9歳からはじまった、特別なその一日
【1987年】
新しいおうちでは、とても良くしてもらいました。沢山褒めてくれます。
もっと我がまま言ってもいいんだよ、とも言われます。
「もう十分です」と答えると、おうちの人は少し悲しそうです。ここでも迷惑をかけてしまいました。
最近ちょっとおうちに帰りづらいのです。
誰もいない公園で、わたしはブランコにゆられていました。
「君、そこでなにしてるの」
わたしに言われたのかと思って、びっくりして顔を上げました。違いました。
振り返るとお巡りさんが誰かに話しかけられています。
それはわたしの知っているひとでした!
あわてて駆け寄って、思わず抱き着いてしまいました。
お巡りさんはそれを見て、行ってしまいました。そのひとはびっくりしたあと笑ってわたしの頭を撫でてくれます。
「一体どうしたんですか。こんな遅くに」
偶然通りがかったそうで、久し振りですねとお兄さんはまた色んな事を聞いてきました。
色々答えて、迷惑をかけていることを言いました。
「………もしかして今、一人で寝ているの?」
「そうです」
「さみしくないですか?」
「さみしいです」
「おうちの人はね、多分そういうのを言ってほしいんですよ。もし、きみがおうちの人を嫌いじゃなかったら、一緒に寝てくださいって頼んでごらん」
もう遅いから、帰りなさい。と言われました。これでお別れなんでしょうか。
「あの、また、会えますか」
一緒に暮らせなくても、せめて会う事が出来たら。お兄さんは少し考えて
「じゃあ一年に一回だけ、3月の最後の日に。それでよければきみに会いに来ましょう」
うれしい!
場所はうちから自転車で行けるすこし離れた公園になりました。
見知らぬ男の人と一緒にいるとおうちのひとが心配するからだそうです。
そうだ、お兄さんの名前を知りません。
「僕の名前は教えられません」
祟りとかはないけれど、人は知らないほうがいいそうです。
きつねさんなので『つねさん』って呼んでいいですかと聞くと、それならいいですよ。と言ってくれて笑って別れました。
家に帰って、おうちの人に一緒に寝たいとお願いしたらすごく喜んでくれました。
つねさん、すごいです。
それから毎年、つねさんはわたしに会いに来てくれました。
その時にはお土産を持って来てくれます。
きれいなハンカチに、練り香水、手鏡。クラスの子は誰も持っていない、すてきなやつです。
それに必ず金平糖が一袋。色んな話をして、さよならします。
6年生になったばかりのある日、クラスの子と好きな人の話になりました。
みんなはクラスの誰とか、アイドルの誰とかです。
わたしはどの人も全然格好いいと思いませんでした。
誰がいいの、と聞かれて思い浮かんだのはただひとりでした。
わたしはつねさんの事を好きになっていました。
それがわかるとなんだかくすぐったくなって、とってもうれしい気持ちになりました。
わたしをいつも助けてくれて、優しくて王子様みたい。
1年に1度しか会えないのも七夕みたいで素敵ではないですか。
そこでお姉さんの事を思い出しました。
きれいなひとでした。もしかして恋人なのでしょうか。胸がちくりと痛みます。