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おかえりなさい

 鏡の前には私しかいないので、当然鏡に映っているのは私です。


 見た目を、よく、褒められます。


 私の顔は母に似ています。子供の頃は母の事を世界一きれいな人だと思っていました。


 でも、自分の顔はあまり、いいものだとは思えません。


 常に微笑むように気を付けていないと、怖い顔になってしまいます。


 おかーさんみたいに、いつも自然体で笑ってる顔になりたかったんです。


 椿さんもぼーっとしている時も優しい顔です。


 優しい人になりたいのです。

 優しい人は、ふだんから、産まれた時から、もう優しくなるのが決まっていて、だから優しい顔なのかな。

 私は違うから、こうなのでしょうか。


 椿さんの事が好きで。

 優しくしたい、困らせたくない、喜んでほしい、大事にしたいと思っているのですがまったくうまくいかないのです。


 私の出来る事なんて本当にささやかで、椿さんがくれるものに全然足りなくて、そのくせ我儘で。


 今日も、小手毬さんが連れて行ってくれたとはいえ、椿さんが嫌がっているのにお店に行ってしまいました。椿さんはいなかったのですが。


「きれいなひと……」


 小手毬さんや今日いらっしゃったいなばさんと、私はあまりに違くて。子供っぽいのです。

 今までそんな事自分で思ったことなかったのに。私は子供でした。


 お二人とも、お店用にちゃんとお化粧をした山茶花ちゃんも、椿さんと一緒にいるとしっくりくるのに。


「小春さん、何で電気も暖房もつけてないんですか」


 ぼうっとしてたせいで、気づけませんでした。

 聞きたい声で会いたい人が帰って来たのですが、すこしだけ振り返るのが咎められます。鏡越しに目が合っているのに。


「ごめんなさい、勝手に上がり込んじゃいました、あの……」

「ちゃんと店長さんから聞いてます、というか、あの人が押し付けただけで、小春さん何も悪くないですから。本当は小手毬ちゃん達と夕飯食べたりする予定だったんじゃないですか?勝手に決めてごめんなさい」


「いえ、そんなことは。ごめんなさい」


 元気のない私に、店長さんが気を使ってくださったのです。

 おつかいに出している椿さんをなるべく早く返すから、椿さんの部屋で待っているように、と。


 今は夜の7時で、約束していないのに椿さんのお部屋に私がいても椿さんがびっくりしないのは、きっと店長さんからそのことを聞いているからなのでしょう。


 店長さんのはからいは、きっと私を喜ばせようと思ってしてくれたことなのですが、なかなか手放しでそういう気持ちにはなれません。勿論大変感謝しているのですが。


「小春さ」

「あの、ごめんなさい、なんですけど、会えて……うれしかったです」


 本当は、一緒に居られて、というか、一目会えて、いいえ、好きでいる事を許されているだけで幸せなんです。

 満足です。


 でも、許されるならもう少し、もう少し、と欲が出てしまいます。


 あまり欲張っている事を、椿さんには知られたくないのです。それで嫌われたりするのは怖い。


 椿さんは大人で、いつも素敵で間違っていないのです。


 なので私はきっと、言うとおりにしていい子にしていればいいんです。欲張ってはいけないのです。


 どうしていつも私はこうなのでしょう。


 椿さんに迷惑かからないように、と思っているのにわかりやすくしょんぼりしたり、相談なんかするから、周りの方に気を使ってもらってしまって、結局椿さんにこうしてご迷惑をかけてしまいます。

 急いで帰って来てくれたご様子です。

 おんぶに抱っこ状態です。


「……………」


 誰にも迷惑をかけずに、なんというか、そっと、私が欲張ったことは間違ってないのか、そしてそれは椿さんにとっても嫌なことではないのかをさりげなく確認して、大丈夫だったら、そうする。みたいなことをしたかったのです。上手くいきません。


 大人はこんなことでは悩まないのでしょうか。


 悩まなくても椿さんを喜ばせられて、助けてあげられて、どこまで欲張っていいかすぐわかるのでしょうか。


 それとも、歳だけ重ねても、それが一生できない人もいるのでしょうか。


 私、出来ない側の人間かもしれません。

 みにくいあひるの子は、白鳥の子供だったのでめでたしめでたしですが、私はそうではなくて、かえるの子です。


 かえるはとてもかわいいのですが、世間のその、言い回し的に。


 かえるの子だけど、人間なので、なんとか伸びしろというか、かえる以外のものにがんばってなろう、と思っているのですが、たまにそう、落ち込んでしまいます。


 うまく元気がでない時は、ちょっとかえるさいどに引っ張られてしまうのです。


「すいませんでした、帰りますね」

「今日小春さんがうちに泊まってもいいって、お母さんにお許しもらってきちゃったんですけど、なんか用事ありました?」


「えっ」


 私は起きながら夢を見ているのでしょうか。

 欲張りな私がなんとか叶えたい望み、第一位の椿さんともっと一緒にいたいの最上級、お泊りしてずっと一緒が今、許可されました。


「それならそれでいいんですけど」

「よくないです、よくないです、あの」


 だって、ずっと駄目って。


「いえ、その……楽しいお泊り会的な感じで……」

「たのしいおとまりかい」


「人間の世情には疎いもので……的外れだったらすいません……今からレンタルビデオ屋さんに行って、見たいものいっぱい借りて夜更かしして見るですとか、ケーキ買いに行って背徳的な宴を行うですとか、コンビニ行って好きなお菓子を買ってだらだら食べながらテレビを見るとか、そういうの……は……楽しくないですか」

