真夏の見ッ会/彼のターン
出がけにセンセイが来たときどうしようかと思ったのですが、つけて来てないみたいですし一安心です。
お盆にまで見たくないですからね。あの顔。
人は少なめですが、それでも渋谷駅周辺は混んでいます。夏休みですし色々な所から人が来ているのでしょう。
ああ暑い。
育った所は割と涼しかったので夏はちょっと苦手です。はやく冬にならないものか。
突然背中にばしんと衝撃が走って、おもわずそこを押さえます。
「痛い」
「修行が足らん、椿」
懐かしい声。振り返ればふわふわの焦茶の髪をボブにした女の人が。
「元気そうだね。小手毬ちゃん」
僕を見て小手毬ちゃんはにやりと笑います。これもまた、懐かしい笑顔です。
小手毬ちゃんは東都に出て来てから知り合った妖狐です。
人間の時は猫っぽい顔をしていますが妖狐です。
大変有名な妖狐の番いから200年振りに生まれた妖狐という事でちょっとした有名人、お嬢様ってやつですね。
しかも大変見目麗しい、お母様譲りの銀色の毛並みの狐でしたのでもう若い妖狐からしたらお嫁さんにしたい妖狐ナンバーワンということでかぐや姫もかくやの争奪戦が行われたようですが
「見た目と出自だけで求婚してくる男ってなんなの?」
と群がってきた貴公子たちをバッサリ振りきり文明開化真っ最中の帝都へ飛び出し、女学生に交じって勉学にも励んでいたそうなので頭もよくて弁もたちますし並みの妖狐よりも術は上手で、上のお兄さん二人にくっついてやんちゃもしたそうなので腕っぷしも強い、最近の若い妖狐の手には負えないおきゃんな女狐さんです。
女性に歳を聞くのもなんなので正確な所は不明ですが、確かもう100歳超えています。
何でそんな有名人と僕が知り合いになったのかと言えば、小手毬ちゃんが僕に興味を示して会いに来てくれたからでした。
普通東都に出てくる妖狐というものは、大体いいところの若様が社会勉強にですとか、腕試しに乗り込んで来て一旗揚げるなんて考えている血気盛んな方だったりですので、山で一生を終えるはずの下級の妖狐なのになぜか神様に召し抱えられ神様のいっぱいいるバーで働いて、神様によくしてもらっている僕と言うのは彼らからしてみれば「あいつは一体何なんだ!?」ということになって遠巻きにされていました。
僕も僕で日々の仕事や、故郷とは比べ物にならない量の本屋さんに映画館、博物館や美術館などを巡るのに毎日忙しかったので、特に孤独などは感じていませんでした。
小手毬ちゃんはそんな僕が物珍しかったらしくて、いきなりやってきて「どうやって神様と知り合ってあそこで働いてんの??」から皮切りに質問攻めにされてなぜか生い立ちで感動されて、狐の知り合いがいない僕を心配して色々面倒を見てくれるようになったのです。
僕は久しぶりに同類とお話出来て楽しかったですし、小手毬ちゃんも小手毬ちゃんで彼女や彼女の家族とお近づきになろうとかそういった下心とか野心のない狐といるのが楽だったらしく、それ以来いいお友達です。
今は北海道に住んでいるのでなかなか会えないのですが、親戚に会いにこっちに来てしばらく滞在するという事だったので、今日会う事に。
渋谷駅前の東急プラザでおつまみとビール買って代々木公園でまったりお喋りは定番のコースでしたので、今日もそのように。
やっぱり元が狐ですので緑のあるところは大変落ち着くのです。
「あれねー絶対狸の陰謀でしょ!スタジオジブリに狸がなんんか……こう……したのよ!何あの狐の扱い!」
「あれはちょっとって思ったけど狸はそんなに頭回らないですよ。多分」
やっぱり見てましたか。
小手毬ちゃんは過去に狸と男性(それが人間なのか狐なのかなんなのかはあえて突っ込みませんでした。その話を振ると怖かったので)を巡って恋のバトルをやらかして負けたらしくそれ以来狸は目の敵です。
「まあそーよね。狸賛美というか自然とか伝承が失われて行くのに、それを気にも留めないで時代を駆け抜けて行こうとする人間達に、待ったをかけるそういう映画だったわ―……フツーの狐とか狸って大変よね。エサ取るのとか」
「そうですねー……まあ、僕んちの近くもいずれああなっちゃうのかも、と思うとちょっとくるものがありました」
森や山っていうのは誰のものでもなかったのに人がじゃんじゃん手を入れてくるのはどうかと思うのですが、彼らも彼らで必死なんでしょうし仕方のない事なのです。
高速道路は便利ですしね。
でも大雨の日に家族そろって避難しに行ったあの小高い丘ですとか、うっかり立ち入ってひどい目にあった漆の群生地帯、木苺の茂みとかがいつかなくなってしまうのか、と考えるだけでとてもさみしい気持ちになってしまうものです。
「うちの父様が育った森とかもうとっくにないしねー……」
「ああ、ご両親ともお元気ですか?」
小手毬ちゃんのご両親は武蔵野で知らないものはいないという強力な妖狐なんですが、近年都会がどうにもごみごみして落ち着かないという事で数年前、北海道に御隠居なさることにしたんです。
で、小手毬ちゃんはそれについて行ったという訳で。
「元気元気。あ、そうだお土産」
「あ、マルセイバターサンド。僕これ好きなんです」
「母様が『椿くんはね、たしかこれ好きだったはずよ』って」
「流石ですねー。人の心をつかむのがお上手でいらっしゃる」
一度しかお会いしていないのに覚えていて下さるなんて。
小手毬ちゃんのご両親は神様も一目置く人徳者です。下級の僕にも気さくに接して下さいますしね。
「まー、1500年以上も生きてればねー」
「末っ子くんもう化けるんですか?」
「化ける化ける。でもまだ危なっかしいから外には出さないけどね」
「へー」
仲が宜しくて結構な事です。たしか末っ子くんはまだ3つくらいなんですよね。
しかもちょっとそのへんにいない毛色なのでうっかり元に戻って人間に見つかったら大変なんです。
森で暮らすのも人に紛れて暮らすのも、どっちも大変な世の中です。