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おさおや、ハニー/隣の妖狐よこしーまよこしまー

 さあ。やることやったので寝ます。

 疲れました。今日は本当に疲れました。


 女の人に化けるのは本当に疲れるのです。

 最後に化けたのは、ああそうです。小春さんちに伺ったときでしたが。あの時も大変でした。


 お店を出て、東西線に乗るまでに五回くらい男の人に名刺を渡され、電車に乗ったら乗ったで近くにいた人が話しかけてくるので降りるふりをして駅ごとに車両を変え、呼んでもないのに門前仲町の駅員さんが案内を申し出てきて、自転車二人乗りの中学生の集団にすれ違いざまに指笛をふかれ、車の人に道案内を頼まれ車に連れ込まれそうになり、犬にめちゃめちゃなつかれました。


 犬が雄だったかは確認していませんが。雄だったら立ち直れないので雌であれ。


 母も似たような目に遭ったらしく、人間を毛嫌いしてあまり山から出たがりませんでした。

 子供の頃はそんな奴無視すればいいのに、などと思っていましたが、あんな目に毎日遭うならば山に引きこもっていた方がましです。

 僕が先生のおうちに通う途中で何かあった時に駆けつけるためには人里に出ることが必要で、それが躊躇われるから反対したというのもあったんでしょうね。


 つくづく申し訳ない。

 でもねえ。


「隙があるからいけないのよ。眉毛ちゃんと書いて、店長さんからいい服借りて、口角力入れてあんま笑わなそうな感じで速足で歩けば根性なしの男は寄ってこないから」


 相手が僕だったとは知らない小手毬ちゃんにそんなご指導をされてしまいました。お化粧も少しされてしまいました。

 今日そのあと、神様からのからかいがそれでちょっとへったんですよね。


 小手毬ちゃんは女の人の時間が長いので、色々知っているようです。

 母も小手毬ちゃんに出会っていれば、ちょっとは人に化けるのを厭わなくなったのでしょうか。


 今考えてもしかたがない事なのですが。


「…………」


 そして疲れている時には考えても建設的な答えが出ないので寝るべきなのです。

 寝室の扉を開けて幸せな定位置に戻ります。


 布団にくるまれた、かわいい恋人兼たいへんさわりごこちのよい湯たんぽさま―――と、目が、合いました。


 暗い部屋でその目がちょっと怒っているように見えるのですが。


「起こしちゃいましたか、ごめんなさい」

「別にそういう訳では……楽しそうでしたね」


「え、そうですか?八汐兄さんに引っ越したこと言い忘れてたのとか、そんな話なので楽しくなかったわけではないのですが、うるさくしてすみません」

「あの、怒っては、いないです。どうぞ」

 布団を少し持ち上げてお迎えいただいたので、ありがたくお招きにあずかりたいと思います。

 なるべく身を低くして、冷気が布団に入らないよう慎重に。


 ※※※※※※※


「では、おやすみなさい」


 お泊りさせてくれて、今日はずっと優しくて、一緒に眠れて幸せなのです。


 なのに電話のためとはいえ椿さんがどこかに行ってしまったのが寂しかったのです。

 寝ているはずの人のそばで電話をしないのは当たり前で、私が大体知らない人なのでその人との電話の内容を私に話さないのは当たり前なのですが。


 ……さみしい。

 椿さんを取られたような気分です。


  取られてないですし、ここにいるのに、です。

  お疲れでしたし、もう困らせてはいけません。


  大人しくして、でも、もう少しくっつくのくらい許されるでしょうか。

 でもうとうとしている人の邪魔をしないようにくっつくのはむずかしいです。


 もういっそ椿さんのお洋服になりたいです。

 そうしたら邪魔しないでくっついていられるのに。絶対幸せです。


「……………」


 でもそうなると私は別の日に椿さんが着ることになるシャツさんとかセーターさんにやきもちをやいてしまうので、この案はだめですね。


 お布団。

 お布団になればずっと一緒です。


 でも椿さんが帰ってくるまでずっと暇ですし、帰ってきても「お疲れ様」も言えません。


「…………」


 でも神様がいらっしゃって、妖狐さんもいらっしゃるなら、喋るお布団さんもいらっしゃるのでは……?


