【いやらしくないが品がないのでR15】都の中心で、愛を叫べないけもの……なぜなら迷惑だから……あと捕まるんで……/椿
待ち合わせは池袋ですが、まだ時間があるので山手線外回りに乗り込みます。
時間的にちょうどいい筈。
今日は12月23日。金曜日ですが休日です。
時刻は12時少し前。
私服の人達が、結構乗っています。
つまり気味の座席にずっと座っているのもなんだかな、なので、進行方向向かって右のドアにしなだれかかります。
確かこっちはあまり開かなかったはず。流れていく景色は見慣れているものの筈なのに久々なように感じます。
最近移動はもっぱら営団地下鉄ばっかりでしたから。
その理由を思い出して、胸が苦しくなります。
絶世の美女ではありませんが、僕の中では今後揺らがない世界で一番すてきな人。
自覚がないまま恋に落ち、自覚したところでどうにもならないからと、ひどい事を言って突き放したのにそれでも僕を求めてくれた人。
声を聞くたび
僕を見上げてくれるたび
微笑んでくれるたび
触れてくれるたびに生まれる僕の喜びは結晶になって、心の中にある器にどんどんたまって行きます。結晶はすぐに器に入りきらなくなって山積みになり、とうとう盛大にこぼれてしまいます。
そうなると大変です。
どうなるかといいますと、小春さんを押し倒したくなります。
器の名は理性です。
泣きそう。
その、ね。人間の男性は女性のはじめてに固執するらしいですよね。
僕の残り時間があとどれくらいかわかりませんが、そう遠くない未来、小春さんの隣にいる権利を誰かに移譲しなくてはいけないでしょう。その時に小春さんがそうである方がおそらく大事にしてもらえる確率は上がります。ので、このままの距離感でいよう。
とかは全然思わないんですよ。人間じゃあるまいし。理性よりは本能が勝ちます。
よくぼうを ゆうせんさせたって
いいじゃないか けだものだもの
つばき
って感じですよ。
でも、知り合ってからは長いですけど、恋人になったのは最近で。
出来ればこの好き、を重ねて、ちゃんとした順番で、で、持ち込みたいんですよ。
でも本能が僕を唆すんです。
しかし、今じゃないんです。確実に今じゃないんです。だから耐えなくてはいけない。
いけないのに、外野が超、うるせえ、の、です。
僕が小春さんを好きで、小春さんも僕を好いていてくれることは日本全国津々浦々の神様が御存じな事でして、このたびその恋が成就した事もつむじ風より早い速度でっていうか、先々月、神様共が出雲で宴会しているときにバレたんです。
僕の病状を報告がてらその事をバラしたのはセンセイです。
報告を受けて胸の内に留めておいてくれればよかったのに盛大に広めたのは店長さんです。
あの二人、顔以外本当終わってる。
代わり映えしないメンバーで代わり映えしない話題で飲み会を何千年もやってきて、飽きてたんでしょうね。新鮮な話題だったそうで、大層盛り上がったらしいです。
そのですね、ご機嫌なまま皆様、先月からお店にいらっしゃるんですよ。
二次会くらいのめんどくさいテンションのままくるんですよ。お祝いされるんですよ。
思い返してもそのめんどくささたるや。
「やっとこれで一人前じゃな」
「新婚旅行はうちにきたらええ」
「うちもええぞ」
この辺はまだいい。
あのさあ、神様共はさあ、正体を見ぬかれると色々面倒らしいので、隠さなくてはいけないそうなんですよ。なのに、僕に、こう、正体をにおわせて来るんですよね。
本当は正体を知ったうえでちやほやされたいんでしょうね。あがめたてまつられたくてしょうがないらしいんですよ。
行かねえよバーカ。
僕はともかく小春さんを巻き込もうとしないでもらえますか。どんなリスクあるんですか。そういうリスクより自分が大事なんですよ。そりゃ神様から見たら人間とか僕のような下っ端妖狐はなんかおもちゃみたいなもんですからね。
