幻燈廻すは撫子の指先/出来レースの賭け
……この子、何言ってるんでしょう。
なんであんなにひどい事言ったのにまだ寄ってくるんですか僕に。
あと何したら嫌ってくれるんですか。
そんな事二度と言う気が起きないように、めちゃめちゃにすればいいんでしょうか。
それとも過去の傷をえぐるような暴力行為を行えばいいんですか。
出来る訳がない。
だって僕は小春さんの事がたいせつなんです。
抱きしめて、思いつく限りの愛の言葉をささやいて
優しくしたくて、たまらないんです。
なんかひどい言葉。
「小春さん」
思いつけ。きみを悲しませるような言葉。
「僕、嘘ついてました」
何で。
「本当はお弁当もおかゆもおいしかったんです」
口が勝手に。
「すごいおいしかったんです」
止められない。
「あと小春さん……かわいいです」
いけない。
意識朦朧のせいにしてはいけない。この先は言ってはいけないんです。
小春さんは押し黙ったままの僕の腕に頭をこつんとぶつけてきます。
「椿さん」
両親にもらって、色んな人が呼んでくれた僕の名前。
きみに呼んでもらえるのが一番うれしいんです。
「椿さんの事が、好きです」
そういえば名前を教えてから好きって言ってもらうの、初めてです。
破壊力が桁違い。
「隣に、いたいんです」
幸せだなあ。
前に見た夢みたい。
今ここで時間を止められたらいいのに。
でもそんなことは実際には出来ません。
「……小春さん、久々にじゃんけんしましょうか」
もう自分で答え出せないので、運任せでいいや。
「え?」
「勝ったら、小春さんのご希望通りに」
小春さんはすこし怒ったような顔をして「わかりました」と言います。
しんと静まり返った部屋で睨みあう僕と彼女。
どちらからともなく、「さ」から始まる決まり文句を唱えます。
「「じゃんけん、ぽん」」
「あ……!」
あーあ。最初にチョキ出しちゃう癖、まだ治ってないんですね。
「そういう訳で、隣は無理です。小春さん」
思わずにやっと笑ってしまって、それを見て彼女は悔しそうにしています。
僕はそんな彼女に向かって両手を広げます。
ちょっと震えているの、気付かれないといいな。
「隣じゃなくて、こっちに」
ぽかんとした小春さんに「もしよかったら、来てください」とお願いしたら、今まで見た中でいちばんきれいに笑って僕の腕の中に飛び込んできてくれました。
ごめんね、小春さん。
きみの幸せを考えたらよくないって解っているのに、我慢できませんでした。
諸々は後で考えるので今はこっちに集中させてください。
ずっとずっとずっと、こうしたかったんです。
「椿さん」
また泣かせてしまいました。親指であたたかい雫を掬い取って、うすい瞼にくちびるをよせます。
「……あのくすぐったいです」
もう片方も。
「……椿さん」
小春さんが僕の肩に頭をすりよせて、僕は両腕で小春さんを逃がさないように締め付けているだけなのに、どうしてこんなに心がいっぱいになるのでしょうか。
「小春さん、あなたが好きです」
くちびるとくちびるが触れているだけなのに
体の芯が溶けてなくなってしまいそう。
「嘘ついてごめんなさい、好きです」
上に下とそれをを順番にはんでみたら、小春さんが少し身を固くしたので思わず深追いしてしまいました。大人げない。
「んんつばきさ」
ごめんなさい。
でももう、離したくないんです。
明日のきみが生きてゆく時間のために、今日の僕を殺すことはもうやめます。
きみのことが好きで
好きで
大切にしたくて、たまらなかったんです。
「小春さん」
やわらかい頬に触れると、僕を見上げる黒い瞳。
いとしい人。
額を寄せて、僕は彼
「わーッ!」
女の……
「…………」
「…………」
―――――見間違い、でしょうか。
「…………」
「…………」
いきなり僕の部屋の天井付近に黒い塊が出現し、それは痛そうな鈍い音を立てて床に落ちて這いつくばっています。
「…………」
「…………」
僕には、それが、センセイに、見えます。
しかもあれ、なんていうんでしたっけ。昔の公家の人が着る……直衣とか……狩衣とかそういうのを着て、背中の上には海外旅行に行くような堅そうなキャリーバッグが乗っかっています。一見すると亀。
亀にしてはいやに整った顔立ちのそれは、僕と目が合うと気まずそうに薄笑いを浮かべます。
「…………先ッ生…………!」
腕の中の小春さんは真っ白な顔で、悍ましいものを見るようにそれに話しかけます。
「違う違う違う小春ちゃん!誤解!誤解なの!これ覗きじゃないの!不可抗力なの!」
うーん。こんなに取り乱したセンセイ初めて見ました。
慌てて起き上がって衣服を整え膝立ちで弁解というなんというまぬけな姿。
男前が台無しです。
「他に、どんな理由が」
小春さんの無表情というものを初めて見ましたが、なかなかいいです。そそります。
「違うんだって、ボクアレなの!神様なんだけど暇を持て余して副業で非合法な医者をやってましてね!椿くんが様子おかしいからみんなが行けって!!!」
そうなんですよね。それでセンセイなんですよね。