いと惑う六回目/煉瓦駅舎の奥深く、それぞれに→
東都駅について長い長いエスカレーターを下ります。
ああ、そうです。家出の時もこの場所のエスカレーターで1Fに下りたのでした。
下から風がごう、と吹いてきてひどく怖かったものです。
なんだかひどく懐かしくなってしまってそのまま南口通路を八重洲側に進み、京葉線への道の途中にあるパン屋さんで揚げ餅を買って、斜め向かいの本屋さんで欲しくもない雑誌を買ってしまいました。
鞄に詰めてそのまま京葉線地下丸の内改札へ。
がらんとした通路に私の靴音が響きます。
今日はヒールのあるやつでしたからよけいです。
レンガの坂道を通り過ぎて、駅っぽい通路に出てお店へのドアを横目でちらと見ます。
こんなに目立つところに堂々とあるのに誰も気づかないなんて。
おかしいな、と思いながらその前を通り過ぎるのです。
がらんとした広場に出ました。
ここで私、椿さんが通りかからないかずっと待っていたのでした。
こんなにお店と近かったんですね。
壁際にお行儀悪くしゃがんで、雑誌を開きます。
別に椿さんを待っている訳ではないのです。
そして、あの人が言った事が本心でない事くらいわかっているのです。
椿さんはそんな人ではない事は知っています。
どういう理由なのかはわかりませんが、私ともう会いたくない、というのは本当のことなんでしょう。
私はそれを更に追うような事はできません。
でもまだなんとなく、もう少しだけここにいたいだけなんです。
※※※※※
丸の内北口改札から改札の外に出て、駅舎の赤レンガと赤レンガの隙間の白い部分を左目でなぞりながら僕はそのまま歩をすすめます。
地下への階段を下りて、がらんとした広場へ。
そうして見慣れたドアを開くのです。
開けばそこは薄暗いレンガのトンネル。両側にはガス灯が等間隔で設置されています。
ひどく長いような、あっという間のそのトンネルの突き当りは分かれ道。
左側にはお店。右側は、おっと今は関係のない話です。
僕は左に曲がってその扉を開きます。
空気を震わせて肌に染みる音はジュークボックスが奏でる外国の歌。
内装は店長さんの趣味です。
土日のひと仕事を終えたこのへんの神様がお疲れ会をしているのもいつも通り。
といってもまだ夕方です。今お参りしてる人は……まあ、しょうがないですかね。
挨拶もそこそこに、僕は店の奥の扉へ。
タイル張りの長い廊下。
一番手前は事務用の資料室と資材庫。次のドアが僕の部屋です。
シンプルな6畳の和室。
昔はもっと色々あったのですが、身辺整理のために色々処分しました。
部屋の隅に畳んである布団に寄りかかって僕は目を閉じます。