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反転

 妖狐の中での基準はわからないけど、その昔ブイブイいわせた人間だったボクから見れば、椿くんはちゃんとした成人だ。


 上京してきたころはキラキラした目で何事にも一生懸命で、神様(きゃく)からの無茶振りも一生懸命こなし、からかいを真に受けて毎日頑張っていた。


 かつて一生懸命やらないとできなかったすべてのことは、特に気負わず難なくこなせるようになり、その状態に甘んじる事もなく、しかし変に力を入れる訳でもなく淡々と、新しいメニューを開発したり、作業効率の更なる追及をしていたり、実際の店長より店に貢献している。


 ま、麗ちゃんより動くのは昔からだけど。


 客あしらいも上手になった。


 神様への敬意は忘れないけど、相手の気分を害さない程度に少し軽口をたたいてみたり。

 毎日祀られて当たり前の神様には、そのフランクな接し方が新鮮でうれしかったりするものさ。


 そんな椿くんだけど、たまにやらかすこともある。


 普段うまく受け流す挑発(からかい)をたまにね、真っ向から行っちゃうんだよね。

 海千山千の神様たちはその隙を見逃さないから、あっという間に畳みかけられて、してやられちゃうんだよね。


 今日は、何年かぶりにしてやられちゃった訳なんだよね。


 ボクの視線の先には椿くんがいるんだけど。いつも通りの椿くんではない。


 いつもより毛色が暗い栗色の髪は長く伸ばされて波打っているし、瞳も髪と同色なんだけどなんか緑がかってる、肌もいつもより白い。顔もいつもと違う。


「椿ちゃん、お代わり」

「……はい、ただいま」


 声もね、高い。

 本人は思い切り愛想悪いつもりの返事なんだけど、高い。でも背はいつもより低い。

 着ている制服はいつもの椿くんのものだけど、えらくだぶついている。


 いつもと違う椿くんのことを、椿くんを知らない男が見たら十人が十人「きれいな女の人」というだろう。


 挑発に、乗っちゃったんだよ。


 山茶花ちゃんが言ってた、椿くんが超イケメンに化けられるって話から、他のお客さんとやってみろ、嫌だ、他に何ができるって話になって、そんなにやりたがらないってことは実は見栄張ってるんでしょ?からの。


「だから出来るって言ってるじゃないですか」


 からの。


「ほら、どっからどう見ても別人ですけど、僕ですから!」


 って、誇らしげに今の姿に化けて現れたんだよね。椿くん……。


 挑発した連中の「参った」とか「すまんかった」とかそういう言葉、期待してたんだろうけどさ。


 違ったんだよ。


 予想を大きく超えて上手に化けちゃったもんだから、お客さん全員メロメロのデレデレになっちゃったんだよね……。


 次々に投げかけられる賛辞と熱視線にたじろいだ椿くんは元に戻ろうとしたんだけど、麗ちゃんが「今日一日、そのままでおれ。おもしろいから」という店長命令を出した結果が、今だね。


 かれこれ2時間くらい椿ちゃんのままでいるんだけど、まだ止まないんだよね。熱視線と賛辞。

 むしろ増しつつある。


 とうの椿くんはとても嫌そうに、この2時間耐え過ごしている。


 中身が男なんだから男に(しかも大半がおっさんな見た目である)に、でれでれされても何もうれしくないのは当たり前。


 くわえて不機嫌にならざるを得ない理由をボクはもう一つ知っている。


 椿くんは女の人に化けようとすると一つのタイプにしか化けられないらしいんだけど、それが椿くんのお母さんが人間に化けた姿にそっくりらしい。


 椿くんのお母さん方は代々似たような美人さんで、人里に出るたびに村人にかどわかされそうになったり、しつこく求婚されて付きまとわれたり大変なので代々山に引きこもって暮らしていたらしい。そういう美人さんなのだ。


 椿くんのお母さんは椿くんが男の子で心底ほっとしたらしいが、都会にやりたがらなかった理由もその辺が関係しているらしい。


 その話をした時にちょっと化けて見せてよと頼んだものの、嫌がられたのでその時はそれでおしまいだったのだが、今、その話がとてもよく納得できる。


 なんというか、美人さんなんだけど、美人度合いで言えば麗ちゃんの方が美人なんだけど、男心をくすぐるというか……今嫌々言ってる拒絶の態度すら、何か「いやよいやよも好きのうち」なんだなって勘違いして受け取ってしまいそうな、そういう雰囲気を持っている。本人が心底むかむかしているのはわかっているのも関わらず。


 なんなんだろう。これ。不思議な魅力を持っているな。魔性とかとはまた違うんだよね。見るからに清純派だし。椿くんなのに。


「どうもー」


 あー、山茶花ちゃんのほうが美人なんだけど、やっぱり椿くんの方が……艶っぽいとはまた違うんだよねえ。この椿くんの魅力を的確に表現する言葉がボクには思いつかないや。


「え、誰……」


 あれ、山茶花ちゃんがいる。


「ほんとだ、椿は?」

「……………」


 小手毬ちゃんも、小春ちゃんもいる…………。


 …………あっ。


 ここでバッと椿くんを見るとなんかいけないような気がするので、ボクは笑みを作り、挨拶をした方がいいのでそうする。


「やあ、美人さんがおそろいで。今日世界美人デーかなんかだっけ?」

「あ、はーい」


 焦ってなんかおかしなことを口走ってしまったんだけど、特に聞きとがめられることなく流された。


 それもそれでひどくない?山茶花ちゃん。

 説教くさいおじさんにはなりたくないから黙るけどさ。


 三人の視線はだいたい同じところに向かっているので、ボクは「うん?三人ともどこ観てるの?」という表情を作って、三人は知らない女性(ひと)だと思っているけど、実際は椿くんな椿くんの方を向く。


