申し開きはセ……キャラぶれてんだけど、どうした椿さん
「椿、椿?」
「あ、はい」
「ぼうっとしちゃって、やっぱり病気なんじゃないの?大丈夫なの?」
「大丈夫です、本当に」
実際は今全然大丈夫じゃなくて、重篤な小春さん欠乏症なんですけど対処法がないんですよ。堅香子さまに言う訳にもいきませんし。こんな事。
「そう?あなたと会えるのはとてもうれしいけれど、それよりあなたが元気で毎日楽しく過ごしている事が一番なんですからね。迷惑だったらわたくしの誘い、断っていいんですからね?」
そう言って、堅香子さまは僕の頭を撫ではじめました。
「ええ?ちょっと、堅香子さま!」
「何やってるんですか!かあさま!」
「ええー?あらやきもちかしら、茉莉。だってほら、椿ってお父さまが信州で行き倒れた時にお世話になった科戸のひ孫なのよ?わたくしにとってもひ孫みたいなものよ」
「せめて母です、母でも恐れ多いですけど!」
未だ僕の頭を撫で続ける堅香子さまから、失礼にならないように離れます。科戸は僕の母方の曾祖母です。僕が生まれた時にはとうに天寿を全うしておりましたので、直接会った事はないのですが、僕はその曾祖母にそっくりなのだそうです。
「ああ、そうねえ。うちの三男みたいなものよねえ。山茶花の面倒もよく見てくれたし。茉莉は四男に繰り下げね」
「母様!?」
「おおお恐れ多いですから、無理です!」
狐の序列を人間のそれに当てはめると、堅香子さまのおうちは皇族、うちはもう、なんの後ろ盾もない一般人です。サラリーマン家庭です。いえ、なに不自由なく育ててもらって、両親は本当に感謝しておりますが。
「そうよねえ。椿のご両親は立派だわ。こんなにいい子に育てて。それに比べてうちの子たちときたら、もう………!」
この方のしかめ面は、初めて見ました。
堅香子さまのお子様達は、って言っても上三人は僕よりがっつり年上ですから、この言い方おかしいんですが、彼らはそれぞれご両親の才能を受け継ぎ、大変優秀で強力な妖狐です。……まあ、ちょっと自由ですけどね……。それでも人望……狐望……?厚い魅力的な方々ですので、そんな表情を浮かべなくてもいいんじゃないかと僕は思うのですが。と、しばらく会っていない小手毬ちゃんと茉莉くん以外の三人の顔などを思い出して、やっぱり皆さんどこか似ていらっしゃるなあと思いながら堅香子さまへ視線を向けると、しかめ面の彼女と、ばっちり目が合いました。
「……そういえば椿、あなた、番いは見つかったのかしら」
いきなり何で、そんな話に!
「……僕の事はいいじゃないですか。とりあえず、浅草で何しましょうか。意外とおいしいもんじゃ焼き屋さんが多いんですよね。茉莉くん、もんじゃ食べたことある?」
「なんだそれ」
「茉莉、ちょっと外で景色でも見ていらっしゃい。手すりに登っては駄目よ?お魚が見えても、捕まえてはいけません」
「わかりました!かあさま!行ってきまーす!」
ほんとうにお母様の躾のよく行き届いている茉莉くんは、大変にいいお返事をして客室を出て、デッキへ行ってしまいました。
「あの、世間的には4歳のお子様を一人でデッキに行かせてはいけないと思うのですが……ほら、今、僕達、人間のふりを、している訳ですし」
「話をずらすんじゃありません、椿。藤乃がもういないんだから、私が母親みたいなものですから。今決めました。今日からわたくしあなたのお母さん代理!なので母親の義務を果たします。将来を心配します。あなた番いを真剣に探していないでしょう」
「あ、はいそうですね」
番いという言い方はなんかあれですけど、すでに恋人はおりますので。ええ。
「いい感じの狐とか、いないの?」
「いません」
「あなたにちょっかいかけてくる狐とか」
「いません」
あーあー小春さんにちょっかいかけられてえ。そしてかけてえ。なんで僕こんな所にいるんだろう。二人でケーキとか焼きながらキャッキャウフフしてえ。
辛い…………!
