門前仲町小夜曲/恋人の当然の権利なので遠慮なく行使いたします
ごま油をたらした中華鍋を煙が出るほど熱し、あらかじめ刻んでおいた葱と鶏がらスープやらの具材を炒めて、途中で玉子、そのあとすかさず冷ご飯を投入して手早くかき混ぜます。
家庭用コンロなので鍋は振りません。放した分だけ鍋肌が冷めてしまいますからね。
うまい具合にばらけたら、ご飯を中華鍋の鍋肌にうすーくくっつけてそのまま放置。
おこげを作ります。
「…………」
さて。こっちは離れてもらいませんと。僕の胴にまわされた腕を静かに見つめます。
背中越しに振り替えると、僕を上目づかいに見て微笑む小春さんが。
「火傷しますよ、小春さん」
「してもいいので、このままでいさせてください」
今朝起きたら小春さんが僕の布団に入ってきてて一緒に寝てました。
理性がラピュタ並みに崩壊しそうでした。
よく耐えたなと思います。
なんとか距離を取って、もう10時過ぎていたのでこってりめの朝昼ごはんでも作ろうかと思えば起きてきちゃってこの仕打ちです。
別に高校卒業まで待つとかそういう気はさらさらないんですよ。
非道の誹りを受ける気はあります。見た目は好青年ですけど、僕狐ですからね。
もとがけだものなんですから。
でもですね、昨日の出勤前に、あ、昨日まで小春さんの家にお世話になっていました。
小春さんのお父さんが小春さんのアルバムとか出してきちゃって、一緒にかわいいですねーとか言いながら見て、小春さんのつくった肩たたき券とかを愛おしそうに見つめるお父さんの姿を見てたら、踏みとどまるしかないんですよ。
小春さんの事を恋愛対象として好きになってから2年が経とうとしていますが、踏みとどまるしかないんですよ。
お父さんより僕のほうが小春さんと出会ったの先ですけど、踏みとどまるしかないんですよ。
あれ多分ね、牽制ってやつです。
「椿さん好きです、大好きです」
だから、だからひっつかないでください小春さん。
僕の背中を頭でぐりぐりしないでください。
もうなんなんですかこの生き地獄。
あー!何で今日に限って出歯亀してこないんですか!センセイ!
※※※※※
夏のほうが暑いのに、秋や冬のほうが太陽の光が眩しいのはなんでなんでしょうね。
今度学校の先生に聞いてみようと思います。
とってもいいお天気なので早速お布団を干しました。
取り込んだやつにぼすーんてするのいいですよね。
それにしても椿さんは何で抱きしめたりしてくれないのでしょう。
うちにいる間も避けられてましたし。でもあんまり困らせてもいけません。
ベランダで干されているお布団の上に更にぐでんとなっている椿さんにそっと近寄ります。なんだかお疲れの様子。自転車で通勤って、大変なんでしょうか。
となりにそっと寄って、椿さんのパーカーの裾をきゅっと握ります。
これくらいなら、いいですかね。
「椿さん」
「……なんでしょう……小春さん」
椿さんは私の頭をぽんぽんと撫でてくれます。
「晩ごはん、なにがいいですか?」
「…………」
なんでちょっとふっ、って顔になったんでしょう椿さん。具合悪いんですかね。
「椿さん?」
「あ、ごめんなさい。なんでもいいですよ。小春さんのつくったものなら」
うちのおとーさんみたいな事を。これでよくおかーさんと喧嘩になるんですよ。
「そうじゃなくて、椿さんの好きなものにしたいんです」
うちにいる間も、遠慮なのか「好き嫌いないです」とか言ってましたが、本当はあるに違いありません。そういうののレシピとか覚えて、作りたいんです。
「僕の好きなものですか……」
椿さんは布団に顔を突っ伏してこっちを向いてくれません。
「そうです、一番好きなものです」
続いて小刻みに震えだしてしまいました。
あ、おやきですか!泣いちゃってましたもんね。悪いことしました。
どうしようどうしよう。
こういうときはされてうれしかったことを相手にするといいと聞きます。
私は椿さんの頭を撫でて、抱っこは体勢的に無理なので手をぎゅっとにぎります。
「……よしよし」
椿さんの髪は細くてやわらかくて、狐の時とちょっとちがうんですね。
そういえば触るの初めてです。
「……椿さん、すきです、大好きです」
椿さんの悲しいの、全部私が忘れさせてあげられたらいいのに。
「小春さん」
あ、こっち向いた。
「はい、なんでしょう椿さん」
「僕の一番好きな物なんて、聞かず、もがな、かと思われるのですが」