引き続き真面目モードでおとなしくしていらしてください。どうどう/センセイ
人妻はなんと小手毬ちゃんのお母さん、堅香子さんだった。
息子は小手毬ちゃんの弟、茉莉くん。フレンドリーに振舞い敵意がない事をアピールしたら安心してくれた。
ボクのことは一目で神の類だということが分かったらしい。そして年上らしい。
「でもほぼ同級生みたいなものですから、さん、やめて欲しいです。センセイ?」
マジかよ。じゃあ堅香子ちゃんでいくね。
流れで一緒に浅草観光に付き合う事になって、一緒にもんじゃとか食べちゃった。あ、もちろん服は速攻着替えたよ。
ドーナツ型に土手を作ってもんじゃ原液を空洞部分に流し込む月島式の使い手である僕と、野菜を全面に敷いてからもんじゃ源液を流して鉄板の上で好きにさせてあげる浅草式の使い手の椿くんでちょっと言い争ったけどいい時間だった。
味的にはそんなに、ぶっちゃけ変わらない気がするんだけど、鉄板脇のカス入れにもんじゃ源液が入ってっちゃわないか気を付けないといけないからめんどくさい気がするんだよね。浅草式。
椿くんが「でも土手作っても決壊するじゃないですか、結局」と悪態をついたのだけれど、決壊しない土手を作って黙らせてやった。
土手をちょっと広めにとって、もんじゃ原液4分の1くらいをスプーンで土手にまくんだよ。で、しばらく待つと土手にしみ込んだ原液が固まっていいかんじの目地として機能しだすから、そこで空洞部分に原液を流し込むの。
そうすると決壊しないの。椿くんは悔しそうだった。ふふーん。
「ああ、そうやればいいんですね、勉強になりました」
素直にそういうの言えるところがいいよね、椿くん。
久々に食べたけどもんじゃ焼きはいい。ビールとの相性が最高だよね。
粉もの全般に言えることだけど中毒性が高い。何か別の粉入っているんじゃないかってたまに思うよ。
王道のもちチーズ明太子もいいけどおすすめはチーズもんじゃチーズ追加トッピングだ。僕の行きつけの店には黒胡椒が置いてあるから、これでもかってくらいふって、おこげを作って食べる。本当にビールとの相性が最高さ。
腹八分目のほろ酔いでそのへんふらふら散歩するの楽しい。散歩するにも月島の方がいいなあ。人まばらだし、開発中の豊洲のほうとか適当に見ながらまったりできる。
ま、今日は飲めないんだけどね。お酒。
まだ辛いのだめらしい茉莉くんいるから、今日はマイルドもんじゃ。
ベビースターコンビーフもんじゃ、味の素ちょっと入れた青のりねぎあさりもんじゃ、豚コーンチーズ。普段食べないから、新鮮だった。
「母様、もしかしてこのとうもろこしって佐藤さんちで作ってるやつですかね!」
って茉莉くんが言い出して、まあ悶絶したよね。子供の「いい事思いついた!」って顔は万国共通でたまんなくかわいいよね。我が子を思い出したよね。もう彼らもいないけど。
悶絶して聞くタイミング逃したけど、今住んでいる北海道では人間とご近所づきあいとかしてるんだろうか。
るーるるー的な感じで?
謎が残る。
「ここは本当に人間がたくさんいるのですねー!」
その後、浅草の街中をそんなこと言いながらきょろきょろ歩き回る茉莉くんを、にやにや見守るのは本当に楽しかった。
楽しかったんだけど、違和感バリバリなことがひとつ。ひとつというかひとかたまり。
「センセイからも言ってやってくださいな。椿ったらいつまでたっても身を固めようとしないで」
「いや、ねえ、あはは。センセイ、ねえ」
「笑ってる場合ですか。あなたが番いを見つけないうちは、わたくし心配でおちおち夜も眠れないのよ」
「母様、おれのほうが椿より早く見つけます!番い!」
「お、頼もしい。頑張って美人で優しそうなお嫁さんを見つけるんですよ、茉莉くん。一目惚れとかって案外ばかにできないらしいですよ」
「絶対負けないぞ!」
「椿!」
観光しながら何度か堅香子ちゃんが椿くんに身を固めろ、的な話を振るんだけど、椿くんはのらりくらり。さりげなくボクに目配せ。牽制だ。
結局椿くんは小春ちゃんのこの字も出さない、出させない。そうやって今日を一日やりすごした。
一通り観光して、夕飯前に解散って流れになった所で「あの」と、椿くんは僕を引き留める。
「センセイ、僕まだ今日、帰りたくない感じなんですけど。一杯飲みに行きませんか」
なんか事情があるんだろうけど、誘い文句が、なんかさあ……
堅香子ちゃんがキャってなってんだけど!誤解されてるよ?あれ絶対……
※※※※※
「あの、おごるんで……好きなもの……どうぞ」
どちらがなにを言うでもなく、上野にある僕らの行きつけのお店に流れ着いての椿くんの第一声はそれだった。久々にじっくり椿くんの事見たけど、やつれた?
