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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
日比谷小曲
4/155

15歳の、生まれて初めて

【1991年3月31日】

 思い切って聞いてみたところ、こんさんはものすごく笑って違いますよと言いました。


「店長さんは恩人みたいな方です」


 ほっとしました。つねさんに好きだと伝えました。

 一緒に暮らせなくても、こうして1年に1度会えるだけでいいので恋人にしてもらえませんかと。

 つねさんはすごくびっくりした顔をして、それからそれはできません、と言われました。

 それはわたしの勘違いなのだそうです。鳥の『刷り込み』のようなものだそうです。

 もう会うのはこれで終わりにしましょう、とつねさんは言いました。涙があふれて止まりません。

 つねさんはわたしの頭を撫でてくれます。もう会えないなんて。


「元から、今日はそのつもりだったんです」


 偶然再会した時に新しい家で上手くやっているか心配だったので、今まで会いに来てくれていたことを教えてくれました。

 去年大丈夫だと思って今年で最後にしようとしていたそうです。

 大丈夫じゃありません。


「1年に1度しか会えない僕を支えにするのはよくありません。何かあった時に駆けつけられないのですから。それより色々なものを見て、読んで、これまでに僕と話したような事を、色んな人と話して、そうして信用できる人を探してください。あなたにはもうそれが出来るはずです。頑張って」


 頑張れないと、更に大泣きしました。つねさんは困って困って、考えた後


「もし頑張れると約束するなら3年後、最後にもう一度会いましょう」


 そう言ってくれました。約束して、別れました。場所は日比谷公園の鶴の噴水です。

 忘れないように帰り道に何度もおさらいしました。

 日比谷公園、鶴の噴水。


 つねさんに言われた通りに過ごしました。

 色んな人とお話ししました。

 世の中には色んな考え方の人がいて、つねさんが何を言いたかったのか私、少し解った気がします。


 話したいのに、会えない。


 せめてどこかで見かけないかと、つねさんと出会った場所でつねさんを探して見たのですが、姿を見かけることは出来ませんでした。


 けっこう近所に住んでいるのに偶然、ってないものなんですね。

 つねさん。今何してるんでしょう。



【1994年3月31日】

 3年振りにあったつねさんは、何も変わっていませんでした。

 気がついたら、口が勝手に動いていました。

 勉強や部活を頑張っていること、友達が沢山いること、両親は変わらず優しくて、でも最近心配性なので喧嘩をよくすること。

 そして先輩に告白されて、少しおつきあいした事。

 その人をとても尊敬していましたがお別れした事。

「やっぱりつねさんのことが好きです。男の人も女の人も、全部の知ってる人の中でつねさんが一番好きです」


 それを聞いたつねさんは、あなたのお気持ちにはお応えできませんと言いました。


「私が子供だからですか」

「いいえ、あなたは若いですがしっかりしたすてきな女の子です。でも今は解らないかもしれませんが、世の中にはもっと色んな男性がいるんですよ」

「もっと大人になって、色んな人とお付き合いして、それでもつねさんのことが一番好きだったら、私の事好きになってくれますか?」


 つねさんは難しい顔で少し考えています。そうです。それなら文句なしでしょう。

 あ、笑った。

つねさんは今までで一番優しく笑っています。


「実は僕は、あと何年生きられるかわからないんですよ」


 笑ったまま、そう言いました。

 つねさんは妖狐の中でも一番下級であること

 そういうものは寿命が普通の狐よりすこし長い、20年程だそうです。

 つねさんのご両親はもう亡くなっていること。

 そしてつねさんはもう30年以上生きている事を教えてくれました。


「あなたはちゃんとしたほかの誰かと生きたほうがいい」


 つねさんはやさしく笑ってそう言いました。


「こんさんがいなくなってしまったら私、悲しくて死んじゃいます」


 怒られました。

 それはそうです。つねさんが見つけてくれて、今の両親が拾ってくれた大事な命です。

 粗末にしてはばちが当たります。死ぬのは怖いです。でもそれくらい悲しいです。

 体の内側をずたずたにされたみたい。ぶたれるより何倍も痛い。


 死にそうになった時の事を、思い出しました。


 たくさんぶたれて、水をかけられてベランダに出されました。

 寒くて、寒くて、寒くてあんなに怖い事はありません。

 でも、そのとき、つねさんのことを思い出しました。

 温かいスープに優しく撫でてくれたあの手。

 寒いのも、悲しいのもだいぶましになりました。

 つねさんは、怖くないのでしょうか。思い切って聞きました。


「さみしい、が強いです。もう誰とも会えなくなってしまいますから」

 誰に会いたいんでしょう。あ、そうです。


「ご兄弟はいるんですか?」

「たしか、いましたがふつうの狐でした。そういうこともあります」

 

 多分、もう生きていないでしょう。と、つねさんは言いました。

 全然聞きたくなかったのですが恋人はいますか。とも聞きました。


「下っ端なのでちょっと焦って(つが)いを探さなくてはならなかったのですが、人の世が面白くて、そっちにかまけてばかりでそういうのを忘れていました」


 いきおくれなんですよ、と言った後にすこし考えてまた笑っていました。


「今はさみしくないんですか?」

「はい、店長さんもお客さんもよくしてくれますし、友人もいます。下級の妖狐ではありえないくらい恵まれているんですよ」


 つねさんの笑顔はとても優しいです。きっとその人達のおかげなんでしょう。

 私はそんなつねさんが大好きです。


「そうだ。飴でも、いかがですか」


 つねさんはきれいな包みをくれました。

両側をほどくときれいな緑色の飴玉が。

 食べるのがもったいないくらい、きれいな飴玉でした。そっとつまんで、舌にのせます。


 ―――とてもあまい、青林檎味。


 美味しいのに、悲しい。涙が出てきました。

 つねさんはもう、私の頭を撫でてはくれません。


 ああ、さよならなんですね。


 こんなに景色がにじんでいるのに、目の前の池の水面はまっすぐです。鏡みたい。


 今日は噴水、お休みなんですね。


 びゅうと風が吹いて。


 風が水面をなぞっていきます。なぞられたほうはぐわあ、と歪んでいきます。

 修学旅行のお布団のシーツを、外すときみたい。


「いたい」

 目に何かごみがはいってしまいました。

「大丈夫ですか」


 わたしの頬に、つねさんの指が触れます。触れて、すぐ離れてしまいました。

 ああ。私、このひとの事が好き。


 これで終わりなんてもう嫌です。


 どうしたらいいのでしょう。


「つねさん」

 どんな形でもいい。

「じゃあ、私とも、お友達になって下さい」

 あなたの、そばに。

「私の名前、日向小春です。よろしければあなたのお名前を、教えて下さい」


 お願いします。


 妖狐がいるんだから、神様だっているはずです。

 神様、神様、聞こえていますか。

 この人に、名前を言わせて。

 知っているでしょう。あなたにお願いするの、生まれて初めてです。

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