センセイ、たまにはなけなしの常識人成分を出してください、ファイッ!(2)
はいはい。小春ちゃんのーお話はこうでーす。
近所に住み始めた当初は、椿くん家でハグとかキスとかすごいしてきてくれた椿くんですが、もー身内のこういう話スゲー聞きたくなーい。
最近それが一切ないと。
スキンシップはないけど、会話とかはいつも通りなんだって。小春ちゃんちに会いに来てくれたりもするんだって。でも二人っきりになるのを避けられている感じがものすごくするんだって。
ボクの仮説はこうだ。
二年越しくらい?の恋が実った椿くん。最初は小春ちゃんのそばにいるだけで、声を聞けるだけで、微笑みかけてくれるだけで、好きだと言い合うだけで胸いっぱい、幸せモードだったのに、欲が出てくる。
まあ、男だからね。あるよね色々と。
しかし「モツ煮が食べたい」とわがままを言えば2日後には飲食店並みのクオリティのモツ煮をメニューに加え、無遅刻、無断欠勤一切なし、神様からのお年玉は丁寧に辞退するという真面目が服着て歩いている椿くんのことだ。まだ子供と言って差し支えない小春ちゃんにそういうのするってどうなのって葛藤してるんじゃないかな。
自分がいなくなっちゃった後の事考えて清いままでいてもらおうとか。あー考えてそう。スゲー考えてそう。無駄な努力だと思うけど。でも椿くん押しに弱いからな。ズルズルそうなるならいっそ一気に行っちゃえばいいのに。バカだなあ椿くん。
その、自分の欲求を小春ちゃんに向けないための緊急措置なんだろう。
なんてことを小春ちゃんに言うわけにはいかないからな。どうしよう。
小春ちゃんは
「だにかわだし、嫌われるようなごとじだのに、つばぎざんやざしいから、うえっ、それいいだぜないんじゃだいがって、ぼもうんですう……」
だそうで。
そんな男と別れて、私の所へ来なさい。
みたいな顔してるけどすっこんでろスダレハゲ。いまそれどころじゃないから。むしっちゃうよボク。
落としちゃうよ?雷。
えー……でも、小春ちゃんを押し倒さないようにしたいだけなら、外デートすればいいんじゃないの?
「小春さん、僕なんか、急に今眠くなっちゃって。なんかよくわかんないですけど、ここ、どうやら休憩できる施設みたいですしここ入ってみませんか?(さわやかな笑顔と共に)」
とか絶対言えないじゃん椿くん。連れ込んだりしないじゃん?あー!本当身内のこういう話ヤダ!
しかしなんで休日まで避けてるんだろう。気になるな。
というわけで、休みの日に椿くんがどこで何をしているのか突き止めることにした。
小春ちゃんも行きたがったが、二人で尾行はいろいろ目立つからお留守番しててと説得し、しぶしぶ了承してくれた。
素敵なクリスマスを大作戦の下準備だったらぶち壊すことになりかねないしね。
ただいま椿くんのあとをつけるために椿くんの家の玄関が見える場所に張り込み中。
本日12月18日日曜日、時刻は3時。
もっかい言っていい?3時。夜中の3時。
真っ暗。寒い。
なんでこんな時間から……!