とりあえずビールとめんたい出し巻き卵、漬物盛り合わせと餃子と揚げ出し茄子を頼んでやった。椿くんはめずらしくのっけから焼酎いった。
尾行していたことに関して何か憎まれ口を叩かれるかと身構えていたけど、そんなことはなく、椿くんはため息をつきながらお通しの味噌キャベツのキャベツを細かくちぎり出した。
「椿くん、なにかボクに言いたい事があるんじゃないの?」
「……ああ。すごく助かりました。持て余してたんです。あのお二人を……」
彼はそう言って、ぐったりしたままキャベツをちぎる作業に戻った。
いやいや他に言いたい事あんでしょ。どうしちゃったの椿くん。奥歯にもの挟まったようなそのレスポンス。穏やかだけどバッサリ行くときはバッサリやるところが好きなんだよボクは。
しかも時間がないっていうのに小春ちゃんをあんなにしょんぼりさせておいて。今会いに行けるじゃん、このボクといるこの時間で。一目あえれば良かったりするんだよ。
あ、椿くんの寿命本人の認識より多いんじゃないか説、まだ言ってないや。今言える雰囲気じゃないけど。
さて、どこからつついたらいいんだろう。
丁度お店のお姉さんがお酒を運んで来てくれた。椿くんが受け取ろうとした明るい農村、ダブルのロックを横から掠め取って一気に飲み干してやった。椿くんは面喰っている。
何か隠している相手からその何かを引きずり出すには、まず先制攻撃でバランス崩してやるのが一番いい。そこから畳みかけて対応に追われさせてうっかり言わせる。
「同じの、もう二杯お願いね。よろしく美人さん」
「あ、はい」
「で、あのさ、椿くん、小春ちゃんの事、ちゃんと好きなんだよね」
「いきなりなんですか」
「え、今日、椿くん堅香子ちゃんにでれでれしてたから。もういいのかなって。いいならボクちょっかい出してもいいのかなーって思って。最近ますますきれいになったし」
「いい訳ないじゃないですか。でれでれとか、してませんよ」
あ、怒った。
顔も声のトーンも普段と変わらないけど、怒ってる。怒るとそういう、腸だけぐらぐら煮立てるタイプなんだね。ふうん。
「あそー。じゃあなんで、小春ちゃんの事ほったらかしにしてるの?あと堅香子ちゃんに会ってるって内緒にしてるの何で?」
「―――何でそんな事知ってるんですか」
「先週小春ちゃんとデートしたから。かわいそうに小春ちゃん、君に避けられてるから嫌われたんじゃないかって、泣いちゃってたよ」
こっちもつられて好戦的になっちゃいそうな位怒っていたのに、ボクの言葉で彼の表情が崩れた。何か言いたげだったけど言葉は出なくて、目はとびきり悲しそうだった。
「……そうですか」
それきり椿くんは黙り込んでしまった。ああ。この沈黙やだなあ。二杯目が来たので、ビールをチェイサーに焼酎を飲む。まどろっこしいなあ。
「堅香子ちゃんに、小春ちゃんの事言わないのはなんでなの?ボクを出禁にしたのもその関係?」
「……そうですすいません。小春さんに言わない理由が、二つあって。僕らが人間を娶ったり婿にしたりする事って、昔はよくあったらしいんですよね。長老様の昔話とかにもよく出て来るんですけど」
「うん」
「大抵そういう狐ってどっかの若様とかお嬢様なんですよね。僕みたいなフツーの狐が人間捕まえた、みたいな話がなくて。なんでなんだろうって疑問で」
「堅香子ちゃんに聞けばいいじゃん」
「もう一つの理由がからんでるんですけど、そっちは絶対言いたくないです。で、それ抜かしても、堅香子さまの所って、その……朝廷みたいなものなんですよね。おっしゃった言葉は絶対なんですよ。そういう方に、例えば小春さんと一緒にいる事を反対されたら……反対されたから離れるって気はないんですけど、でもそれで小春さんに何か迷惑がかかるならそうしないといけないですし……で、今知り合いに頼んで、普通の狐がそうなった事例がないか、もうちょっと下のちょっと偉い妖狐から聞きだしてもらっている最中なんです。そこで解らなかったら結局堅香子さまにお尋ねするしかないんですけど……それまでは伏せておきたいんです」
「小春ちゃんにそれ言えばいいじゃん。それで、会えない分ちゃんとフォローしてあげなよ。どっかで」
「余計な心配させたくないんですよ。期末テスト期間中ですし。あと僕、今小春さんと接触を避けたい感じで。二人きりとかちょっと無理」
「なんで避けるの」
「言いたくないです」
頬を赤らめて椿くんはまた黙り込んだ。
めんどくさいなー……押し倒したくなっちゃうからとかでしょどーせ。
もはやぶっちゃければいいのに。いやでもぶっちゃけられてもどうすんのって話だしな。触れないでおくのがベターか。
彼が自分で折り合いをつける事だ。
「……まーいーや。でもさ、これからも堅香子ちゃんが帰るまで、案内役するつもりなんでしょ?」
「そうですね。まあ」
「それさ、偶然、日曜に友達と街に出かけた小春ちゃんが堅香子ちゃんと君が一緒にいるの見かけちゃったらどうするの?見た目はきれいなお姉さんじゃん。絶対誤解するし、傷つくよ」
都内広しといえども、盛り場はある程度決まっているし、絶対ないとは言い切れない。椿くんは口を大きく空けて、そのあと眉間に皺を寄せた。
「あー全然考えてなかったです……今僕本当頭回らない時期で……そうですよね……」
おっとりしてるけどアホじゃないと思っていたんだが。椿くん。なんかうにゃうにゃしてるし、本当いつもと様子が違う。クラスダウンというか……まさか。
「ねえ、椿くん、そろそろ死んじゃうからそんなポンコツなの?」
「はあ?普通です。でも誰かにちょっと一思いに殺って欲しい感じです。もうやだ本当にやだ僕……」
うわーめんどくせー、もうなんなんだこの妖狐!つきあってらんないからコレ飲んでおつまみ片づけてさっさと帰ろ。で、寝る。ボクは大変に眠い。
だから相談してくるなら今だよ?椿くん。