まあ、でも、この辺はいい。
「少ないけどこれ、お祝いじゃ」
「いつも受け取らんが、節目じゃから」
金品を渡そうとしないで下さい。
「価値が下がらんから」
とか言いながら翡翠の塊とか、紅珊瑚丸ごととか、三越の紙袋いっぱいに詰まった真珠とかやめてください。どこで換金するんですか。
結局忘れ物というていで全部押し付けられてしまいました。
傘地蔵とかは――こういういい方悪いですけど――地蔵程度ですから大したことないんでしょうけど、古事記に載ってるレベルの神様(アピール内容からおそらく)から物を下賜されるってどんな影響喰らうか解ったもんじゃありません。
そりゃ神様から見たら人間とか(以下略)なんでしょう。
自分があげたい、という気持ちが優先なんですよ。
店から出さなきゃ余波受けないというお墨付きを店長さんからもらったので、貰ったお祝いは全部旧僕の部屋の押し入れに入っています。ざっと鑑定したら渋谷区に一軒家買えそうでした。引きました。
もう、このお店で働きだしてからずっと気になってたんですけど、あの人たちが持ってるお金ってなんなんでしょう。現金のことです。公式にこの国で発行されてる紙幣に見えるんです。
ものすごく精巧なんですけど、あれも術で出したものなんでしょうか。
そんなもん外でも同じように景気よくばかすか使ったら、この国の貨幣制度、崩壊するのではないのでしょうか。
一度心配になって店長さんに聞いてみたのですが
「ああ、それなら、手前がお前さんに話せる話じゃ」
って、にたぁ……って笑われて。聞くのやめますよね。やめますとも。
正に触らぬ神にたたりなしです。
ていうか触りてえのは別の物です。あー!クッソ!
ここまでもしょうがない。もういい。善意からきてるものですから。我慢できます。
この次の連中ですよ。
主にこの辺一帯にまつられている近所の神様、常連ですよ。
よく顔を合わせる分、気の置けないやりとりを許してもらっています。ありがたい話です。
ただねえ。親しき仲にもなんとやらですよ。そのへん欠如してんですよ。
仕事中にいきなり欠伸がでてしまった時のことです。
「おーおーお盛んじゃの」
「こりゃお父さんになるのもすぐだねえ」
「わらわ子守上手いぞ」
「いやいやいや、まだ二人っきりで楽しみたかろう、いやいやいや」
「最近はええのー。いらんと思ったら出来んようにできるんじゃろ」
「なー。子供出来たとたん嫁冷たくなるからな。今のうち甘えておきー」
「あーこういうシッカリした奴ほど家で赤ちゃんプレイとかするんじゃよ」
「それわかるわー。真面目な振りしてるやつほど屈折してんのよね」
「ちゃんと寝かせてやらんとかわいそうじゃからなー」
とかね。こういうの毎日1回はあるんですよ。
やってねえよ。いろいろそんな事やってねえよ。
冤罪かけられたときってこんな気持ちなんですかね。
もう、この時、握りしめていたアイスピック持ったままお店を飛び出し、こいつらの家にあるご立派な鳥居とかそういうのに「恥を知れ」って彫ってやろうかなと思ったんですけど。
運慶が歯ぎしりしながら負けを認めるようなものが彫れそうだったんです。その時の怒りのエネルギー、すごかったけど押しこめました。
僕って本当に理性の人だと思うんですよ。
もうね、あの、常識が違うからしょうがないんですけどね。この人達の頭の中、だいぶ昔ですから。
最近は、その、玄関開けたらサトウのごはん、みたいな、祝言上げたらその夜合体、みたいなそういうんじゃないんですよ。
あれ、これは現代もか。合ってるのか。恋成立から祝言までのスパンが短いのか。
いいなー昔……いいなー……
ああ、祝言とか。
小春さんがウエディングドレス着たら、かわいいんでしょうね。いいなあ。
