合(流)コン(コン)パーリー/後編
女性の家の玄関を開けた瞬間からそんなことを喋りながら入ってくる無礼者なんて世界に一人しかいないので今更確認する事もないけれど、本日三人目の来客はうちの長兄の八汐だった。
人に化けるには目立ちすぎる、光が当たると銀に輝く白髪は粋連と違って隠す気もなく、更に今は長く伸ばされている。
「バンドやってますって言うと大体みんな毛色に関して納得するから。長い方が信憑性が増すし」なる理由だそうだわ。母様がだらしないと怒っていたわ。
母様も怒りすぎだと思うのだけれど、気持ちはわからないでもないの。
兄様の顔は山茶花ほど瓜二つではないけど母様に似ているのだもの。
自分と似たような顔の生き物が西で東で好き勝手やっていたら、適切な怒りの分量よりもやりすぎてしまう気持ちはわかるわ。自分の恥のように感じるもの。あたしが兄様と似てたら多分もう少し窘めるわ。
「顔面だけなら貴公子、動き出せば奇行しか起こさない」と、評判の(?)兄様は、絶対どこかの観光地で買ったに違いない怪しげなTシャツを着こなして、きょろきょろと部屋を見回して、一点を注視している。
「寝てたの」
「そうなんです、起きて気が付くと面倒かと思いまして」
「本当にごめんね、兄様光熱費とかちゃんと払ってるの?」
「失礼な!お兄ちゃんそんなに無法者じゃないぜー。葉子ちゃんがいる間はちゃんと約束してから遊びに行くことにしてたし!ね―知ってる?こいつの彼女の名前葉子ちゃんとかまじうける」
「言ってなかったですけど、もうその女は元なんでその話終わりで。まことにご面倒なんですが、小手毬さん、お手すきの時に兄君に今度貨幣の存在を教えてあげてもらっていいですか?光熱費代わりに寄越してくるものが文化財レベルのものばっかりで、試しに古物商に売りに行ってみたら盗掘屋の疑いをかけられて大変でした」
「てへっ☆」
「もしかしてそれかわいいと思ってやってるんですか?」
「素直になりなよーれんれんーほらー身体は正直だぜー」
「素直になると悪口雑言しか出てこないので遠慮します。触るとバカがうつりそうなんでやめてもらえますか」
どうも兄様は粋連がお気に入りらしい。
粋連は適当にあしらっているが、この適当さも好ましいようで、彼の家に入り浸っている。
遊びに来ておいて勝手に粋連の部屋で寝ていたのだろう。
「あいつんちの布団、すごい」って言ってたからベッドで勝手に寝ていたのだろう。
自由すぎるけど、もうずっとそういう人なのでその点については放置で。
粋連の家で勝手に寝ている兄様が目覚めて、うちから漏れている話声から隣の部屋に小春ちゃんがいるという事に気づいたらまずいと粋連は考え、うちの窓を閉めに来たんだと思う。
一般人には兄様は面倒くさすぎるんだもの。うちの兄様。
その心遣いは目覚めた兄様がここに来たことにより思った通りとは言わないが、まあまだギリセーフで最悪の事態は回避している。
兄様の視線の先にはレースの塊がある。
遮光カーテン一枚の窓だと味気ないからレースカーテン縫おう、と思い立って西日暮里で買って端始末をまったくしていない、いずれレースのカーテンになる布である。カーテン用なので当然大きい。人の上半身が隠れるくらいには。
レースの中身は小春ちゃんである。
兄様が入って来た瞬間に、押し入れの奥にあったなりかけのカーテンを術で引っ張り出してかぶせて、それがずれないように山茶花が小春ちゃんに抱き着いて固定している状態である。
なぜそんな事をしたかというと、兄様はきれいでかわいくてやさしいものが好きなのである。
それらが嫌いな人はそうそういないのだが、大抵の人が距離感とか気にするのにぐぐっと距離を詰めるから。
普通ならキモイってされるところであるが、顔が綺麗な分許されてしまうので本人は反省する機会がなかなかない。
べつに小春ちゃんをかわいいきれいやさしいと認識したところで略奪をしたりしようとはしないだろうが、デートについてくくらいはやりかねない兄である。