先週の土曜、椿くんに予定があって出かけるからって言われた小春ちゃんが、せめて朝くらいって早起きして朝ごはん作りに行ったら部屋もぬけの殻だったんだって。その時刻朝6時半。
前日夜は窓越しにいちゃいちゃタイムしたからいたらしいんだけどね。
朝、何時に出てったかわからないんだって。
じゃあ張り込むしかないじゃん……昨日の帰宅から今日出かけるまで。
麗ちゃんに土曜に椿くんがお店にいることを電話で確認して、出禁になっているお店の前で椿くんが出てくるのを確かめ、ばれないように自転車で尾行(このために自転車買っちゃったよ……!)をしてさ、怪しくない程度に行ったり来たりしながら何とか今の今まで張り込んだけど結構限界だ。寒い。
ボクは神様なのに寒暖調節機能とかついてない。
姿も消せないからずっとここに立ち止まってるとおまわりさんに見つかって職務質問されちゃう。
千里眼があれば張り込みしなくていいのに。
むしろ速攻事情わかっちゃうのに。
どうやって会得すればいいのかわかんないけど、膝を折って神様連中に教えを乞うておくべきだった。
そもそもボクは本当に神様なのだろうか。死んでしばらくして意識だけの存在になって、そのあと散々やってやって、溜飲下がったところで何もする気がなくなり世の中で何が起こっているかを傍観し続け、ふと気が付いたら体を手に入れていた。これがだいたい40年前。
前世の記憶を持っている人間というわけではないのは確実。手に入れた体は今の状態で、そのまま歳とらないし、まあ、生身の人間には起こせないものが起こせる。起こせる。そうそう。起こせる。おいしいよね。この任務が終わったら買いに行こう。おニューの自転車で。ふふ。
神様連中もボクの事知ってたし。普通に話ふってくるし。麗ちゃんに聞いたらあれ教えてくれないなー。
などと己が存在について思いを馳せていたら部屋から椿くんが出てきた。時刻は4時30分。
考え込んでたけど彼の部屋から目は離さなかったんだ。身支度のために電気をつけた感じはしなかった。あたりを見回し足音を殺しながら階段を下りてくる。ボクはあわてて身を隠す。
椿くんは建物の玄関でもう一度あたりを、とくに小春ちゃんちのほうを念入りに見て、足早にそこを立ち去った。
やっぱ小春ちゃんには行先を知られたくない外出なのか。
朝早いし人気がないので足音響くからぴったりついていくわけにはいかないので、途中何度か見失いそうになりながら椿くんを追う。
ちらっと見えた服装はスーツまでいかないけどかっちりめだった。
通勤とかそのへんほっつき歩く時の服はもうちょっと適当。
どこ行くんだろう。
そのまま椿くんは歩き続けた。タクシーとかだとすぐ別のタクシー捕まえてあの車追って!って、時間帯の問題で出来ないからいいんだけどね歩きで。
おかげでもう寒くないし。
椿くんは築地で足を止めた。場外市場の食堂に入り朝食をとるようだ。
食堂の他のお客さん(市場の人っぽい)と、親しげに話をしている。
ボクはそんな所入ったら男前で目立ってしまうので、お店の出入口がギリギリ見える外からさりげなく様子を伺う。
それでもこんな時間に築地にいる男前は怪しいので、カモフラ用として用意しておいた開いてる缶ビールの缶を手に持った。これでなんだ酔っ払いかで人々の警戒心が外れる。
酔っぱらいに寛容な国に生まれてよかった。死んでるんだけどね。ハハッ。
つきあい長いから何でもしってると思ってたのにこれはどういう事なの椿くん。そういえば、ボクのあんまり関わってない、お店の別の仕事があるじゃん。
それ関係?築地で?
ボクもラーメン食べたい昨日22時に焼肉食べたっきり!
あれ、ボクってご飯食べないと死ぬのかな。死んでるから消える、か。
試す気にはならないが気になるなー神様連中も普通に霞じゃ満足出来なそうな面子だし。
再び己が(以下略) しつつ、たまに空き缶の液体を飲む振りしてなくてため息をつき、また空き缶に口をつけるという完璧な酔っぱらいを演じたり(多分アカデミー賞もらえる)していたら「ごちそうさまでした、また伺います」という声とともに椿くんが出てきた。
そのまま新橋まで歩いて、まだ人がまばらな山手線に乗り込む。二号車まで移動し、ガラガラの座席に座ったと同時に腕を組んでうつむいた。
―――寝てる?