「逆にあなたが気になる狐とか」
「いません。ご存じでしょうに。東都に住んでる狐と僕じゃ、釣り合いが取れないんですよ」
わざわざ住みにくい都に好き好んで住んでいる狐なんて、華族と有力士族クラスですからね。僕とか眼中に入らないんですよ。
「それこそご存じでしょうに、妖狐同士の子供は強いほうの要素に引っ張られるから、どっちかが強力な妖狐なら強い子が生まれますから家の格とかあまり関係ないのよ。惚れさせたら勝ちなのよ?」
下級同士だと僕みたいにさらに劣る個体が出てきたりするらしいですけど、上はそうみたいですね。
それでも格とか気にしちゃうんですよ、彼らは。堅香子さまのお子様方は大物すぎて逆に気さくですけど。
あと全然好みじゃないんですよね。皆すごい高飛車だし。「ヒマつぶしに付き合ってあげてもいいわよ」とか「なんなの下級の狐の癖に生意気な、私の話聞きなさいよ!」みたいな、わざわざ喧嘩売ってくるのあれ、なんなんでしょう。
あーあー本当小春さんかわいい。会いたい。
「聞いてるの、椿」
「聞いてます聞いてます。でも、ほら、それって八汐兄さんとか、皐月兄さんのほうが心配じゃないですか?そっち先に……」
「あの子達は、あの子達で、わたくしも、もうっ、ほんとうにっ……!そろそろ、お灸をすえようと思っています。でも椿、これを考えると心がどうにかなってしまいそうなくらい悲しいけど、あなたあまり残り時間がないでしょう?少し真剣にならないと駄目よ。跡継ぎのこととか」
うーん前言撤回。こういう所お年寄りなんですよね。最近の神様たちもですけど。僕の事を考えてくれるのは解るんですが。なんでそんなに話が飛ぶのか……。まあ、感覚が違うんでしょうね。ジェネレーションギャップってやつです。
この話どうかわそうかな……堅香子さま逃がしてくれなそうだな……
「曲者!」
そう、おっとりしてるけど曲者なんですよ。え?
茉莉くんの声でした。座席を立って、堅香子さまとデッキに出ます。彼は、乗客の一人と対峙していました。相手は大人の男の人です。
一昔前のケミカルウォッシュのジーンズに、白いシャツをつっこんで……シャツの裾を出さない着こなしをしている人を久々に見ました。それにけばけばのキャメルのダッフルコート。フリューゲルスのメッシュキャップとあまり洗練されていないご様子。不審者?
「もし、ごめんなさいね。うちの子が何か」
「かあさま、こいつ、あやしい術を!」
駆け寄りながらさりげなく茉莉くんと男の人の間に立ちます。何かあってはいけませんから。それにしても術って……
「……あ」
「や、やあ、奇遇だね!椿くん!というか、全然会えなかった所に君を見つけたから思わずついてきちゃったんだ!!ごめんごめん!声をかけようにもそんなムードじゃないけど、隙あらば声をかけたいなと思って、遠聞きの術を使おうとしたらこの子にばれちゃってあはははははは!久し振り!凄ッい会いたかったんだ!で、ごめん!」
その男は、早々に取り除いたはずのネックレス4本目だか1本目だかでした。めっちゃ焦った様子で僕に猛烈な勢いで話しかけてきます。
「センセイ……何してるんですか、いえ、事情は分かりましたがなんですかその……もういいや。もういいです。ご無沙汰してます」
「あら、椿、このかた、お知り合いなの?」
「ええ……あのお店の、常連の、センセイです」
「初めまして絶世の美人さん!センセイです!椿くんとは夜通しマリオやってカービィやって寝不足になる仲です!ねえドンキーコング買ったんだ!椿くんとやるのめっちゃ待ってんだけど!連絡くれないからさあ!トロッコ死ぬほど楽しいから一緒にやろうよ!いや一緒にはできないんだけど!競い合うみたいな!ボクの事忘れちゃうほど、そんなに楽しいの?こは、いたたたたたた!なになになに!?ギブギブギブ!」
