十何年後かにお疲れサマンサターバサ。を乱用するんでしょうね。センセイ
さァて今週もはじまりました。全国津々浦々、八百万の神様(女性のみ)に聞きました!抱かれたい神様ランキングナンバーワンのボクでーす!
もうかれこれ20時間以上起きてるから段々楽しくなってきちゃったんだよー?
イエーイ!アイアムパーリーピーポー!
……パーリーピーポーって……何?
今、突然頭にふって湧いた。
神の啓示みたいなもんかな。いやでもボク神な訳だし。神がひらめくとなんなんだろう。
今発揮させてたのは啓示より刑事力なんだけど。張り込み力とか上がったと思う。
そんな訳で引き続き椿くんの尾行をしていたんだよボクは。ねえワトソン君。ワトソン君欲しい。いない。しかたがない。しかしさみしい。それを素知らぬ顔で耐えてこそ、男。ボク頑張る。
開園と同時に浜離宮にやって来た塩気の足りないしょうゆ顔……甘みがあるからめんつゆか、めんつゆ顔妖狐の椿くん、10:03にものすごく雰囲気のある人妻と元気いっぱいの男児の二人連れと合流、距離を保ちつつ親しげに話しながら向かった先はなんと水上バス乗り場!べべん!と三味線が入るところですよここは。
あ、ボク?三味線?弾けない弾けない。でも七弦琴めっちゃ弾けるよ!いつの時代も音楽男子はモテるよね。うん。懐かしくも輝かしい日々だよ。
ああいけない。昔自慢するとか年寄みたいじゃん。
それで水上バスもついてこうと思ったんだけど、空間が限られている分、バレる確率が高いじゃん。過去十数回の尾行の際は椿くん全然僕の存在に気付かなかったから、このままでもいいような気がするんだけど、一緒の美人がなんか、なんか、隙がないような雰囲気。なんとなく。
だからまあ変装して水上バスに乗る事にしたのさ。船の出航時刻11時過ぎだったから時間余裕あったし。買いに行かなくても、ありもしない所から服を出すくらいは出来るよ!神様だから。
ボクだと思われないために、ボクがもっとも着ていなさそうな服を出して着替えたさ!公園のトイレで!
寒かったしトイレだし何やってるんだろうボクって、床に足つけないように靴の上にのってバランスとりながら下半身パンツいっちょで泣きそうにもなったけど頑張ったよ。個室ガッタガタいわせてやったよ。
ケミカルウォッシュのジーンズに……
靴ひもがボロボロのスニーカーに……
靴下はね、左右違うの……そして……
もういいかな。精神衛生上よくない。忘れたい。生まれて初めてこんな、洗練と遠く離れた格好をしているよ。
そんな格好で、ガイドブックに顔面をこすり付けながらおのぼりさんを装い水上バスに乗り込んだ。とりあえずバレなかった。
水上バスというのは、この都市において交通手段というよりはのんびりと景色を楽しむという位置づけにあるものだ。ゆったりすごしてもらうためにと客席が多い。雨風を凌げるように覆いもついている。見通しのいい洋風屋形船とでも言えばいいのだろうか。三人は覆いの中に入ってしまった。寒いからね。ボクは景色を見るふりしてデッキから彼らの様子を伺う。
本当に仲がよさそうだった。あんまりじろじろ見ても怪しいから景色でも見るか。
休日なので空気中にあまり排気ガスがない。見通しはそこそこいい。
――そういえば風の始まりって、一体どこなんだろう。
つばが真ん中で折れているよれよれの横浜フリューゲルスの野球帽(よく考えたらおかしい。サッカーチームの帽子なのに)を攫って行こうとなんども試みてくるいたずらものの朔風を受け流しながら、ふとそんな疑問が頭をよぎった。
気象学はまだ手を付けていない。すこしかじってみようかな。
この歳になっても学ぶことが世の中にはあって、ボクは神だから多分死なないけど、この世の終わりまで頑張っても世界の全てを識ることはないんだろうなあ、難儀だけど楽しいなあなどと思っていたら椿くんの悲鳴が聞こえた。
美女から距離をとって、美女はそれを追って椿くんの頭を撫でていた。あ、また逃げた。
美女が椿くんを追っかけているの?