椿のことも好きだし、よかれと思って二人に突飛なお祝いの品を送りつけたりもしそうだし。
「おや、そのかわいい膝小僧のおばけちゃんはどこの子ぎつねちゃんかな」
「……椿の彼女の小春ちゃんです、兄様」
「は、初めまして、日向小春です……あの……この布は……?」
「深く考えないで、そのままで」
「あ、ちなみに一番上の兄様ね」
「あ、はい、あ、うん、ありがと、山茶花ちゃん」
えーと……しまったわ。言わなきゃよかった。そして棚から布を出すのではなく、小春ちゃんを棚に仕舞うべきだったわ。しくじった。
ここから兄様に小春ちゃんへの興味をなくさせながら部屋から追い出すってどうしたらいいのかしら……。とりあえず兄様の様子を伺おうと、顔色を観察するために視線を移動したところ、なぜか顔色が悪く、瞳を潤ませながら口元を両手で覆っていた。
「え……お兄ちゃん、聞いてないんだけど……?」
「あ、そう」
「ええー……最近付き合い悪いと思ったら……い、いつから……」
「去年の冬の初めくらいですよ」
「やだ、気持ち悪い」
「ほんとに、粋連、超気持ち悪い」
「……そうね、さすがに気持ち悪いわ」
「小手毬さん!?」
兄様が問うたからといって、完全なる部外者が即答したら気持ち悪がられるのは当たり前だと思うの。なんで心外みたいな顔しているのかしら、粋連。
人間の中で上手くやれているのかしら。
「ええー……だって、年末会ったし、電話とかしてるし……ええー……」
まあ、仲が悪い訳じゃないんだけど、皐月兄様は自己完結してて、ふらふらしてるからあまりかわいい弟っぽくないのよね。多分。
むしろ皐月兄様のほうがどちらかと言えばしっかりものだから子分っぽい扱いが出来ないっていうか……
確かに椿の事かわいがっていたような感じはあるけど、そんなにショックなもの……?
「お店の電話番号が変わったよって報告しかもらってない」
「それ引っ越したからですよ、多分」
「粋連」
「ええー……引っ越しって何」
「…………」
やっぱり椿も言えば兄様に邪魔されるだろうな、という確信があったのかしら。
……身内として申し訳ないわ。
「だってれんれんだって彼女出来たら教えてくれるのに……」
「気に入らないでもらえますか、その呼び方。言わないとアポなしで来るからですよ」
「あっ、兄様って、そういう気、つかえるんだ……」
「ザンカちゃんはもうちょっと自分のお兄様が素敵だって気づいてくれる?」
「その呼び方やめてっていってるでしょ」
「こてっちゃーん!ねえ、ほら、お兄様いじめられてるー!」
あたしもその呼び方やめてほしいんだけど、収集つかなくなるので無視だわ。
「で、なんでわたしに隠されてるの……その小春ちゃん」
そうよね。どうしようかしら。本当に失敗したわ。
兄様を見て格好良すぎて、小春ちゃんが兄様の事を好きになっちゃったら椿がかわいそうだからってことにすると――――さっきの椿が兄様に恋人出来ましたって報告を兄様にしなかった件と辻褄が合うわ。で、兄様を粋連に引き留めてもらっている間に、この件について椿に根回しをするのよ。
あと小春ちゃんが不安がってることをちょっと耳に入れといたほうがいいかしら。でばがめかしら。
とりあえず、兄様に自重させるところまで行こう。
「こいつら倦怠期らしいですよ。それで相談に」
「へえ、なんかイベントがひととおり終わって、もういいかなっていう、あの倦怠期」
粋連―――――――――!!!
でもここで必死こいて否定すると、逆に本当だと小春ちゃんに誤解されてしまうかもしれないし……
「そうそう、ほら、この状態でもわかるじゃないですか、あいつの好みとちょっと違うでしょ」
「確かに、いつもはもっとモデルさんみたいな背の高いしゅっとしたさっぱり系美人のお姉さんをおもち――――」
顔面蒼白から徐々に調子が戻って来た兄様と目が合う。
兄様は困ったちゃんだけど自分が困ったちゃんである自覚はあって、間違った時にはちゃんと謝るし、一応回避をしようって姿勢はあるのよ。
――――あるわよね?
