ポジティブでパワフルなお年寄りの老婆心。その有難迷惑率は、高い/堅香子さま
潜入、って、この歳になってもどきどきしちゃうのよねえ。昔はよくおてんばしたわ。
術の気配はないから、そんなに気を払わなくて大丈夫そうだけど。
なるべく音が立たないように、鍵穴にさし込んだ鍵を押し回し開錠し鍵を引き抜く。そうっとノブを押し下げ、扉を押し開け、その部屋に入る。起床している感じはないわねえ。
靴を脱いで、廊下はすり足で移動。物音は聞こえない。
1DKのリビングに隣接した引き戸を静かに静かに開けて、と。
ベッドと化粧台の置かれたとてもシンプルな部屋。シンプルなのは家具だけで、床に大量の本が転がって……熱中するといつもこうなんだから、この子ったら。
姿が見えないけどどこかしら。
あら、ちゃんといたわ。
ほんのりお布団が盛り上がったベッドへ歩み寄り、上掛けを一気にはがす。
この子のこの格好、久し振り。
シングルベッドの真ん中に、狐が一匹丸まって眠っている。
一目見て狐だと判断できる人間は少ないかしら。
だって毛並みが銀色なんだもの。正確には光沢のある濃いグレーですけどね。犬に間違われて面倒なのよねえ。ほんとう、わたくしの若い頃にそっくり。ふふふ。
相変わらずかわいいわたくしの娘、小手毬。
毛並みに添うように撫でて、耳の裏をこしょこしょして……ここ好きよねえ。あなた。
気持ちよさそうに「きゅう」と鳴いて、あら起きちゃったわ。
時折光の加減で緑に見える琥珀のまなこはまっすぐにわたくしをとらえて、あら、怒っているわ。はいはい。布団かけ直せばいいのね。
狐の小手毬と人の格好をしているわたくしですから今は意思疎通ができないのですが、言いたい事はわかるわ。母娘だもの。
上掛けをかぶせて10秒たたないうちに、中身がふくらむ。
ふふ。こうやって見ると面白いものねえ。あら不思議。布団から出てきたのは、とっても美人な人間の女の子ではありませんか。ちょっと気が強そうだけど。
「おはよう、いきなりどうしたの」
「おはよう。だって全然会いに来てくれないから」
そうそう。わたくしと茉莉は東都のホテルにいるって知っているのに尋ねて来てくれないものだから、会いにきちゃったのよ。
「連絡してよ。ていうか、茉莉どうしたの?」
「ひかたばあやのところ」
「えー!?大丈夫なの?けっこうボケちゃってるよね」
「茉莉も一通りできるから、大丈夫でしょう」
「まー……あたし昼からまた出かけるんだけど」
「あら、デート?」
「意味わかんない」
「だって、全然連絡くれないから。いい人でも出来たのかしらって」
「やめてよ。色々忙しいの」
これは嘘ついていないわね。まったくもう。
「もー。いい人いないなら息抜きに、遊びに行きましょうよ。昨日なんか楽しかったのよ。椿と、あとセンセイって方と、4人で浅草行って」
「え?椿と」
あらやっぱり反応した。
「そう。椿と」
「だって昨日日曜でしょ?」
「ええ。お店お休みでしょう?」
「そうだけど……」
あらあら、いつがお休みだか、すぐわかるのね。
「ねえクリスマスにみんなでパーティしたら楽しいと思うの」
「いやいやいやいや。予定入ってるから」
「デート?」
「あたしじゃなくて、椿が」
「ヒマって言ってたわよ?」
「――――え?」
あらそんなに解りやすく顔色変えて。
「する?」
「しない」
「残念。23日は?金曜日」
「日付の問題じゃなくて、パーティーを」
「そうじゃなくて、わたくし、ね、その日、泡沫ちゃんにコンサートに誘われたんだけど、茉莉を連れての御挨拶を年内に終わらせてしまいたいのよ。で、その日丁度涼暮さんの所にあのへんが集まるらしくて」
「あー。言ってた」
「あら耳ざとい。なので、泡沫ちゃんとコンサート、行ってくれない?」
「えー何?」
「第九」
「早くない?まー……23日なら、いいけど」
「チケット置いておくわね。待ち合わせ場所のメモも」
「んー」
生返事をしてよろよろとリビングに向かう小手毬。ああ、ほんとう、大きくなったわねえ。
「母様、朝ごはんは?」
「まだ」
「オムレツくらいしかつくれないけど」
「頂くわ」
「んー」
しかも優しく育って。母はうれしく思います。
そして久々の謀りが、上手くいきそうでテンション上がっちゃいます!