真夏の見ッ会/彼女のターン
【1994年 8月】
縁で庭側に頭を向けて寝転がるのが好きです。屋根の向こうに大きな雲と青い空。
蝉の鳴き声を聞きながらパッキンするアイスをかじる。
お行儀悪いですが、好きなんです。
「…………」
8月17日。夏休みも終わりかけ。宿題も終わってしまってちょっと暇です。
友達と毎日会えるわけではないですし。
暇なので椿さんの事を考えてしまいます。
映画を見てもテレビを見ても本を読んでも、椿さんこれ好きかな、とか考えちゃいます。
そう言えば先月は椿さん半袖でした。歩いてる時に腕がふれてしまってどきどきしました。
昔みたいに、手をつないで歩けたらうれしくてそれだけでいいのに。
椿さん。椿さん。椿さん。今何をしているのでしょう。
「小春―。電話」
おかーさんが子機を持ってこっちに向かって来ます。ちょっと怖い顔。
はい、お行儀悪いですからね。ごめんなさい。
「誰から―?」
「……若い、男の人」
「やあ!ごめんね急に呼び出したりして。そして椿くんじゃなくて」
明治神宮駅で私を待っていたのはとってもうきうきした先生でした。
「……いえ、暇だったので」
がっかりなんてしていませんとも。全然がっかりなんかしませんでした。
先生は子供の頃の私にそうしてくれたように、頭をポンと叩いて私の手を引いて歩きだします。
代々木公園の方へ向かうようです。初めて来ましたが、結構大きいんですね。
日差しは強いけど風があるのでそんなに不快ではありません。帽子もかぶってますし。
「今さ、お盆でお店休みじゃない」
そうです。神様もその辺は神妙に、おとなしくしていなければいけないらしく、今週12日から21日までお店がお休みなのです。
なので第3土曜にはお店に行けなくて、今月は月2回しか椿さんに会うことができません。
「こないだボクさあ、椿くんを怒らせちゃって悪いなーと思って今日おごるから飲みにでもいかない?って誘いに行ったら『今日は予定がありますので』とか言ってサーっていなくなっちゃってさあ。気になるじゃない?気になるじゃない?だから麗ちゃん誘ってあとつけたらさあ」
開けた場所に出ました。先生は私を右手側のちょっと森っぽい所につれていきます。
少し歩くとベンチに座った店長さんが。
「……ホントに連れてきたのかえ、お前さん」
やや呆れ顔です。今日も美人さんです。
「こんにちは店長さん」
「久しぶりじゃのー小春。夏バテとかしとらんかー?」
店長さんもにっこり笑って私の頭を撫でてくれます。やさしい。
「はい、げ」
「そんな場合じゃないんだって!こっちこっち!」
先生はベンチに置いてあった双眼鏡をつかんで私を草むらのほうへ。しばらくレンズを覗いて調整しているようで、そのあと私にそれを渡してくれます。
「ええとねー、縞々の服をお揃いで着てる頭悪そうなカップルの奥、左側!」
草むらの向こうに広がる芝生の広場には、お盆のせいかあんまり人がいないのですぐ見つかりました。奥……?
「…………」
椿さんと、隣には見た事のない女の人がいます。椿さん、笑ってます。