と視線だけで語りかけたところ、兄様のにやつきがわざとらしく凍り付いた。
自分の発言が、恋人の態度の変化が気になって相談に来た女の子の前で口にしていいことではないことに今気づいたらしい。
「おも、おも、手作りのおもちなどでもてなしてたもんね!手を変え品を変えさまざまなアレンジのやつで!あいつわかりやすい!」
「ああ、雌を手に入れるために貢いだりするやつですね。自然界でも人間界でもよくある」
「そう、普通、ほら、ブランドバッグとかで釣るのにおもち、うけるよねー!」
粋連のアシストでかなり苦しいけどなんとかなったわ。あとは兄様がこの場から空気読んで退散してくれればいいんだけどそこまで読めるかしら、空気。
漢文とかすらすら読めるのになんで読めないのかしら、空気。
「………背の高い……しゅっとした……」
折り重なる繊細なレースの隙間から呻きのようなつぶやきが漏れ出だしたのをあたしは聞き逃さなかった。罪悪感がすごいから聞き流したかった。
小春ちゃんは普通の身長くらいで、華奢だけどしゅっとはしてないけど、そんなこの世の終わりの場面に遭遇したおじいちゃんみたいな、かっさかさの声で絶望しなくていいのよ。
「ほらな、吉崎君にしておけ。身の丈に合う」
どんだけ吉崎君推しなの。粋連が金銭で懐柔されるとは思わないので実際いい子なんだろうけど、粋連ちょっとしつこいわ。
「話がよくわかんないけれど、椿がダメでも男は星の数ほどいるから!ドンマイ小春ちゃん、ただ女子は手当たり次第に男と付き合うと大変らしいよ。ちゃんと吟味しないといけないけど、吟味も直接会うのは危険だから、それとなく探ってから会うんだよ!」
「直接会わずに吟味って何ですか、文通ですか平安時代ですか」
「ノンノン、粋連ほんとに現代っ子ォ?電話という文明利器を知らない感じい?現代には恋愛したい男女がかけると違う性別の相手に繋がる不思議な電話っていうのがあってだねえ、なんか色々話して気が合うかもってなったら、実際デートするんだよ!でもその状態で相手の顔とか実際の雰囲気とかわからないじゃん!だから、待ち合わせに遅刻してるふりして、ちょっと遠くから相手の様子を伺って、好みじゃなかったら帰ればいいのさ」
「何それそんなの聞いたことない、ほんとにあるの?」
「あるよザンカちゃん。兄様嘘ついたことないじゃないか!なんていったな……なんか、いくつもその場所は存在するらしいんだけど、総称がカラオケみたいな感じで―――えーと、そう!テレクいたいいたい、何れんれん、首しまってる、そんなとこつかんだら襟元うわうわになっちゃうじゃないか!買ったばっかりなんだよこのTシャツ!」
「よくそんなダッサイ服売ってましたね、どこの闇市で買ったんですか。それはどうでもいいですけど、身内とはいえ年頃のお嬢さんの前で口にする言葉ですか、それが、どっちもお嬢さんってガラじゃないですけど。本当にバカじゃないですか?」
いけない、うっかり兄様のろくでもない話を聞いてしまったわ。無駄に喋るのが上手いのよね。
粋連、止めてくれてありがとう。ほぼ言ってしまっていたけど。
こんなに気を使えるのにどうして椿にだけ凶悪に突っかかるのかしら。
「バカって言ったやつが一番バーカ」
「小学生ですか、小学生の方が更生する余地があるからまだましですね。とりあえず大人のつもりなら昨日勝手に使ったうちの食器を水につけとくくらいしてくださいよ、ほら、さあ、今すぐ」
「あ、はい、その件はすいません、今する今する」
「……お騒がせしました。とりあえずこれ引き取ります」
「あ、うん、ごめん粋連」
「皿洗ったらまた遊びに来るねーーー!小春ちゃんの相談にお兄さんが力になってあげよう!お兄さん、椿とはよく夜遊びしたな痛い痛い粋連、兄様裸足、靴そこ、まだ履いてないの」
「やかましい」
「あっ、もしかしてれんれんが椿の事嫌いなのって嫉妬!?お兄ちゃんを取られたみたいな感じ!?」
「……荒事特化の力があったらあんたのこと簀巻きにして封印してやるのに」
「あっはっは、無理無理痛い痛い小指ねじりあげるの痛い、お前そういう陰湿な所あるよね、だから葉子ちゃんにふられ――――――」
粋連に引っ張られて退室していった兄様の高らかで朗らかな声が唐突に途切れたのは結界的なものが使われたから、だと思う。
いつも通り嵐のようにやってきたけど、いつもより被害少なめに帰って行ったわ。粋連のおかげね。
台風一過のようになんとなくすっきり―――――
「背の高い、しゅっとした……」
問題は何も解決していないのだったわ・
「山茶花、ごめん、もう出してあげて」
「あ、うん……」
白いレースは花嫁さんのベールみたいだわ。中から現れたのは余りにも昏い瞳の女の子だったけど。
このままの小春ちゃんと椿を無人島にでも流せばなんか喧嘩したり仲直りしたりで、解決するんじゃないかしらとか乱暴な事を思いついたけれど、人道的にアウトだわ。小春ちゃんの春休みももうすぐ終わってしまうことだし。
うーんどうしたもんかしら。