営業日誌 2018/7/28 ④
「そもそもなんでそんなに自信満々なんじゃ。最近の女は顔と金とコミュ力揃ってないと落とせないからの。お前さん面食いなところは変わってないんじゃろ。勝てん。顔と金はともかくコミュ力致命的じゃ」
「俺だって身の程くらいは知っています。策もありますし」
夏至までの根拠はなんなのか多少気になったが話の腰を追ってでも聞きたいという訳ではない。珍しくもっともらしい事を言っているような神共からの追随をものともせずに、妖狐は断言した。
神共はだんまりである。
俺が聞くターンということなのだろうか。
「……策ってなんだ」
「俺人間に何通りも化けられるので、失敗しても手を変え顔を変え何度でもアプローチできるっているか。こういうのなんて言うんでしたっけ……ト……ト」
「タイムリープかの」
「この場合は違ううんじゃないかな。強くてニューゲーム?」
「トライアンドエラーか」
「あ、それです」
「じわじわと怖いよ茉莉くん」
「あんな、女って結構鋭いからなんかよくわからない所でいきなり勘づくからやめた方がええと手前は思う」
「その何度でもは考え直した方がいい。相手につきまとったことが原因で、本来その女が出会うはずだった相手との機会をつぶしかねん」
「なんで全体的にダメが前提なんですか」
「なんじゃろ、えもしれん感じでダメそう」
ぐうわかる、という単語が頭をよぎった。
ただ根拠がない。
相手を納得させるだけの材料がないのに軽はずみに口に出すのは性に合わない。
「麗さま絶対縁結びとかと関係ない神様でしょう、黙っててください」
「茉莉くん」
「……なんですか」
「手前がダメでこの坊ちゃんがいいとか意味わからん」
「そうだねーボクのご利益全然違うしねーごめんねーでもさー茉莉くん……茉莉くんさあ…茉莉くんって、人間換算で、アラサーじゃん……?」
「……そうですけど」
「……人間世界でさ、アラサーがJDに執心してたら……そこそこ事案なんだけど……」
アラサーがもはやサーなのかでも大きく違うが、まあ積極的にモーションかけてセーフかアウトか微妙な線である。
とりあえず顔を合わせるたびに「あー、彼女ほっしー、でもBBAとかごめんだからー、JDJKとつきあいて―」などと、唱えているアラサーはアウトでいい。
こいつはどうなんだ。
妖狐の加齢は人間と同じ速度なのだろうか。出会ったときからはたちそこそこにしか見えないが、たまたま若く見えるのか。
「そんなこと言ったらここに居る全員おじいちゃんじゃないですか」
「なんていえばいいんだろう。この辺まで来るともう、どうでもいいっていうか……やけに生々しいっていうか」
「でも俺17まで修行漬けで、そのあとも色々こなしてたじゃないですか。その間年齢ノーカウントとみなしてもいいんじゃないですか?うちの全員まだあんな感じですから、家族で出かけると親子でいるのにお友達同士扱いですよ」
「年齢とか見た目の話じゃないんだよ……恋愛経験知の話って言うか……」
「割ともてますけど」
「ちゃんとかけひきとかありなの?それ……「今は修行の時期なので」とかいってすべて誘いをシャットアウトしただけなんじゃないの?それはノーカンだからね、ずけずけ聞くけど小春ちゃんとその子の間に何人なの」
「そこはずけずけしすぎじゃろ」
不本意だが同意せざるを得ない。
が、反論しないあたり妖狐にも探られていたいところがあるのだろう。どうでもいいが小春ちゃんとやらに聞き覚えがあるような気がしないでもないが思い出せない。
怠惰の視線を受けて、闇医者は重いため息をついた。
さっき頼んだ紅茶梅酒をもったいつけてのんで、これ見よがしなため息をつき「見てられないんだ……」とつぶやいた。