式だけ挙げるのって、住民票とかいらないんですかね。そうだったら、そういうのしてみたい。小春さんがいいって言ってくれたらですけど。
出来たらいいなあ。いいよって言ってもらえるくらい、いい思い出を重ねていけたらいいなあ。
そんな事を考えていたら既に代々木でした。はやっ。品川の記憶がない。ドア開いたはずなのに。
僕ちゃんと乗り降り邪魔にならないように避けられたのでしょうか。
ああ。カップルが車内にいっぱいです。そうですよね。クリスマス含む3連休ですもんね。いいなー。
この恋人たちの季節モードもいけない。本当にいけない。
あらゆる悪条件が重なって、今僕ほんとうに危険でして。野獣です。いやもとより獣なんですけど。
なので、小春さんとはあまり長くいられないんです。そしてそんな事、本人には言えないじゃないですか。はあ。きっとさみしくさせてしまっていますよね。
このあいだも直接身体に触れたらやばいので、毛布で巻いてその上から抱きしめたのですが、それもかなりだめでした。連れて帰りそうになってしまうのを我慢するのが大変でした。
だから今日も、お誘いがあって本当に助かっています。
堅香子さまほど高位ではないんですが、そこそこ偉い女狐さんの泡沫さまのエスコートです。堅香子さまが毎週僕と出かけているのを聞いて「ずるーい!」だそうで。
泡沫さまんち娘さんしかいないから、うらやましいんですって。若い狐男子とお出かけするのが。してみたいんですって。
「椿さえもしよければ……」
と、やわらかに話を切り出して来た堅香子さまでしたが、既に店長さんと交渉して、今日僕が休みになるように手配していました。こういう所ね、流石です。
今日、通常通りの仕事だと、冬休みの小春さんが僕の家に出勤前までいてくれちゃうんで、その時間辛かったので好都合でした。ほんとうなら幸せいっぱいのはずなのに。
そして泡沫さまはいい方なんですけどスキンシップが多いんですよね。
万が一小春さんにそれを見られたらことなので、今日はセンセイにお願いして、小春さんを絶対にバッティングしない横浜に連れ出してもらっています。
いいなあ。僕も小春さんと行きたかった……。
ごめんなさい、小春さん。
もうちょっと僕が落ち着くまで、時間を下さい。
そろそろ逃げ回ってないで計画立てないとな……今日、終わったら、家で少し考えてみよう。本当、いつもと勝手が全然違う自分がもどかしい。
決意を胸に、僕は山手線を降りました。定刻到着の池袋です。
待ち合わせはいけふくろうの前なんですが、多分いけふくろうより先に泡沫さまが見つかります。いつも壊滅的なファッションセンスですから。
なまじ偉いから誰も突っ込めないんでしょうね。僕も無理です。
クラシックのコンサートって言っていましたが、ドレスコード大丈夫な格好で来てくれるのでしょうか。まあ、駄目だったらナンジャタウンでもつれてってあげてご機嫌を取りましょう。
さて、いけふくろうに到着。只今約束の時間5分前。見た感じ泡沫さまはいらっしゃいません。時間には厳しい方なのですが……
「あれ」
コートの袖をひかれました。振り返れば、見知った顔の、しかし待っていた人ではありませんでした。そして意外な人です。
「椿、こんなとこで何してるの」
「小手毬ちゃんこそ」
もう一月ぶり以上でしょうか。小手毬ちゃんです。
クラシカルなコートに、普段履かないような高いヒールのパンプス。お化粧もいつもよりちゃんとしてます。
「あたしは翠雨のお母さん待ち。小春ちゃんとはぐれた?」
「いえ、僕も泡沫さまと出かける予定で」
呼び名は違いますが、それぞれの待ち合わせ相手は同一人物です。
「―――やられた」
小手毬ちゃんは顔をしかめます。僕も同じような顔をしているのでしょう。
狐は策を弄するのが大好きですが、嵌められるのはめっぽう嫌なのです。