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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
日比谷小曲
2/155

7歳の秋と8歳の夏

【1985年】

 小学校に入って、しばらくしてなんとなくわたしが普通じゃないのがわかりました。


 他のおうちのお母さんはぶったり、どなったりしないそうです。

 お母さんを困らせないように他の子のまねをしてみたのですがだめでした。


 ある日のことです。


 遠足で東都駅に行きました。広場のようなところでみんなで体育座りをして待っている間、わたしはぼんやりとあたりを見回していました。


 あのお兄さんがいました。まちがいありません。


 わたしのほうを見たような気がしましたが、そのまま歩いて行ってしまいました。

 わたしのこと忘れちゃったのかな。


【1986年】

 今日もお母さんはわたしをぶちます。もう慣れました。


 よく褒められている子のまねもやめました。かんにさわるそうです。


 いつもよりひどくぶたれて、お前なんかいなくなれと言われました。

 お母さんは出て行ってしまいました。


 あの日の事を思い出します。

 あれはきっと、わたし捨てられたんです。

 いらなかったのに、戻ってきたから怒られているんです。


 そうだ、言いつけどおり出ていこう。お年玉は使わないで、貯金箱に入っているのです。


 洋服をかばんに詰めて。ええと、どこに行ったらいいんだろう。


 おにいさんの顔がうかびました。


 お世話になったら、お礼を言わなくてはいけません。

 まず東都駅に行って、お兄さんを探そう。

冒険みたいですごくわくわくしました!


 電車がわからなかったので、駅員さんに聞いたら優しく教えてくれました。

 乗っている間も不安になってしまって、隣のお姉さんに聞いたら優しく教えてくれました。


 そうして東都駅につきましたが、とてもとても大きなところです。


 誰かに聞こうにも目印も何も覚えていなかったのでうまく説明できませんし、みんなとても急いでいたので一人で探すことにしました。


 ぐるぐるぐるぐる、歩いて、途中でパン屋さんでパンも買いました。

 しっかりしてるね、って褒めてもらえてうれしかったです。

 そうしてとうとうあの広場を見つけました!


