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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
どのジャンルも最強のジョブは大体アレ
56/155

らしいです。/椿

 いかん。よだれたれそう。

 あ、大丈夫だった。


 起きて意識ははっきりしているのに、瞼が空かないこの現象は何なのでしょうか。開けてなるものかという瞼自身の意思すら感じます。


 そこをなんとかご容赦を。なにとぞ。なにとぞ、ははー。

 何言ってるんだろう。バカみたい。


 ため息と共に身体を起こして、布団から脱出します。

掛け布団を敷布団にかからないように押しやって、敷布団を三つ折りに畳む。その上に四つ折りにした掛け布団を。収まった所で部屋の隅まで移動させます。

 目を開けないでも出来る作業です。

かれこれ二〇年以上、これやり続けてましたから。


 あ、やっといいんですね。


 何も酷使した覚えがないのに、けだるげな瞼が頑張り出してくれました。

 畳敷きの六畳の和室。文机と、押入れのあるシンプルな部屋です。

窓はないのに閉塞感がまったくないのは、ここが人の領域ではないからなのでしょう。

 ほんの二か月前まで僕が住んでいた部屋。

なんだか大変に久し振りな気がします。


 押入れの中には白いシャツと、黒のベストと靴下と、センタープレスの効いたズボン。

 毎日ここに新品状態で用意されているんです。さすが神様の領域。

 今日はお店には出ませんから、シャツとズボンだけでいいや。手早く身に着けて、部屋を出ます。

 タイル張りの廊下。右側はお店への道、左側はお風呂とか倉庫とか。


 ああそう。それと、左側の最奥には――――扉がひとつ。


 茶室の躙口(にじりぐち)より二回りは小さいです。ハンプティ・ダンプティがあそこから出入りしようとしたら、途中で割れてしまうでしょう。そしてとても簡素です。

 ベニヤをささくれさせたような扉板に、くすんだ銀色の、回すタイプのドアノブ。駅側からお店に入るための玄関扉は大きくて高級感のあるどっしりしたものなのに。


 術の複雑さと威力は比例すると聞きます。手をかけたという事実が、そのものの価値を上げる。


 お店の玄関は、このあり得ない場所にある、ありえないお店を維持するために使われている力が、外に漏れ出ないためのストッパーなのだと思います。だから二重仕様。


 そしてこちら、最奥はその力の引出口です。


 お客さんとしてここにいらっしゃる神様は「こりゃ大層なものを」「お疲れ様です」などと口々にお店を褒めます。

様々な特性を持っていらっしゃる神様方から見ても、ここはとんでもなく複雑な術と大きな力を使って作られた場所なのです。

 なのに、そんな力の引出口はあんなに小さい。


 あの奥には、どれだけのものが。


「この扉を、決して開けてはいけないよ」


 そんな注意をされた事はありません。おそらく僕がそういう事をしない、と、ご存じだからでしょう。


「よっ。あーめんどくさいのー。ここ通るには乳が邪魔でいかん」


 そんな、うんざりした声が、僕以外誰もいないはずの廊下に響きます。

 最奥の扉が軋みながら開きました。中からはいずり出てくるのはよく知っている方です。

 向こう側はよく見えません。ここよりほんのり明るい様子。


「おはようございます。店長さん」


 長い絹糸のようなそれを染める際の染料として夜を砕く際に、星も巻き込んでしまったのでしょう。普通の人のそれより倍輝き、倍深く黒い髪。

海の青を凝縮させたような瞳。

 象牙の肌は今日もなめらかです。四肢はのびやかに長い。当然背も高い。顔は見慣れているので忘れがちですが、美しいです。ただ凛々しいので、街を歩いていてもナンパとかはされないで済むようです。


「知り合いに絶世の美女いませんか?」と聞かれたら思い浮かべる何人かのうちの一人です。

 一位ですと即答できないのはこの、雑な物言いとか、普段仕事を押し付けられている怨みとか、色々ありますから。


「んー」


 生返事で扉を潜り抜けた店長さんは、けだるげに扉を閉めます。

てのひらで扉の四辺をすっとなぞる。

 あれはおそらく、必要以上に力が漏れ出ないための、封印。


「申し訳ありません。堅香子(かたかご)さまが無理を言って」

「んー。いい、いい。どーせ暇じゃろうし。今日から。閉めてやってもいいくらいじゃ。あれか、あの(ぼん)が来るくらいじゃろ。せいぜい」


 坊は、センセイの事です。本人の前では使われませんが、神様方がセンセイの話をする時はそう呼んでいます。神様内で最年少に近いらしいのです。


「センセイは来ないです。今日」

「あなめずらし。解禁されてから毎日来てたのに」


 もう来てほしくない理由がないですしね。ええ。


「すいません。僕の都合でセンセイの事」

「いい、いい。静かでよかったもの。あいつ注文多いしのー。ずっと出禁でもいいくらいじゃ」

「それはかわいそうですよ」

「そうじゃな。癇癪起こされたらかなわん」


 二人で笑いながら、僕の部屋の向かいの厨房へ。冷蔵庫を開けて、作りおきのおつまみメニューの説明を。

今日はおでんと、鳥のレバー煮と、かぼちゃの煮物。全部温め直せばいいだけのものです。


「これ、作りすぎちゃいましたね」

「いい。いい。余った方が喜ばれる」


 それは、誰に。


 人間だったら遠慮なく聞いてしまう所でしょうが、僕は狐ですので。

 ここから先は踏み込んではいけないんだな。というのが自然と解りますので、口をつぐみます。

 多分そういう理由で僕はここで働かせてもらえているのだと思います。

神やその眷属を小間使いにする訳には行きませんが、普通の人間にはつとまりませんから。


「えーとあとは」

「手前だって土曜と大安はちゃんとやっとるじゃろ。同じじゃ。もうお行き」

「あ、じゃあ、お言葉に甘えて。と言っても時間もうちょっと後なんですけどね」

「あそー。泊まり込んだからてっきり」


 帰るのめんどくさかったっていうのと、そう、小春さんと離れられるから。


「寝れたんかの」

「やっぱ布団で寝るなら畳がいいですよね。向こうフローリングなので、なんか違和感あって」


 そうなんですよね。堅い。しかも汗が抜けて行かないから、万年床にしておくとかびるらしいんですよね。恐ろしい。


「あー。床ならベッドじゃろ」

「やっぱそうですよねー」


 処分が面倒かと思い敬遠してしまいましたが、やっぱり買っちゃおうかなベッド。

 まあまあ上背があるので、シングルだときついんですよね。ホテルにあるのはセミダブルなんでしたっけ。あれくらいか。いやしかし―――


 いやしかし。

 いやしかし。


「椿」

「あっはい!ななななんですか!」

「なんじゃいきなりその反応」


 店長さんは怪訝な顔で僕を見ています。


「な、なな、なにって、お呼びになったから」

「お呼びになっただけでその反応は大げさじゃが」

「……そういえば店長さんって、僕の心読めたりするんですか?」


 そういえば考えた事なかった。そうだとしたらうわああああ僕、死ねます。


「はあ?手前はそういうこまっごましたの超苦手じゃ。どかーん!専門」


 ああ、よかった。ほっと一息。店長さんはなぜかため息。


「……ま、膝痛くなるわな」

「…………」


 何の話ですかって聞き返せないのは何の話か分かるからですがあーもー……!

 久々に元自室でまったりしようと思ったんですけど、もう出かける。


店長さんのバーカ。


みんなバーカ。


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