表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
門前仲町小夜曲
27/155

いと惑う六回目/ゆれる、ゆれる、こころ、あしもと

 中央線でがたんごとん。


 そういえば、家出をした時に乗ったのは中央線でした。

 すっかり忘れていました。あの時は一駅一駅が随分長く感じましたが、そうでもなかったんですね。なんだか懐かしい。

 あの日思い立って、家を出なければ私はどうなっていたのでしょう。


 椿さんが母を捨てる方法を教えてくれなければ。

 そもそもあの駐車場で私を見つけてくれなければ。


 左側を見上げれば優しそうな横顔がぼんやりと窓の外を見つめています。

 私の好きな人。

「つねさん」

 椿さんはびっくりした様な顔でこちらを向きます。なんだか久しぶりにそう呼びたくなってしまったのです。そう伝えると

「そうですね。そう呼ばれるの、随分久し振りな気がします」


 少し笑って、椿さんは視線をまた窓の外へ戻してしまいました。


 中野を通り過ぎると街の中に鉄塔と緑がぽつぽつと置かれていて、なんだか急に窓の外がミニチュアの街みたいに見えだすのです。

 そういえばこの景色も見覚えがあります。


 新宿に洋服を買いに行く時だけ母が優しかったことをふと、思い出しました。


※※※※※


東小金井から、更にバスに乗って着いたのは江戸東都たてもの園でした。


 確か去年オープンしたんですよね。色んな時代の建物が移築してあるそうで。

 大変興味深いところですが、若いお嬢さんの好きそうな所ではありません。

 一体どうしたんですかと聞けば小春さんは周りをきょろきょろ、うろうろ歩きだして何かを見つけたらしく僕の手を引いて速足で歩きだしました。


 あ、やわらかい。


 視線の先にはゆっくり走る屋根がまあるい古い形のバス。

「ほら、トトロでメイとさつきのお父さんが乗って帰ってくるのに似ているでしょう?」

 確かに。クラスの子に写真を見せてもらって、ずっと来てみたかったんですって。

 はしゃぐ顔は昔のまんまですね。あ。

「すいません。まっくろくろすけは見た事ありません」

 そう言うと「もうそれくらいわかります」と怒られてしまいました。


 僕の右手を握るその小さな手を、握り返したくなってしまうくらいのかわいらしさです。


※※※※※


今日はなんだか椿さんぼうっとしています。

 話しかけても上の空。

 どさくさに紛れてさっき手をつないでしまったのですが、この間のように握り返しては貰えませんでした。


 吉野さん家?ですか。

 農家のお家の前や都電の前で立ち止まって随分長い間眺めていました。

 なんだか話しかけてはいけないような気がして、私はそれを一緒に見ていました。

 何かを思い出しているのでしょうか。

 聞かせてほしいのですが、いつものように「それは秘密です」などと言って椿さんは教えてはくれないのでしょう。


 それとも、今なら教えてくれるのでしょうか。

 椿さん。


※※※※※


タイムマシンはなくても、タイムスリップしたような気分になれる場所、というのが存在するんですね。いやはや。


 さっきの農家のお宅は僕が通った先生の家に良く似ていました。懐かしい。

 先生の写真の中でしか見た事のない感じの建物なんかもありました。なにやら芋づる状に思い出してしまいますね。こういうの。


 都電なんか僕が東都に来て乗った車両そのままです。


 あの頃はまだ錦糸町から門前仲町まで路面電車が走っていました。小春さんは知っているのでしょうか。

 そう考えると随分と歳の差を感じてしまうものです。


 そして、その頃から見た目が全く変わっていない僕は、やはり人間とは全く違う存在なのだという事を思い知らされます。


 小春さんを想うこの気持ちも、もしかしたら彼女が抱いてくれているものと、全く違うものなのでしょうか。


 視線に気づいて、小春さんは僕に微笑み返してくれます。


 きみがそうして微笑みかけてくれるだけで、身体の奥が雑巾絞りされたみたいにぎゅうぎゅうとなるのです


※※※※※



 ほんとうに大丈夫でしょうか。椿さん。

 心ここにあらずの様子です。


 今日はサンドウィッチにしてみたのですが、口にあわなかったのでしょうか。

 コーヒーが苦手だったとか?


 難しい顔をして、黙り込んでしまいました。

 なにか言葉をかけようとしても、それが椿さんの邪魔になってしまうような気がして、どうしても話しかけることができませんでした。


 どうしたらいいのでしょう。


 何もすることができないまま、私は椿さんの隣に座っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