いと惑う六回目/橙列車はしらぬそぶりで東へ向かう
―――気が付いたら電車の中でした。歩いた記憶もバスに乗ったのかも虚ろです。
座席の両側には知らない人が座っています。
辺りを見回しても椿さんはいませんでした。
行楽帰りの家族連れやお年寄りの団体さんなどがたくさんいて、車内はとても賑やかです。
どうやら今日もお仕事らしいスーツ姿のおじさんが、それに舌打ちをしました。
確かにとっても賑やかでした。
私は大きい声の人や舌打ちをする人がちょっと苦手です。
母親にされていたことが原因でしょう。
もうそんなに怖くはない思い出なのですが、体が反射的にびくりとするのは、なかなか止められないのです。
でも、そんな事が気にならない程にぼんやりしています。
なんだか世の中の全てがスクリーンの向こうの出来事みたい。
※※※※※
僕は10号車のさらに最後部で、壁に寄りかかって車掌室を覗き込んでいます。
景色がどんどん遠くなっていき、つられて今までの事を思い返してしまいます。
無理矢理3号車に座らせて、置いてきてしまいました。
今頃きっと、泣いているんでしょうね。
春の時点で踏みとどまって、うまくかわして逃げるべきでした。
後悔してもしきれない。
ガラスに映る僕の顔はまだ少し笑っていました。
どうにもこのいやらしい笑みがこびりついて、離れないのです。