センセイ、たまにはなけなしの常識人成分を出してください、ファイッ!(1)
「なにかあったらかけておいでよ」
そう言って番号教えたのはボクなんだけど、かかってくるのは意外だったし、その内容が
「相談したいことがあるんですが、先生」
ってんだから驚きだよ。だってついこないだ、ボクの事虫けらを見るような目で見ていた小春ちゃんがだよ?
「先生、絶対ご利益出す仕事ちゃんとしてないですよね、絶対」
ってボクを蔑んでいた小春ちゃんがだよ?
そうだよ。あってるよ?
人間がボクにお願いしに来ることって自力でなんとかしなきゃいけないことだし、ボクの力借りて楽して成就したりしちゃったらその先の人生絶対詰むからね。
本人の事考えて、ご利益出してないの。というか、出し方知らなーい☆
ええ、ええ、そうです。ボクが持っている力といえば某有名医大の教授がちょっと引くくらいの外科手術の腕と、薬剤師並みの知識と、どの年代とでも雑談を繰り広げられる深い教養と、万物の法則を軽く狂わせる文才と、武人も真っ青な身体能力、子供の面倒みるの超得意だし、顔はイケメン、八頭身と蹴鞠得意だったからサッカーいけるし、あとはねー……ツイスト、得意。
最近のダンスあんまりよくないよね。なんかこないんだよね。いいよねツイスト。
ってボクカンペキじゃない?ヤバくない?
もっとキャーキャーいわれてもよくなくない?
久々に女子にキャーキャーされたいな……女の子のアイドルとか、親衛隊が合いの手入れるじゃん。ああいうので。
YO♡YO♡イケメン♡イケメン♡電光石火のイケメン♡イケメン♡
みたいなやつ。あれこれすごいよくない?
ボクのためにあるような。さすがボク。
まさしく神だ!
「先生、話聞いてます?」
「え?聞いてるよ。最近椿くんがよそよそしいって話でしょう?お店が休みの日に会ってくれなくて、更にお店に来るなって言われてて、毎晩恒例の道路挟んだお互いの家の窓からお休みなさいのコンタクトを取るという近所の独り身にとっては憎悪が湧き上がるのを禁じえないようなラブラブタイム開始のために椿くんの家に電話かけたら話し中で、ずっと話し中で、誰だったのか聞いたのにはぐらかされたんでしょ?だからなにか隠してるんじゃないかって思ってるって話でしょう?なんでそんな驚いた顔してるの間違ってる?」
「先生、お持ちの数独それ、ちゃんと今やってますよね?」
いやーここ最近邪険にされてたからすねてんですよボク。小娘の悩みごとなんて話半分しか聞いてあげないもーん。
まったくボクのエキサイティング高い高いでキャーキャーしてたくせにこんなに反抗的になっちゃって。
「ああうん、してるよ。多分間違ってないけど、答え合わせでもしてくれるの?」
「頭どうなってるんですか」
「ボクを誰だがご存知のようじゃないの言わないでねあとめんどくさいらしいから。なのでそれ、愚問だなあ」
小春ちゃんは不機嫌そうに押し黙る。うーん、女の人になったなー……この感じ。
「で、最近、椿くんお店でどんななのかボクに聞きたい感じなんでしょ?」
ご機嫌とったりするのが面倒だから、先に答え言っちゃうけどね。
「……そうです」
「残念ながらボクはその問に答えることは出来ない。何故ならボクも今お店に出禁喰らってるからです」
「えっ」
ね、えっ、だよね。ボクもえっ、だよ。
あれいつだっけなー……12月の頭くらいだったんだけど、真剣な顔した椿くんに
「先生、申し訳ないんですが何も聞かずに暫くご来店をご遠慮いただけないでしょうか」
そう言われちゃったんだよね。いつものように椿くんをからかってる途中で言われたから、憎まれ口かと思って適当に流したら、一字一句同じセリフをもう一回言われちゃって。
横で麗ちゃんも申しわけなさそうに「すまんのー」だって。
麗ちゃんが言うならもうその通りにしないといけないし、ごねるのもみっともないから物わかりがいい感じで了承して、それからお店には行ってないんだよ。
来てよくなったら電話してくれるんだって。
という事情を小春ちゃんに話したところ、表情がみるみる暗くなってしまった。
泣いてないのが不思議なくらいだ。
「そうなんですね」
「いやあのでもさー、時期的にサプライズとかなんじゃない?ほら、もうすぐクリスマスじゃん!」
「クリスマスは、イブも、当日も、会えない可能性が高いから友達と遊んで下さいって……お店って、忙しいんですか?」
