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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
門前仲町小夜曲
29/155

いと惑う六回目/よせて、かえされて

「すみません」

 僕の言葉を聞いて黒い瞳がびくりとなって、僕の手からぬくもりが消えました。


「大変申し訳ないのですが、友達ごっこは今日で終わりにさせてください。会うのは今日で最後です」

 みるみるうちに、小春さんの表情が曇ってゆきます。

 原因は僕なのにどこか他人事のよう。僕は今笑っています。

「あの、私何かしましたか」

「何も。というか友達という所に無理があったんです。僕が無理していたといいますか」

 そうですね。女性として好きなのに友情なんて成立しようがないんです。

「無理」

「そうです。友達って、ある程度対等じゃないと成立しないでしょう?年齢ですとか考え方とか価値観とか。僕とあなたは対等ではありませんので友達にはなれないんですよ」

「じゃあ何で」

「僕があなたに同情していたからです」


 僕は笑っています。


 東都に来ている妖狐の中で僕は一番下級なので、時には他の妖狐にバカにされることもありました。そういう時に彼らは決まって、いやらしい薄笑いを浮かべているのです。

 その笑い方を思い出しながら笑っています。

「同情」

「そうです。狐の世界では親が子供に手を上げる、みたいな事が無いんですよ。一切。だから人間の街に下りて来て初めてそういうものがあると知って驚きました。可哀想だなと思ったんです。親に愛されたことが無いなんて。むしろ憎まれていると言ったほうがいいんですかね。あの様子」

「…………」

 小春さんの表情がまた暗くなりました。この顔、知っています。

 母親にされた事を僕に話してくれた時、こんなでした。


「一年に一回会ってたの、あれ実は『観察』だったんですよ。親に愛されなかった子供って果たしてその後どうなるんだろうって興味が湧いたんです。今後、人を騙すときの参考のために。獣の僕でさえ哀れだと思うような境遇の子供が、まあ、それでもどうにか立ち直ってちゃんと生きて行こうとしている様はけっこう感心できましたよ?」


 もっと。もっと傷つけないと。


「で、そんなあなたが僕を『好き』だなんていうじゃないですか。正直観察対象としか見ていなかったので困ったなと思いました。解りますかね。水族館の魚からいきなり告白されたのと大差なかったんですよ。僕の中では」


 小春さんの頑張ってきた時間を蔑ろにするようなひどい言葉を。


「でも、でもですよ、その頑張った子が、すがってきた手を振り払ったらまた逆戻りしちゃうかもしれない、それはかわいそうだなと思ったんです。頑張ったならごほうびをあげてもいいと思ったんですよ。僕は優しいふりをして、あなたの事を観察してた訳ですから。そう、映画を見るにはチケット代払わないといけないでしょう。そういうもののつもりで友達ごっこにつきあってあげようと思ったんです」


 二度とこんな僕に近付こうと思わないくらい、彼女の持っている尊厳を蹂躙しなくてはいけません。


「かわいそうだから優しくしてあげたのですが何を勘違いしたのか最近とっても馴れ馴れしいじゃないですか。彼女面、って言うんですかね。不快です。我慢していたんですがもう限界です」


 僕を嫌って、離れてください。


「私の事、迷惑でしたか」

「迷惑でした。休日つぶれちゃって友達と遊べませんし、他人のつくった料理とか食べるの結構きついんですよ。次、気を付けた方がいいですよ」


 うれしかったし、おいしかったですよ。


「……不快ならなんでこないだ、ぎゅってしてくれたんですか」


 言いたくないなあ。


「それ聞いちゃいます?」

 僕は小春さんの顔から首元へと視線を落とし、

「頭の中であなたの行動がうっとおしいな、と思っても体は別ですので」

 彼女の身体の線をできるだけじっくりと目でなぞります。

「そりゃそばにいて、そんな身体で引っ付いてきたらそうもなります。知らないのかもしれないですけど、男って別に恋愛感情なくてもそういう事できますからね」

 まったく、ひどい冒涜です。

「……そうですか」

「そうです。ああ、そういう関係でいいなら会ってあげてもいいですよ。あなたに興味が無いのでお喋りもしませんし、面倒なのでもうどこも連れて行きたくありませんから、そういうことばっかりになりますけど」


 僕は笑っています。


 小春さんは俯いてしまいました。それはそうですよね。


 新緑から夏を経て、かたくなった桜の葉が風に揺れて擦れ合い、ざわざわと音を立てます。それによって僕らにかかる木漏れ日は形を変え、瞳の中に入ってくる光は僕の身体の中で好き勝手暴れ出すのです。


 しかし不思議と心は静かです。


「交渉決裂、のようですね」

 立ち上がって服のしわを雑に伸ばします。

「さて、帰りましょう。こんな所に置いて帰ったらかわいそうですから駅までは一緒にいてあげますよ。仕方がありませんから」

 僕はまだ笑っています。


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