「楽しいです」


「よかった」


 椿さん、うれしそうです。

 椿さんがうれしそうだと私もうれしいですし、このおさそいが椿さんにとってうれしくなかったとしても私はうれしいのですが、やっぱり唐突なのが気にかかります。


「椿さん」

「はい」


「無理……してないですか」

「してないです」


 椿さんはいつも通りすぎて、そうは見えないのですが、腑に落ちないのです。


「小春さん」

「はい」


「あの、このあと何か買い出しなりしに行く前に、ちょっと小春さんに甘えたいんですが」

「え、あ、はい!な、何をしたら」


「こっち」


 椿さんはいつもよりちょっと強引に私を引っ張って行きます。

 何が何やらだったのですが、気が付いたら私は、畳んで部屋の端っこにある椿さんのお布団の上に座っていました。


「あの枕ふんじゃってます」

「それはなんか逆にありがとうございます。では」


 そう言って椿さんが抱き着いて来てくれました。

 私はお布団に座っていて、椿さんは床に座っているので私の方が頭が高い位置にあって、その状態で抱き着き返すと……私が、椿さんを抱きしめているような形です。


「……癒されます」


 温泉に入った瞬間のおかーさんのような、そう、しみじみとした口調です。


 わたしの首元で椿さんの冷たい髪がさわさわそよいでいます。まだ夜の外は寒いですものね。


 たしになればという気持ちで、椿さんの髪をてのひらでなでます。

 少しでも温まればいいなと。

 すると、椿さんが私を抱きしめる強さが強くなりました。思わず手が止まってしまったのですが「もう少しだけ、なでててほしいです……」とリクエストもいただきました。


 どうしましょう、椿さんがかわいいです。


 狐さんの時はもちろんとてもかわいくて、でも人間の時の椿さんはすてき、格好いい、すてき、そう、格好いいとすてきのサンドイッチみたいなのに今はかわいいのです。どうしてしまったのでしょう。


 あ。


「……おつかい、そんなに大変だったんですか?」


 いつもの椿さんと今日の椿さんで大きな違いはそれです。


 おつかい。といえば何か買ってきてとかそういうものですが、椿さんは大人ですし、店長さんは神様です。

 簡単なことではなかったのでしょうか。


「おつ……ああ……ちょろいけど面倒みたいな感じです……」

「それは、お疲れ様です……」


 おつかいの内容は、聞いたらはぐらかされてしまうでしょうか。


「……ごめんね、なんか、僕、色々見誤っていました」

「え?」


「……山茶花ちゃんをなんとか半人前くらいにしようと思ってて、僕、それにかかきりになってしまって……最近小春さんとちゃんとお話ししたりこうしたりするのがおろそかになっていました……これが一番大事なのに」


 これ、の所で抱きしめてくる椿さんの力がまた強くなりました。

 締め付けられるのは身体なのに、どうして心までぎゅってなってしまうのでしょう。うれしいのに、飛び上がってやったーとはならなくて、胸が苦しくて、苦しいのに嫌ではなくて幸せなのです。


「でも、お仕事は大事ですから、しょうがないです」

「うん、もうその、山茶花ちゃんにかかりきりになるのはもうおしまいなので」


「……山茶花ちゃん、半人前になれたんですね」


 椿さんが私を抱きしめる力が弱くなりました。身体が離れて、少し寂しかったのですが、すぐにその寂しいはなくなりました。


 顔を上げて私を見つめる椿さんがやさしく、やさしく微笑んでいたからです。そう、何かをやり遂げたかのような――――


「山茶花ちゃんのその件は、あきらめました」

「え」


「堅香子さまが小言を言いたくなる気持ちがわかりました。糠に釘、あわてて釘を引き抜いたら釘が麩菓子に変わっててびっくり、みたいな感じです」

「…………そ、そうなんですか」


「山茶花ちゃん、高校は大丈夫なんですか?勉強の件は抜きにしても」

「わ、私が見る限り、大丈夫です、勉強の件を抜きにしたら」


「そうなんですか……」


 こんなに険しい顔の椿さんは初めて見ます。何を言ったらいいのでしょう。おつかれの椿さんを励ます…?なんと…?これも私が子供だからうまく言葉がでないのです。多分。


「……山茶花ちゃんの事も、店長さんのことももういいかなって……だいたい、僕がいない日はお客さん自分でおつまみ持参したりしてるらしいですし……もういいかなって、一生懸命やらなくても」

「えっ」


「二、三日くらい仕事サボってもいいって話しですよ。退職とかってわけではなく……それでですね、小春さん」

「あ、はい」


「そっちの話はまだ小春さん家に了解とってないんですけど、近日中に僕、実家に帰ろうと思っていて……と言ってもその、家っぽいものは小春さんが入れるサイズではないですし、もうすでに人手……別の狐が住み着いてたりするかもしれないので、実際はそのー、実家のあたりを治めていらっしゃる妖狐の家に泊まることになるのですが」

「はい」


「特に面白くないし、行程のうち1日くらい小春さんをほっといてしまう事になってしまうのですが、一緒に里帰りにつきあってもらえないでしょうか。多分二泊三日くらいなんですけど」

「行きます」


 頭の理解がついて行かないのですが、これは、初めての旅行ですよね、ふたりきりで。しかも椿さんのご実家。


 「よかった、あの、その、もう大丈夫なので、安心して一緒の部屋で寝れますからね!」


 力強い笑顔に釈然としないものを感じている私のこれはきっと間違いなのです。そうです。

 だって椿さんうれしそうですから。間違ってるのは私です。

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