椿くんもなかなか静かにモテるよね。小春ちゃんに小手毬ちゃんに。女神さまにもかわいがられているし。まあね。僕も娘が椿くん連れてきたら気に入らないけど認めたと思うよ。出世しないけど失脚もしないタイプっぽいし。いいお父さんにもなりそうだ。
でもきみ、小春ちゃんいるじゃん。そんな顔真っ赤にしちゃだめじゃん。
好意的な様子の美女に話しかけられている椿くんはまんざらでもなさそうだ。本人の心の中は知らないが、僕から見たら椿くんの顔はでれでれ、にしか見えない。
美女的にはチャンスって思っちゃうんじゃない?
あ、美女、子供を外に出した。椿くんに詰め寄ってる。
いかんでしょう美女。こんな小さい子一人にしちゃ。椿くんもたしなめなよ。
……もー。
これくらいの子、水大好きだし、結構どこにでも登れちゃうから危ないんだよ?落ちたらどうすんの……?
万が一があったらいけない。客室から出て外の景色を見ている、美女の息子と距離を詰める。何かありそうになったら駆け寄れるくらい。そこまで移動したせいで椿くんたちの様子がうかがえなくなってしまった。
「むー」
椿くんのことだから、小春ちゃんを泣かせるような事はしないと思いたい……が、男女のことはまた、普段のひととなりがこうだからこう、って訳にはいかなかったりするからなあ。思ったら思いかえしてくれるものでもないし、思いあっててもやっぱりしっくりこない、とかあるからねえ。なかなか難しい。
……椿くんは美女と何を話しているんだろう。気になる。
悪趣味な自覚はあるが、聞き耳立てちゃおうかな。
アイロンのかかってないカッターシャツの胸ポケットからメモ帳を、コートのポケットから筆ペンを取り出す。
神様とひとくちに言うが、八百万もいればもう色々だ。ボクもそんな全員見たことないが。
吐息を旋風に変えられるものも、虚空で指先をひとふりすると相手を思うがままに操ることが出来るものもいる。
出来ることも、それを発動させるためにするアクションも色々。
ボクの場合は紙と筆が必要。
命令を文字にしてを紙に書くと、術が発動する。ただ条件がある。
命令文がしっくりこないと発動しないんだよね。ボクの中にある美を選別するセンサーのK点越えないと世の律に干渉できないようで。干渉出来てもダメだったりするんだよね。ボク的にはOKでも世界からすればまだ足りてないのかな、って感じ。
まだまだ神様修行中なのさ。ボクも。
さて、遠聞きか。初だな。でもそんなに難しくなさそう。そういえば現代っぽい句でもどうにかなるのだろうか。ちょっと試してみよーう。命令式……
‘残月眺めきみ思へども 留守電メッセージの声で我慢’
あかん。駄目なかんじに混ざった。冷蔵庫に入れっぱなしで傷んだサラダ記念日みたいなことに。
寝てないからヒドイ頭回らない。
あ、でも、揺らいだ。
使えるかもしれない。……これ文法とかじゃなくて、勢いなのかなー。
発動の感覚は独特だ。体の外側が焼けるように熱くなる。肌表面じゃなくて、ボクという存在の輪郭に熱を孕んだなにかがじわじわと近づいてくる感じ。身構えている間に熱はいつの間にかボクの中に移動し、収縮ののち弾ける。これで術が始まる。
「曲者!」
収縮は途中で中断された。強くてまっすぐな声によって。
小さなその男の子は、ボクをまっすぐと見据えていた。器こそ小さいが、内にあるものはなかなか大きい。干渉直後の今だから感じ取れる。なるほど、人ではないのか。
「もし、ごめんなさいね。うちの子が何か」
「かあさま、こいつ、あやしい術を!」
ああ、これはお母さんのほうが、ヤバい。
やっぱ人間のようで全然違うもんなんだなこれどうしようかな。超焦る。
「……あ」
あ、椿くん?いたの。やっぱヒラ妖狐なのね。全然圧迫感ない。安心するわー。