「………………」


 椿くんは優しく微笑んでいるが、微笑んでいるだけでいらっしゃいませ、はおろか、うんともすんとも言わない。


 どんな気持ちなのだろうか。


 どこからどう見ても完全に女性な状態だけど、女装しておニャン子クラブの歌でも熱唱している様を彼女に見られた、みたいな気まずい気持ちなのかな。

 小春ちゃんも小春ちゃんで、彼氏に女装癖(?)があると知ったらショックかな。


「……なんじゃ、妹、今日お前さん、休みじゃぞ?」

「知ってますそんくらい」

「その口の利き方どうなの山茶花……あの、ちょっと家を出る必要があって。貸し切りとかなら別のお店行きます」


「まあ、別にええけど」


 麗ちゃん、ナイス助け舟!と思ったが違った。いやしかし、このまま返したら椿くんが後で問い詰められて面倒くさい事になるかもしれないから悪手でもないのか……なあ。


 三人はちらちらと椿くんを気にしながらも、麗ちゃん側のカウンター席に着いた。

 その間椿くんは笑みを崩さずしかしうんともすんともいわずに、やりかけの作業を再開した。


「……椿は終日使いに出しておる。これはまにあわせのいなばじゃ」

「は、はじめまして、いらっしゃいませ」


 麗ちゃんが入れたフォローに椿くんが上手く乗った。

 ……麗ちゃん、フォローとか入れられるんだ。


「まにあわせは所詮まにあわせゆえ、店の事あんま出来ん。今日出せるつまみのメニューは椿があらかじめ仕込んでったものだけじゃ。なんだったかの?」

「……牛すじ煮込み、カレー、ミートソースドリア、焼きおにぎり、セロリの浅漬け……ですかしら。冷蔵庫に何が入ってたのか確認しないとちょっとわかりませんかもです」


「見といで」

「はい。行ってまいります。あ、あとアップルパイアイスクリーム添えは、あります。お好みでパイをあっためて、お出しします」


 今調理するもの注文されると「あれ……これ……椿くんの味なんだけど……何で」って疑惑が出ちゃうからか。


 麗ちゃんがそんなに気が回るなんて、ボクちょっと感動しちゃったよ。

 椿くんを一旦落ち着かせるために裏に行かせたのかな。

 まるで店長さんのような采配じゃないか、麗ちゃん。


 三人は店の奥に消えていく椿くんの後姿を見送っている。

 後姿もいい。本当にいいものを見ると、人は言葉を失うんだよねえ。


「……妖狐じゃないですよね。見たことない」

「……きれいな人ですね……」


 話を切り出したのは小手毬ちゃんで、その後に顔面蒼白な小春ちゃんが続いた。

 やきもちとかかな。

 まあ、本人なんだけどね。


「別に小間使い狐限定の主義とかはない。あれは……あれの本性は、企業秘密じゃ」


 椿くんだからね。


「……店長さん、もしかしてあの人……」


 むむむと眉間にしわを寄せる山茶花ちゃん。椿くんに叱られている時の表情だ。まさか。

 確かにこの三人の中でお店にいる椿くんと一案多く一緒にいるのは、たぶん、山茶花ちゃんなんだよね。

 外見に惑わされず、身のこなしなどの細かい所から、あの椿くんの正体に気付いた――?


「なんじゃ」

「……うさぎですか」


 よかったただのアホの子だった。


 いやむしろそんな昔話を知っていた所を褒めるべきなのかな。

 うさぎの耳も似合いそうだなあの椿くん。黒であってほしい。何考えてんだろボク。


「手前は人間に化ける兎は知らん。もっと言うとツナ缶でもないからの」

「ええー……じゃあなんですか」


「別に二本足で立って喋っているからと言って生き物であるとは限らんじゃろ。その辺は企業秘密じゃ、企業秘密」

「けちー」


「強制出勤にされたくなかったら余計な詮索はそこでやめとき」

「……はい!」


 麗ちゃん、ここ最近のくだを巻いているどうしようもない麗ちゃんとは別人のようだ。懐の広い神様みたいじゃないか。感動すら覚えるよ。


「椿、帰り今日遅いんですか?」

「……まだよくわからん。なんか用かの」


「ええ、まあ。とりあえず店長さん、アップルパイ3つで」


 生ビールを頼むような調子で勝手にケーキを注文した小手毬ちゃんだけど、他の二人から異論は出ない。以心伝心が出来るほど仲良くなったのかな。


「麗ちゃん、ボクもアップルパイ、よく焼きで」


 別に影響された訳じゃなくて、元から頼もうと思ってたんだもん。オーブン使うならいっぺんに注文の方がきっと都合がいいからだもんね。


 ケーキはワンホール分しか焼かないから数量限定なんだよ。

 アップルパイの日のバニラアイスは手作りなんだよ。

 椿くんは季節の果物でしかデザート作らないから、そろそろ食べ納めなんだよ。


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