神田まで来たけど、ぴくりともしない。眠いんだ。眠いけど家出なきゃいけなかったんだ。うーん。
なんだかんだもう6時前か。ボクも眠いが寝るわけにはいかない。
そのまま椿くんは池袋を過ぎても身動きひとつせずに眠り続け、品川で起きた。寝過ごしたと思ったのか腰を浮かせあわてて駅を確認して腰を下ろした。大丈夫だったらしい。
ボク、どこにいるかって?隣の号車で立ってる。景色を見るふりして椿くんを見てる。
一周近く、立ってる。
ボク過労死とかもういいや頭まっしろ。寝てないしおなかすいたし座れないしもうどうしたら……
舌打ちが出そうになったところで椿くんは電車を降りた。浜松町だ。
あっちゃこっちゃうにゃうにゃ歩いて、喫茶店入ってまったりして店員のおばちゃんと雑談して文庫本読んで(ボクは外から見ていた。コンビニでアンパン買った。あんなにおいしいアンパンは生まれて初めてだ)道端の猫と戯れてしながら結局ついたのは浜離宮だった。
浜離宮って、現代で説明しろって言われたらどう説明すればいいんだろうこれ、維持するのにお金がかかるから、入園料を取る公園、とかでいいのかな。
そして最寄駅は新橋。
新橋まで乗ればいいじゃん。電車。
ああ、一筆書きじゃなくなっちゃうからとかそういうこと?クソ真面目め。まあ改札で言い訳するのめんどうくさいか。
時計を見ながら庭園をぶらぶらしている。待ち合わせってこと?ここで?
誰と?
そういえば椿くんの交友関係は謎だ。最近外に部屋を借りたけどそれまではお店の奥の部屋に下宿してたけど、そこに友達が来る、なんてことはなかったし。でも椿くん宛に電話がきていたことはある。
あんまり突っ込んだ話とか聞けないしなーボクが話せないから。
さて待ち合わせ相手は狐なのか人間なのか。
「椿―――――!!」
声の主はボクではない。こんなに甲高くない。でもそれは女の人のじゃない。たぶん。
小さくてよく見えなかったから、どっちかわからないんだ。
木陰でビールを飲むふりをしていたボクの横を通り過ぎて、椿くんに駆け寄っていったのは小さな子供だった。ああ、ズボン履いてるし服の感じから男の子だろうか。幼稚園の子よりは、下っぽい。
あの小ささにしてはかなり足早いし姿勢しっかりしてる。椿くんの手前で踏み切って「覚悟!」という声と共に彼に飛びかかった。
「まだまだ甘いですよ?」
ボクが今まで聞いたことのない、親しみがたっぷり詰まった優しい声だ。飛びかかった男の子を空中で捕まえた椿くんは、子供を抱きとめた勢いのままぐるぐる回り出した。超仲よさそう。
どういう関係?
「こーらあー、椿さん、って呼ばないとだめでしょう?」
のんびーりした、確実に女性の声だ。小走りで二人の元へ向かう。
泣き黒子が印象的な、どえらい美人だった。
麗ちゃんに並ぶ。さらに麗ちゃんにはないもの、色気、しなやかな身のこなし、何でも許してくれそうなおっとりした微笑み。
ルノワールに連れてったらおっさんが全員ときめいてコーヒー喉に詰まらして死ぬレベルの美人だ。
そんな美人が椿くんと並ぶ。会話は拾えないが「待った?」「全然」みたいな雰囲気だ。
椿くんの腕の中から抜け出た子供が二人の周りを跳ねながら走る。美人がたしなめる。
「早く行こうよ、かあさまー!」
かあさま!
ああー。たしかにあれは人妻の色気だ。そうだ。いい人妻は本当にいい。
美人に話しかけられて椿くんはうれしそうに返している。でれでれしている。
遠目からみたら完全に親子だ。お父さん若いけど。若くないけど狐の中ではまだ全然若手。なにこれ。
かかかかか隠し子とかじゃないよねその子、つつつつ椿くん。
ああ、寝てないからありえない事思いついちゃった。違うじゃん椿さんて呼べって言ってたじゃん。
………不倫?まさかの……?クリスマス一緒に過ごす相手、その人……?