 でも、そんなに簡単に会えない事くらいわかっています。


 邪魔にならないように端っこによって、お兄さんを見逃さないようにしてじっと待ちました。

 人がどんどん多くなっていきましたが、がんばりました。

 ずいぶん遅くなるまでがんばったのですがお兄さんは、いませんでした。


 これからどうしようかと思っていたらおまわりさんが来て、色々聞いてきました。

 家に帰されます。またお母さんに怒られます。

 かなしくてかなしくて、涙が止まりませんでした。おまわりさんも困っています。


「あ、こんなところにいた!」


 声がして、振り返るとお兄さんがいました。

 うれしかったのになみだは止まりませんでした。駆け寄ったら、抱っこしてくれました。うれしい。


 お巡りさんはお兄さんを叱って、行ってしまいました。


 お兄さんはわたしの頭をなでてくれて、抱っこしてくれたまま歩きだしました。

 すこし歩いて、地下のドアの一つを開けるとレンガのトンネルに繋がっていました。


 まっすぐ歩いて左。


 扉を開けるとお店が。喫茶店というところみたいでした。

 お兄さんはわたしをカウンターの背の高い椅子に座らせてくれました。

 お客さんと、女の人がいます。知らない人にはごあいさつです。

 皆びっくりしたような顔をしています。お姉さんが


「小さいのにしっかりしてるのー」


 と、笑いながらサンドイッチを出してくれました。

 お礼といただきますを言って食べていたら、お客さんから色々聞かれました。

 どこからきたのとか、いくつなのとか、とにかくいっぱいです。


「これ行儀がわるい、食べてる途中じゃぞ」


 お姉さんに怒られてしまいました。それはそうです。謝りました。


「あー、違うんじゃ。こいつら、話しかけてきたこいつらが悪いんじゃ」


 そう言って、頭をなでてくれました。やさしくてきれいな人です。

 お姉さんは今日は遅いからここに泊まって行きなさいと言ってくれました。お兄さんは笑っています。

 お風呂にはもうひとりで入れます。お兄さんにえらいですねと褒めてもらって、お布団を敷いてもらいました。

 ふかふかでいいにおいです。


「暗い部屋は、まだ怖いですか?」


 本当はそんなに怖くなかったのですが、お兄さんにまたなでてもらいたかったので


「こわいです」


 うそをつきました。お兄さんはやっぱり頭をなでてくれました。

 お兄さんは色んな事を聞いてきました。

 あれからのこと、おかあさんにいわれたこと、されたこと、いっぱい話しました。


 思い出して、悲しくなって泣いてしまいました。

 お兄さんはわたしを抱き上げて、とんとんしてくれました。

 安心してそのまま眠ってしまいました。


 次の日、またお店に連れて行ってもらいました。


 昨日と違うお客さんもいて、みんなわたしの事を知っていました。なぜかみんな優しくしてくれます。

 お菓子をくれたり、遊んだりしてくれました。こんなに楽しいのは初めてです。


 お礼を言ったら、みんなわたしの事を「いい子だね」「とてもいい子だ」と、褒めてくれました。変なの。

 お兄さんはそんなわたしを見て、笑っています。

 そうして何日かが過ぎました。

 お客さんとも仲良くなって、ご飯を食べさせてもらっているのでお手伝いもしました。

 当たり前のことなのに、褒めてもらいました。一人のお客さんが


「この子、このままここに置いてあげればいいんじゃないかい?」


 と、言いました。他のお客さんも口々に「そうだ」「そうだよ」と言いました。


 そんなこと、思いつきませんでした。もしかして、わたし、ずっとここにいていいのでしょうか。


「これ、無責任なこと言うでない」


 お姉さんがお客さんを叱りました。お兄さんは困ったように笑っています。


 その夜、お兄さんとお姉さんにずっとここにいたいと言ってみました。

 わたしには帰るところが無いのです。

 お手伝いを覚えてそう、持っているお金も全部あげるのでここに住まわせてもらえませんか、と言いました。

 二人はそれは出来ないと言いました。


「わたしがだめな子だからですか」


 そうです。うそもついちゃいました。その事を話して、泣いてしまいました。


「それはね、嘘のうちに入りませんよ」


 お兄さんはわたしにりんごジュースを出してくれました。


「ずっと見ていたがお前さんは全然駄目な子じゃないぞ。あいさつとお礼が言えて手伝いまでできるちゃんとした子じゃ」


 お姉さんはわたしのなみだをハンカチでふいてくれます。

 わたしはふたりが、このお店が大好きです。


 ここにずっといられたらいいのに。


 お兄さんは少し考えて、わたしの手をぎゅう、とにぎりました。


「実は僕たちは、人間ではないのです」


 そう、言いました。ゲゲゲの鬼太郎とか、そういうのみたいなものだと言われました。

 わたしにだってうそだってわかります。

だって二人共普通の人です。全然違う。

 二人は顔を見合わせて笑いました。


「論より証拠じゃ」


 お姉さんがそう言うと、お兄さんがカウンターの中でしゃがみました。

 お姉さんもしゃがんで戻ってきた時にはお姉さんの手の中にはふわふわの生き物がいました。図かんで見た事があります。


「この通り、こいつ妖狐じゃ。狐」


 手品だと思って、お店をくまなく探したのですがお兄さんはいませんでした。

 おそるおそるさわってみたら、本当に生きているきつねです。ぬいぐるみではありません。


「だから手前らは、お前さんと一緒には暮らせないんだよ」


 お姉さんは困ったように言いました。

 なんで暮らせないのか解りませんでしたが、お世話になっているのに困らせてはいけません。


 でも、わたしどこに行けばいいんでしょう。


 しょんぼりしていると、きつねのお兄さんがわたしの腕に、顔をすりすりしてきました。くすぐったい。

 そのままカウンターのむこうに跳んで行って、人間のお兄さんが顔を出しました。

 お兄さんの顔は目が細い訳でもなく、全然きつねっぽくないのですが、信じるしかありません。


「一緒には暮らせませんが、きみがもうぶたれないですむ方法は教えてあげられます」


 それは、お母さんと二度と会えなくなる方法だけどそれでもいいですかと聞かれました。


 お母さんのことは大好きですが、もう困らせたくはありません。

 色んな事を話して、明日ここを出ていくことになりました。

 うそがばれてしまったので、今日は一人で寝なくてはいけません。さみしい。

 お布団をかぶって泣いていたらもぞもぞと布団が動いて、きつねさんが入ってきました。

 あったかくて、わたしとおなじシャンプーのにおいがします。話しかけても答えてはくれません。

 さっき聞いたのですがきつねだと喋れないそうです。喋ってもわたしにはわからないんですって。


 そうして次の日に、東都駅の丸の内側の交番へ一人で行きました。


 お母さんに言われた事、された事を覚えてる限り言って傷の痕をお巡りさんにみせて、あとは悲しい事を思い出して泣けばいいそうです。

今一番悲しいのは、あのお店には二度といけない事です。

 涙が止まりませんでした。


 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて


 気がついたらわたしはよそのおうちの子になっていました。


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