小春さん、つかぬことをお伺いしますが、ハッピーエンド……でしたよね?
【1994年12月 】
渋谷はあんまり好きではありません。
お洋服屋さんは沢山あるけど、私にはちょっと派手すぎるような気がしますし、人が多いので出かけると酔ってしまいます。
あと男の人に沢山声をかけられるので、怖いです。しかもなぜかほかの女の人より声をかけられる回数が私は多いような気がします。
騙されやすそうに見えるのでしょうか。
事実私はある人にさんざん騙されています。
騙され慣れしているのが相手の方にも伝わってしまっているのでしょうか。気をつけないといけません。
グラスいっぱいに詰まっていたお冷の氷が溶けて、内側をほんのすこしこする音がその場に響きました。
ここは渋谷なのにそんな音が聞こえるほど静かで、12月なのに氷が溶けるほど暖かいです。
初めて入りました、ルノワールです。
喫茶店なのですが、おじさんが沢山います。おじさん専用のお店なのではないのでしょうか。私はここにいていいのでしょうか。
一緒に入った人がおじさんなので大丈夫なのかもしれません。
若く見えますけど、結構歳のいってる方ですから。
「久し振りだね、元気だった?」
クラスの男の子や学校の男性の先生はつっけんどんな物言いの人が多いですが、この人はいつも言葉に笑み、というか朗らか、というか、そういう明るいものが含まれています。お話しやすいです。初めてあった時もこうで、すぐに仲良くなって遊んでもらいましたっけ。女の人にももてるそうです。
何が違うのでしょう。
「駄目です。何もかも駄目です」
私はあまりキュンとはしないのですが、顔が格好いいっていうのは大きな理由でだと思います。駅で待ち合わせてここのお店に来るまでにすれ違う女の人がみんなポーッてなってましたから。
さっき私がお手洗いに行って帰ってくる時に、店員さんに「彼氏さん格好いいですね♡」って話しかけられちゃうくらいには格好いいのでしょう。
「心配だなあ。診てあげようか?」
私の彼氏さんはもっと素敵です。この人じゃありません。
その時の店員さんの言葉も、目の前のこの人――先生――の提案も限りなく拒絶に近い否定をしたかったのですが、そんな元気がありません。
大好きなりんごジュースを飲んでも駄目です。
今日は12月10日、日曜日。椿さんはお仕事、お休みらしいのです。
なのに、私と一緒にいられないんですって。先週もそうでした。来週もそうなんですって。
クリスマスも解らないから、友達と遊ぶ予定入れちゃっていいんですって。