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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
門前仲町小夜曲
33/155

幻燈廻すは撫子の指先/まどろみの先で僕はきみと、相対

【1994年10月】

 磨いたグラスを定位置に戻して、これで完了!

 これで大掃除も終わりました。

 誰もいないお店に僕一人です。


なぜなら今日は10月1日。所謂神無月。


 店長さんもお客さんも皆さん神様ですから世間の皆さんの認識の通り、今日から出雲で一か月間の宴会です。


 本当なら旧暦に合わせて来月開催するべきなのですが11月はほら、七五三とかありますから、今月のほうが皆さん都合がいいんですって。

 毎年この期間はお店お休みなのです。僕の遅めの夏休み。

 いつも結構楽しみなんです。


 車で国内一周したり、積みっぱなしの本を読んだり普段できない事が色々できますから。

 さて、今年は何をしようかなと思いを巡らせてみたのですが何にも思いつきません。

 いつも結局やりきれないくらい思いつくのにおかしいですね。


 去年と変わらない神無月。

 なのにどうしてこんなにも静寂が耳障りなのでしょう。

 寒いのは得意なはずなのにどうにも落ち着きません。

 気分転換に外にでも出てみようかと思うのですが身体に力が入らず。

 とりあえず、今日はごろごろしましょうかね。


 次の日もその次の日もなんだか頭がぼうっとしてしまって、いつもみたいに活動的にはなれませんでした。

 目を閉じて開けたら時計の針の場所が大きく変わっている事が何度も。

 おなかが空いているせいかな、と思って外にご飯を食べに出かけても、食べきれなかったり。


 ちょっとおかしいな、と思いながら今日も僕は布団の中でうつらうつらとしています。


 こんな事は生まれて初めてです。

 今日、何日なんでしょう。

 なにかがおかしい。


 あれ、もしかして。


 僕らは死期を悟ることが出来ると聞きます。

 まず心がそれに気づいて

 次に頭が追い付いて

 最後に身体がそれを感じるというのです。

 決して取り乱すことはなく

 自らに相応しい終わり方の計画を粛々と立てるのだそうです。


 母は山の奥深くで藤の木に化け

 父は冬なのにキビタキに化けて北のほうへ飛び去って行ったそうです。

 真面目な風を装って意外とおちゃめな父でした。


 これがそうなのでしょうか。

 僕は人にしか化けることが出来ませんのでどうしたものか

 せめて僕に良くしてくれた方にご恩返しをと思うのですが

 皆さん揃って出雲ですし

 小手毬ちゃんはご恩どころか気を遣わせてしまいそうです。


 僕を好きだと言ってくれたあの子。


 ひどい事、沢山言ってしまいました。

 すぐに忘れてくれるといいのですが。

 次に誰かを好きになるときに、僕の言葉のせいでそれを躊躇ったらどうしよう。

 そういうものをひょいと超えて、きみを幸せにしてくれる人が現れないものか。


 ま、そんな心配きっと取り越し苦労なんです。

 何しろきみはとびきり素敵な女の子なのですから。

 どうか、幸せに。


 あれ……もしかして今ここで死んだら、店長さんが帰ってくる頃には、もんのすっごいグロテスクな事になってるんじゃないでしょうか……


 どうしよう


 ああ、でも身体に力が入らないんです。


 せめてお風呂場とかまで頑張って移動しないと……


 掃除が大変な事に……


 閉じた瞼の中ではぬばたまの上澄みをすっ、と七色の光が躍るように駆け抜けていきます。とてもきれい。

 もっとこれを見ていたいけれど、眼球をひり出すイメージで瞼を開け、けだるい体に鞭うって僕はゆっくりとそこから起き上がるのです。



「……さん」


「………ばきさん」



「椿さん!」


 痛い痛い。

 揺らさないで頭ガンガンするんです。


「椿さん、つばきさあん、おきて」

 うるさいなあ。

「やです、しんじゃやです、づばきさああん!」

 誰ですかこんな時に。

 目を開いたとたんに僕を覗き込むその人が見えます。

 長い髪が僕の肌にふれてちょっとくすぐったい。

 幻覚にしてはやけにリアル。

「………あ」

 これ多分夢じゃない。

「………どうも」

 こんな涙ずびずびの、ひどい顔、見た事ないですもん。

「ずみません……めいわぐだっで……わがって……るんですけどぉ……」

 あーあー。鼻水出ちゃってるじゃないですか。

「……小春さん」

 なのになんでこんなにいとしいのか。

「てんちょーさんから……電話来て……椿さんが3日くだい電話に出だいからっ……様子見に行ってくでっで言われてきてみただでずね……」


 ああ、電話鳴ってましたね。そういえば。

 留守電になるからって放っておいたんでした。

 僕のためにそんなに泣かなくていいんですよ。


「何でこんな所でたおれてるんですかああ……つばきさん、つばきさん」


 言われて僕はあたりを見回します。タイルの床に白い天井。

 あ、ここ廊下ですか。あそうか。


「や、お風呂にですね……入ろうと思ったんです……」


 というか……ああ。額に小春さんの手が。冷たくて気持ちいいなあ。


「熱あるじゃないですか……これ死んじゃうんですか椿さん」

「よくわかんないんです……」

「なんかしてほしいことありますか?」

 ああ、ポロポロ泣かないで。


「……喉、かわきました……」

 ごめんなさい。ごめんなさい。

「あの、カウンターの中のショーケースにトニックっていう……えー緑の瓶に青いラベルのやつがあるんで……栓抜きが多分カウンターのどっかに……」

「……持ってきばす」


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