野生の本能でしょうか。今、センセイがくっそ余計な事を言おうとしていたような気がしたので、思わず彼にヘッドロックをかけてしまいました。そういえば初です。
なかなかの手練れだと聞いていたのですが、隙だらけでした。接近戦はお得意ではないのでしょうか。そうならもっと早くやってやればよかった。
「ちょ、づばきぐ……」
積年の恨みが僕の心の奥底からじわじわ滲みだしてしまったせいで、想定外の力が出てしまい思ったより絞め上げてしまっているような気がするが気のせいです。気のせいです。僕今ちょっと焦っているのですから。致し方がない。
「すいません、再会の感動の余り手が滑って!手が滑って!相変わらずそうで何よりです!本当に何よりです!ちょっと、二人共、感激のあまり冷静じゃいられない感じなんで、落ち着きましょう、センセイ、ね?ね?離しますから、落ち着いて、冷静に、い、つ、も、ど、お、り、の!スタイリッシュで格好いい、僕の知ってる僕の大好きなセンセイに戻って下さい!」
この僕の言葉の裏にあるものを明文化すると「落ち着け、覗いてたのは不問にしてやるから余計な事を喋るな、この顔だけ腐れ眼鏡が」だったんですが、どうやら通じたようです。
僕の腕から解放されたセンセイは、溜息と共に床に落ちたメッシュキャップを拾い、乱れた髪を直して、ダサいコートを一回ふぁってやって大変魅力的な微笑みを携えながら、顔を上げます。
今日も男前です。服ダサいですけど。そういえば眼鏡も銀縁じゃなくて鼈甲でもっさりしています。足元ジャガーの白いスニーカーじゃないですか、中学生御用達じゃないですか。僕の、最近知った豆知識です。
「……椿くんたら意外とワイルドな所あるんだね。長い付き合いなのに全然知らなかったよ。ドキドキしちゃうなあ」
「それはよござんしたです、はい。……申し訳ありません、堅香子さま。お見苦しい所を」
これが小春さんとのデートだったら海に突き落としてやるところですが、今は本当に助かりました。センセイ。困っていたんです。
「え?どうしたんですか?堅香子さま。何か?」
微笑みがデフォルトの堅香子さまが、困惑していました。眉尻が下がり、泣きそうな顔で僕らを見比べています。
「つ、椿」
「はい、いかがいたしました?」
「……もしかして、番いを作らない理由って、そ、その方の事が好きだから?と、い、いうかその方がいい方なの?さ、さ、さ、最近流行っているという男同士の……なんていったかしら……やお」
「「違います!違います!まったく!もって!違いますッ!!」」
全く会いたくなかったのに久々に会ったのにセンセイとあり得ない程息が合ってしまい、一字一句ずれずに否定の呪文を唱和できてしまいました。
この空はまっすぐ宇宙まで続いているのだなあと言う事を実感させる、見た感じオゾン層まで障りひとつないスカイブルー。そこに、不名誉なレッテルを張られかけた僕とセンセイの憤りが飛んでいきました。
勢い的には月くらいまで行けそうです。
因みにどこでそんな事を知ったのかと聞いたら、次女の山茶花ちゃんが、最近流行ってるってそういった漫画を堅香子さまに見せたそうです。
持っているのか山茶花ちゃん。
なんで見せたんですか山茶花ちゃん。
親にみつからないようににこっそり隠し持つものと聞いていますよ山茶花ちゃん。そういうのは。
前言撤回。五人の内三人は難ありです。堅香子さまんちの子。
「かあさまー!見てください!あれ!もしかして、筋斗雲ですか?」
うん、惜しい。アサヒビールの社屋ですよ。茉莉くん。
そのまま真っ直ぐすくすくお育ちください。