫌取りなんかしたことないからさあボク……面倒だなあ。
今日は彼女、いつもと雰囲気が違う。大人っぽい黒のコートに、白いハイネックニット、千鳥格子のスカートに乗馬ブーツという大人っぽい出で立ちだ。意外と胸あるんだね小春ちゃん。よかったね椿くん。とりあえず褒めとこうか。容姿に関しては今日触れてなかった気がする。
「そういえば小春ちゃん、今日大人っぽくてカワイイね。待ち合わせの時一瞬わかんなかったよー」
「えっ、本当ですか?」
こんなに喜ぶとは予想外だった。一瞬にして笑顔になった小春ちゃんは、その場でくるりと一回転した。その仕草の可憐さに、このカップルひしめくランドマークタワー展望台、僕らの周辺にいる男性客達は「あ、やべ、かわいい」と顔をだらしなくにやけさせ、その連れの女性客達は「うっわ、ぶりっ子うっざ!」と、目を吊り上げた。
ごめんなさい。皆様の二人の世界に割って入ってそれに気づかないような美少女がごめんなさい。
でもこの子色々あって、最近やっと幸せになったのに、またなんか面倒くさい事になっているんです。
なので許してあげてください。
周りのお客さんに心の中で謝りつつ、ボクは小春ちゃんに向かって微笑みかける。
「うん。ボク嘘キライだし。本当だよ」
「よかったー。何も言われないから、どこか変で黙ってるのかと思っちゃいました。変じゃないかチェックして欲しかったんですよ」
「え、ボクに?」
「そうですよ。センセイしかいないじゃないですか」
久しぶりに小春ちゃんがボクに向かって微笑んでくれている。べつに恋心を抱いていたりはしないが、嫌々ヘドロを触る時のような顔よりは微笑んでくれたほうが僕だってうれしい。
「だって私、男の人は先生しか知らないじゃないですかー」
また声がでけえよ小春ちゃん。
展望台中の視線がボクに集まってる気がした。いけないワード二つくらいあった。
「うんうんうんうん!君の恋人の!椿くんと、同年代くらいで、彼の好みがわかる男はボクだけって意味だよねそれ」
「何言ってるんですか椿さんより全然年上じゃないですか先生」
「うあああ!もうこの話やめて、あとここでボクの事先生って呼ぶのやめようか」
「えー?だってセンセイはセンセイじゃないですか。どうしちゃったんですか先生」
周りの視線が痛い。
「彼氏じゃない男と…」
「え、未成年淫行……?」
みたいなつぶやきが聞こえた。ちげーよお前らなんかここ降りたらパシフィコ横浜の裏の臨港パーク行って風邪ひけ。
いかんこれはやつあたりだった……もういいや。
「……うん、椿くんの好きな女性の服装とかはしらないけど、大抵の男は好きだと思うよ、その格好……」
「よかったですー」
「ごめんね今日隣にいるのボクで」
「いいんです。気を使っていただいてありがとうございました」
寂しそうに微笑んで、小春ちゃんは窓の外に視線を向けた。
方角は北――彼女の想い人のいるところ。
今日は別の女狐ちゃんとデートなんだって。すぐハグとかしてくる人だから万が一でも小春ちゃんに見られたくないんだって。だから小春ちゃんを遊びに誘ってあげてくれませんかって言われて、今ここにいる訳なんだけど。
やっぱり椿くんが小春ちゃんを避けていたのは、自分の抑えが利かなくなりそうだったかららしい。段階を踏みたいんだって。
その気持ちと折り合いをつける為に、時間が欲しいらしい。
あんまりないじゃん。その話関連しようと思ったら
「すいません急ぎの用じゃなかったら新しく考えなきゃいけない事頭に入れたくないんで」
って遮られちゃった。
ボクの仮説が合ってたとして、椿くんの一番解決しなきゃいけない案件が好転する訳でもないからおとなしく口をつぐんださ。
まあ、狐と人が添う事が禁忌にひっかかるかを調べるってのはまあいい。ボクも知らない話だから、口は出さないけど。
あと何の段階を踏むつもりなんだろうか。彼は。
ボクもまた、考えが古い世代だからそう思うのかもしれないけど、思いが通じ合っていて、そばにいたら、そうなっちゃうのは普通の事なのになあ。
まあ恥ずかしいかもしれないけど、小春ちゃんに言えばいいのに。それを。
訳もわからないまま避けられるってのはなかなか辛いよ。堅香子ちゃんの接待って理由を言ってもそれだけだけじゃないってのはなんとなく解ってると思うよ。小春ちゃん。
「今、僕……妖狐特有のちょっとした習性で頭働かなくて……」
って言ってたけど、それも言えばいいのに。なんか面倒だなあ。
「降りたらどこ行く?中華街?外国人墓地?」
小春ちゃんは寂しそうに外を見つめていたのに、無理して僕に向けて笑顔を作る。
たいへんにいじらしい。
あーあ、本当。横から誰かに掻っ攫われても知らないよ。