「…………」


 よくよく考えると、お布団がしゃべったら怖いです。そんなものにはなれなくて大丈夫です。


「…………」


 なんだか不毛な堂々巡りです。


 一緒にこうするならお昼寝の方が好きかもしれません。自分が寝付けなくてもお顔が見られますから。


 お休み中、たまに口が半開きになるときの椿さんはとてもかわいいのです。


 いまはどうでしょう。


 遮光カーテンってすごいと思いましたが、うちみたいにあんまり遮光してくれないカーテンにした方がよかったのかもしれません。お休み顔があまり見えません。でも椿さんのもともとのお部屋は窓がなくて、こちらのほうが落ち着くそうですから仕方がありません。


 うとうとしだしてからお休みになる椿さんをじっと見てみたいのですが、そんなにじっと見ていたら眠れないでしょうし。


 むー。

 ないものねだりです。

 ないものだからねだっちゃうんですけど。


「……小春さん」

「は、はい」


 椿さんを起こしてしましました。いえ、起きたての声ではないのでわたしがごそごそしていたのでお休みになれなかったんですね。


「すいません起こしちゃって」

「いえ、違います、あの」


「……あ、そっか、春休みですもんね。夜更かししてもいいんでした。もう一本何か見ます?」

「いえ、いえ、椿さん明日お仕事ですから、お休みになってください。頑張って寝ます」


「頑張って」

「ええ」


「頑張りを応援しても?」

「え?はい、お願いします」


 応援?運動会のぽんぽんを持った椿さんが思い浮かびましたが、きっと違います。


 でもあのぽんぽんを持った椿さんは絶対かわいいです。

 すずらんテープを買ってきて、作って、持ってもらうの、いい気がします。

 テスト勉強の時とかにしてもらったらすごく頑張れます。でも見ちゃってお勉強が手につかない気がします。


「はいでは」

「はい」


 ぽんぽんを持った椿さんを想像していたら、ぽんぽんを持っていない現実の椿さんが頭をぽんぽんしてくれました。

 そしてなにやら体を起こしてあの私の上に覆いかぶさるようにあのあの、あの、あのう……。


「――――」


 キスを……し、していただいているのですが。なんでしょう……いつもの……いつものなのですが、なんか、なんでしょう。

 縦が横になってるからなのでしょうか。いつも明るいのに暗いからでしょうか。なんか椿さんがいつもの椿さんではなく、そう、クリスマスとかの、野生の椿さんっぽくて、でもそれより優しく、ちゃんと椿さんなんですけど……


「もっと応援してもいいですか?」


 声は優しいんです。してくれることも。

 でもなんでしょう。今までで一番落ち着きません……!


 いいですかの答えはもちろんいいです、なのですが答えられないでいたら椿さんは私の額にもキスをしてきて、ええとあの。

 どうして私はこんなに混乱しているのでしょう。


「僕、人の耳をなんか見ちゃうんですよね。(ぼく)と全然違うので」

「は、はあ」


「それで、小春さんのここがとても好きなんですよね」


 言いながら椿さんは私の耳をなんか指で、すっ、てなさって。



 上から下へ。



 耳たぶまで来たら指が離れて、同じところをまた、すっ、て。



「……耳輪っていうんですって、ここ」

「……………」



 くすぐったいと振り払うにはやさしくて、これ、これ、どうしたらいいんでしょう。

 お話の間も椿さんの指は私の耳の外側をなぞります。


 みんな一緒じゃないんですか。

 私のって何ですか。

私には椿さんの顔が見えないんですが

椿さんには見えてるんですか。

狐さんだからですか。


「実にいいです。本当にあなたのこの耳輪(パーツ)がたまらない。ずっと見ていられる。これが人の言うフェティシズムってやつなんだと思うんですよ」


 知らない言葉が出てきました。

 尋ねればきっと教えてくれるのでしょうが、なんかうまく声が出ません。

 椿さん。これ応援なんでしょうか。


「あのですね、小春さん」

「はい」


「僕の事、いい人だとお思いなんだと思うんですが」

「はい」


「僕もそうあろうとしてるんですが、やっぱり大元が野生の獣なんですよ。男は狼などと申しますが、所詮どうやったって普通の人は甘ちゃん、人間のくくりを出ないっていうか。人間の、僕っぽいいい人より、僕って多分相当タチ悪いんですよ。だからもう少し気を付けていただきたくて」


 何をおっしゃりたいのかもうよくわからないのです。椿さんの指が気になって。


「…………」

「もっとずっと触ってていいですか?それで眠れそうですか?」


「いえ、いえ、眠れません」

「ですよねえ。失礼しました。僕が起きてると眠れないでしょうからお先に寝ますね」


 そういって椿さんは元の場所にお戻りになりました。


「おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」






「………………」





 何分経ったんでしょう。

 椿さんの寝息が聞こえてきました。



 全然眠れません。



 これが狐さん流の応援なのでしょうか。よくわかりません。

 最近何で悩んでたんだかすらもうよくわかりません……!!


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