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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
門前仲町小夜曲
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門前仲町小夜曲/請いびと達、それぞれの誓い

 夜の永代通りはさすがに交通量が少なくていいですね。お昼は排気ガスでちょっとけむいんです。

 自転車のペダルに思い切り体重をかけると周りの景色が早回しに。


 11月ともなればさすがに風は冷たくて、自転車に乗っているからなおさら冷たさで耳が痛いくらいなのですがなんだかそれが心地よかったりもするのです。

 夜の隅田川の水面って黒いテーブルクロスに硝子の破片をばら撒いたみたい。

 街灯を受けてきらきら光るさまがきれい。

 そんな事を思いながら、永代橋を急いで通り過ぎて門前仲町へ入ります。

 永代通りから475号線へ、そこから更に路地を入ればそこに到着です。

 タイル張りの4階建て。


 脇の自転車置き場に自転車を停めて、僕ははやる気持ちを押さえて静かに階段を上るのです。夜中ですから。近所迷惑ですから。

 3階の角部屋。

 ポケットからキーケースを取り出して鍵穴に静かに差し込みます。

 あれ。

 手ごたえが、ない。

 おそるおそる開ければ明るい廊下。

 施錠しながら靴を脱いでいると後ろからぱたぱたという足音。

「椿さん」

 振り返れば部屋着姿の小春さんが。

「お、おかえりなさい」

「はい、ただいま帰りました」

 ああもう、こんな時間まで起きてちゃだめですって。

「早かったですね」

 と、思いながらもこれはなかなかうれしいものです。

「お客さん、センセイと小手毬ちゃんだけだったんで抜けさせてもらってしまいました」

「椿さん、ごはん大丈夫ですか?お米炊いてあるのでおにぎりとか出来ますけど」

 廊下をゆく僕の後ろを小春さんがついてきてくれます。

 ドアを開ければリビング。

「あ、大丈夫です。お気遣いなく」

 真新しい家具に明るい部屋。

「じゃあお風呂どうぞ。わいてます」

 しかも週4でかわいい小春さん付きという、とんでもない物件です。


 扉を開けると、籠っていた湿気が我先へと外へ逃げ出していきます。

 湯上りで火照った体に冷たい床は心地よく、部屋の中はしんと静まり返っています。

 足音を忍ばせてリビングを抜け、寝室の引き戸をそっと開けて。

 暗い部屋には2組の布団。うち1つは小さく膨らんでいます。

「…………」

 中身は寝息をたてている小春さん。そうですよね。いつも夜寝るの早いですもんね。

 つやつやとした黒髪を僕はそっと撫でつけます。

 かわいい僕のこいびと。

 いい歳して、ままごとをはじめたみたいです。

 これで良かったのかと未だに心の奥がちくりとなる事がありますが、こうなったからにはじたばたしても仕方がありません。

 僕がいなくなった後も寂しくないようにたくさんきみを幸せにしてあげなくては。


 見せたいものが、沢山あるんです。


 人気のない真夜中、晩秋の神宮外苑。

 ビニル傘をさしたまま並木道に腰を下ろして、街頭に照らされて淡く光りながら落ちる銀杏の葉を眺めてぼうっとするのは結構楽しいんですよ。

 傘の上に積もった葉を揺らして落とす音が、誰もいないそこに響くのが僕はとっても好きなんです。

 冬の日の朝、世界が一色に染まる事があるのをきみは知っているのでしょうか。

 空だけでなく空気までもがうすいピンクに包まれるのです。街ごと薄いカンパリソーダに水没してしまったかのようなあの光景。何度見ても心が震えます。

 僕の生まれた場所は山の中なので街灯がありませんから星がきれいです。

 虫や鳥の鳴き声を聞きながら、静かにそれを眺めるのが好きでした。

 星って本当に瞬くのですよ。

 まるっと同じ場所で夜明かしは出来ませんから、どこか近くでそれを一緒に見ることが出来たら。


 人から見れば僕が思う素敵なものなんて、価値なんてない大したものではないのかもしれませんが、もしきみがそれを見てきれいだと思ってくれて、後から思い出すときに隣に 僕がいたことを覚えていてくれたら幸せ。


 きみもそう思ってくれたらいいのに。


 明日目覚めたらそんなことをお願いしてみようか。

 きみはそれを受け入れてくれるのだろうか。

 祈るように僕は、彼女の頬にそっとくちづけをするのです。

「…………」


 ……えーとそれでとりあえず………さすがに隣で眠れる気はまったくしないので、静かに空の布団を持ち上げてそれをリビングに移動します。

 狐の姿なら「あ、人間のかわいこちゃん」くらいで済むのですが、この姿でこんな至近距離に好きな人が寝ているのに熟睡できません。


 少女漫画じゃあるまいしですよ。


※※※※※


「…………」

 あ、寝ちゃいました。あれ。あかるい。椿さんいない。え?なんで。

 慌てて布団から起きて引き戸を開ければ、足元には布団にくるまって眠る椿さんが。


 何でですか。


 うちに泊まってる間も人間に戻ってぎゅってして寝ましょうよってお願いしても、絶対してくれなかったの何でなんですか。

「…………」

 もー。

 勝手に布団の中入っちゃいますからいいですよ。

 椿さん、寝ると身体あったかいですよね。

 しかも枕抱いて寝るの癖なんですね。

 枕取り上げると起きちゃうかもしれないので、背中側に寄り添います。

 いいにおい。

 とくん、とくんと心臓の音が聞こえてなんだか落ち着きます。


 椿さんを家に連れて行く前の日に、椿さんと一緒に暮らしたいと言って両親の前で大泣きしたんです。

 風邪で身動きの取れない椿さんのお部屋に行って、作ったご飯を食べて美味しいと言ってもらえて、別れ際に抱きしめてもらってやさしくキスをしてもらってお店を出ます。

 その時はすごく幸せなんです。でも、電車に乗って家に帰るころには怖くてしょうがないんです。明日会えなかったらどうしようって。

 離れたくない。

 一分一秒でも長く傍にいるためにはどうしたらいいんだろうと一生懸命考えたあげく、そういう駄々をこねました。うちの部屋余っていましたし。


 椿さんの事情を全部聞いた両親は信じてくれなくて……まあ、あたりまえです。

 とりあえず連れて来なさいって事になったのでした。

 ちなみにそういうことが可能なのか事前に店長さんに電話もしていました「あんなんでよければ、持ってお行き」だそうです。

 そうしたらなにやらこんな事になってしまいました。

 ちょっと予想外です。


 椿さんが言うには『その時』には前触れがあるんですって。

「だからいきなりいなくなって、小春さんを悲しませる事にはなりません」

 そう椿さんはいいますが、わかるからと言って、それがなくなる訳ではないので私にしてみればあんまり変わりがないのです。怖くて泣きそうです。

 多分こういう思いをさせたくなくて、椿さんは私を突き放したのでしょう。

 それを引き留めたのは私です。私が決めた事です。

 だから私は今後椿さんの前では決して泣かないのです。

 優しい椿さんの心が曇ることのないように、いつも笑顔で、楽しそうに、幸せそうに振舞ってあのひとの毎日が穏やかであるように出来る限りの事をしていきたいと思うのです。

 これは誰にもいう事が出来ません。

 誰かから椿さんの耳に入らないとも限らないですから。


 この決意が揺らがないように強く強く誓って、私は目を閉じます。


 なんだかあったかくて、また眠くなっちゃったんです。


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