真夏の見ッ会/混戦してまいりました
あの可愛い人は小手毬さんていうそうです。
店長さんは知ってたみたいです。
有名な狐さんなんですって。
あまりよくは見えませんが、たぶんきれいな人です。
ふたりの距離はとても近いです。
椿さんは楽しそうに話しています。
「……小春ちゃん、アイス買ってこようかアイス?た、食べる?」
「いらないです」
こんな事、よくないって解ってるのに双眼鏡から手が離せません。
恋人はいないけど、好きな人はいるって事だったんでしょうか。
胸が苦しいです。椿さん。
※※※※※※
「そーいえばあの小春って女が超ムカついたのよね!!」
ビールが気管支に入りそうになりました。しみる。むせます。苦しい。
「ちょっとー大丈夫?ビールで窒息死とかやめてよねー」
小手毬ちゃんは激しくむせる僕の背中を叩いてくれます。
あれ、小手毬ちゃんに小春さんの話してないんだけどどうやって知り合ったんだろう。
「……小春さんは、小手毬ちゃんの思っているような人ではないですよ」
ムカつくってそんな。いったいどういう誤解をしているのでしょう。
「え、あんたまであの女の肩もつの!?うちの兄あに様さま達も『いじらしいじゃないか』『まあ、ぐらっとこん、でもない』とか言ってるんだけど全然、意味が、分からなくて」
「は?何でお兄さん二人まで!?今別々に暮らしてますよね確か」
「だから、別々に観に行って、で電話でやり取りした訳!」
「えええ!?」
小手毬ちゃんのお兄さんが、何でわざわざ小春さんを見に!?
あああああ……あれですか、まさか、まさか僕の話、神様経由で小手毬ちゃん家のご両親にまで伝わっているんですかね。
小手毬ちゃんのご両親はもはや神狐みたいなもんですからね。
そうなると有名どころの妖狐は皆知ってたり……というか国中の妖狐に僕の恋心が知れ渡ってたりするのでは……
「…………」
あ、寒気してきました。
「顔色悪いけど大丈夫―椿!?」
「……はい……」
どうしよう、恥ずかしい。いつから皆知っていたんですか……。こないだわざわざ会いに来てくれた彼とか、何故か電話をしてきた僕の故郷一帯を治めている方とかあれ全部なんか、僕に対するなにかだったんでしょうか。
「あんなさー、女の涙使って卑怯だと思う訳、あたしは!」
「いや……小春さんはそういう計算とか出来ませんから……むしろ迷惑だと思って抑えちゃうタイプですから。でもこらえきれなかったんだと思いますよ」
僕だって、女性がそういうのをつかって男性を引き留めたりしようとすることを知っていますが、小春さんはそういうタイプじゃないんです。こう、天真爛漫なんです。
「しかも全然、可愛くないしさー」
「……………」
そんなことありません。小春さんはなんでしょう。
朝露に濡れた水仙とか、冬の空気とかそういう凛とした所のある素敵な女性です。
土曜の制服姿もいつもちゃんときちんとしていますし、外で会うときはかわいらしい格好でどきどきしてしまうのです。
ああ、でも僕親バカフィルターと恋は盲目的な感じなんですかね……いや、しかし二人で歩いているとよく周りの男性が彼女を振り返って見てもいますし。
男性と女性だと『かわいい』が一致しない、ってこういうことなんですかね。
まあ店長さんの美しさに比べたら全然人の範疇ですが、それでも小手毬ちゃんと同じくらいの……とか言うとこの様子からすると怒りそうです。
そもそも何で小手毬ちゃん小春さんを目の敵にするのやら。
「人を悪く言うなんて、小手毬ちゃんらしくないですよ。一体どうしたんですか」
「だってさー、男が決めてやろうとしていることを、解っててああやって泣いて引き留めてさ。そこは黙って見送りなさいよとか思わない!?」
――――え?
「……わかってて、やったの……?」
僕の言葉に小手毬ちゃんは怪訝な顔をしています。
「当たり前でしょ。とろくさいっつったってそこまでバカじゃないでしょ」
それはつまり……小春さん……僕の気持ち……知ってた……え……いつ………どういうことですか………?
脳内の記憶を司る細胞に鞭打って、3倍速で小春さんとの思い出を反芻はんすうして見たのですが気付かれるきっかけが思い当りません。……あれ……もしかして、誰かが直接教えた……?
そんな事をしそうな人は僕にはひとりしか思いつきません。
あの人でなし、むしろ神でなし眼鏡しか思いつかないのですが。あいつ密告したんですか。小春さんに。
え?じゃあ小春さん、今まで僕が小春さんの事を好きなの解ってる上で、気付いていない振りして出かけてくれてたって事ですか?え……
「…………」
「まー、玉三郎のほうもどーなのって感じだけどね。コロッとやられちゃってさー」
「ん?」
「しかもちゃっかり婿養子に収まっちゃって子供まで作っちゃってさー」
あ……なんだ……
「――あー、そっちの小春さんですか……」
ああ、そういえばいましたいました。
そうですね。平成狸合戦ぽんぽこの話ですか。
確かにそんなに可愛くないですね。
あざといです。でもまあぐらっとくるのもわかるような気もします。
すっごい焦りました。よかったー……!あ、センセイごめんなさい。疑ったりして。
いくらセンセイでもそんな常識を逸脱した事する訳ないですよね。神様ですもんね。
ほっと胸をなでおろしてビールをひと口。美味しいです。
「ねえ、椿……」
「え?なんですか。小手毬ちゃん」
あれ、小手毬ちゃんなんで怖い顔しているんでしょう。
「……そっちじゃない小春は、いったい誰なの……?」