「ううん、暇」
何であいつだけあんだけ誕生日祝われてるのって神様連中ふてくされて外出しないからね。
嫌でも目に入るから嫌なんだって。別にいいじゃんね。
厳密にいうと神じゃないし。
貧乏くじひいちゃった損な人だよ。
あ、これ、ボクもか。じゃあ彼も神だわ。
「……忙しいって……言ってて……」
「ちなみにそのへんから暇になって、暮れから三が日はね、お店休み」
「そうなんですか」
「聞いてなかった?」
「全く」
小春ちゃんのいまの「全く」を正確に文字で表現すると「まっだぐ」だった。
途中から声に涙が混ざり込んでしまったからだ。
小春ちゃんは大変にかわいい。
いやいや、違う。
子どもの頃から知ってて、親戚のお兄さんみたいなものだから、かわいいってつい言っちゃうけど、とてもきれいな子だ。
顔のつくりもだし、いつも身奇麗にしている。
固く閉じた花のつぼみのような美しさを持っている。悪い虫1匹入る隙間もない。
そこに、相反するようだけど人好きする雰囲気がプラスされる。
常時ほんのり上がった口角、話しかけられれば誰にでも優しく応じる。
相手の壁を一瞬で取り払ってしまうような優しい笑顔と声と言葉。
ああ、いい育ち方したなあ。今のおうちの方、おつかれさまです。
あっしんみりしちゃった。
そんな柔らかさと清らかさを合わせ持つ美少女、小春ちゃんが泣いている。
渋谷駅からからここに来るまでにもさんざん男どもの注目を集めていたけど、若者はシャイだ。
彼らには小春ちゃんは眩しすぎる。直視できずにチラチラ見ながら
「やべー超かわいい、手とか繋ぎたい、マジ(君らホントそれしかないよね)たい、どんなやつだよ相手の男、やべ、勝てねえ!スゲー男前だ!」
などと、静かに葛藤して落胆して今宵自分の男ランクの低さにむせび泣くくらいだろうけど、ここはルノワールで。
おじさんばっかりなんだよね。
おじさんってさ、もうだいたい生き恥晒しきってるから怖いものとかないんだよね。もう遠慮ないの。
あと経験からこんな美少女滅多に拝めないって事知ってるから、心にフルカラープリント、むしろ焼きごてを持ちて参れ、我が身体に焼き付けるてくれるうわははははは!
くらいの熱視線で小春ちゃんを見てるのね。
中には、多分こいつ小春ちゃんでとんでもねー妄想してるだろ今、っておっさんもいるのね。
もうありとあらゆるステータス値が地を這ってるのに妄想の中では性豪な設定で確実に今妄想してるのね。
無理無理、そのプレイもうできないよおじさん。
ふむふむぬくぬくあむああーじゃん。
人の心を読む能力?ないけどわかるよ。あのおじさんの顔、下劣そのものだもの。
そんな感じで店内の視線を集めている小春ちゃんが、ぽろぽろ泣き出してしまった。店員さんがボクを睨んでいる。
ボク違うボク悪くない。
「しかも、椿さん」
「うん、椿くんが!君の恋人の椿くんが!全国津津浦浦からやってくるお年寄りから可愛がられているお料理上手な好青年の椿くんが!こないだやっと両思いになれた椿くんがどうしたの?」
泣かせてるのはボクじゃないんですよー。という意味を込めてすこし声を大きくする。
「その、さ、最近、椿さん、わだしに、ぜんぜん何にもしてくれないんです。わだじからしてもなんか途中で逃げるんです。もう嫌われちゃったんべずかねえええ……み、魅力ないどかそういうこどでずかめえええ……!」
うえーんまではいかないが、そう、えぐっえぐっ……!くらいの嗚咽をもらしながら、小春ちゃんは握りしめていたハンカチの中に顔を埋めた。
声でけーよ小春ちゃん。
大声だして注目を集めちゃったらボクもいけないんだけど声量と発言内容のせいで店内のみんなきみに釘付けだよ!
あと窓際のガタッてなったスダレハゲのおっさん、お前の出番じゃねーよ。ワンチャンねーよ。
この子こんちゃんしか見えてないんだから。
お前に渡すくらいならボクが生涯面倒みるわ。
こちとら小春ちゃんが子供のころ、夏休みにお店で暮らしてた時にもらった折り紙の裏に書いてくれた手紙まだ大事に持ってんだぞコラ。
よく考えたらそんな子と何やってんの、椿くん。
そんな子だから何にもやれないんだよね椿くん。
そんなパターンな気がするけど、えーとりあえず小春ちゃんを泣き止ませるのが先だ。ちょっとめんどくさい。
ありえない小ネタすいません
清家の水道メーターを検針する人になって、夫人と竜人さんの会話とか盗み聞きしたい