「あんなさあ、バッシングとか受けても気にしてません、って感じに事務所の人の言う事聞いてけなげにお仕事頑張ってたのにさあ、あんなことがあったとたんにパーンってなって大炎上してもウフフハッピーみたいなことになっちゃってさあ……多分炎上商法のつもりじゃなくてふっつーに幸せを外に出したかっただけなのに事務所はページヴューヒャッハーってなって焚きつけてるんだろうなっていうかみ合わなさ見てられないんだ。真面目な子がいきなりパーンってなると大抵おかしなことになってしまうもんなんだよ。原因は大抵抑圧か恋だ」
「引き合いに出してるの誰なんですかそれ」
「誰だっていいじゃないか。とにかく。恋愛初心者なきみが、年頃の女の子とスマートに知り合い距離を詰め、いい感じに持っていきいい雰囲気で遊んできれいに別れられるとか絶対無理だからね」
闇医者の事は嫌いだが、個人的な好き嫌いは別にして、性質は人懐こく、どちらかと言えば友好的である。
世の中全てを拒絶するような目で、人の希望をへし折る気満々なのは初めて目にする。
「……じゃあ、もう、これから相手の人生全部しょい込む覚悟で、化けなおしなしで、好意を伝えていくなら、いいんですかね」
「……お前さん……重いのー……」
「……まあ、頑張れば……?既読無視は、めんどくさく思われてる証だからね……」
「きどくむし、ですか」
「うん」
「……どれくらいの毒ですか。素手で触っても大丈夫ですか。トリカブトくらいまでなら耐えられます。文とかに添えられたりするんですか」
「毒性をもつ虫の類ではない」
「……妹に似ちゃったんじゃな……」
「……そんなに過激なの、好きな子……」
「意思表示はきっちりしてきそうですが」
「とりあえず携帯を買ってきたらいいんじゃないかな……ないと通じない話が多すぎる」
キドクムシ―――チャドクガの仲間にいそうでははある。
周りを見ずに好き勝手している時に遭遇すると痛い目を見る可能性が高い所は似ている。
いや、これはこじつけで何もうまい事いっていない。整っていない。
「じゃあ、まず、俺は、携帯を買って、軟弱な考えを捨て、不退転の覚悟で彼女に臨めばいいんですね」
「重い重い重い」
「携帯を買ってと彼女に臨むのあいだにもう78クッションくらいほしいんだけど、具体例を思いつけないよ」
「神様って本当に微妙に役に立たないですよね……」
「みんなを幸せにするために東奔西走して身を粉にして24時間戦ったってね、ただの便利な人で終わりだからねー」
話題の店がチェーン店になり手が届くようになるとありがたみがなくなり、客足が伸びなくなるのと同じ法則である。
俺の方が年上のため、おじさん呼ばわりは失礼だな、てつのチーズケーキの撤退が悔やまれる。
呼び捨てもいかんな。
博多まで行くのは面倒だ。通販はあるのだろうか。
「いつもそうじゃないですか……」
店内にいる神々の冷たい視線などまるで意に介さず憂鬱なため息をついた後、妖狐はアメリカンビューティーを飲み干す。
「藁にもすがりたい気持ちなんでお尋ねしますけどー……」
「あんな、ジーンズメイトに行って、バッドボーイって書いてある服を買うんじゃ」
「あのですね、俺の顔と綾野剛、どっちがモテますかね」
「うん、うん?」
「すっ飛ばしすぎました。俺、綾野剛に化けられるんですけど、そっちとこっち、より勝率の高い方で行こうかなって思うんですけど。ちなみに一致度は完璧に近いです」
「何で綾野剛……」
「格好良かったんで……あと、竹野内豊にも化けられます。こっちは姉が竹野内豊状態の俺と顔を合わせられなくて今まで聞いたことのない奇声を上げながらトイレに3時間籠城したのでお墨付きです」
「相変わらず奇行種じゃな」
「……山茶花ちゃん、竹野内豊にどんな無礼を働いた覚えがあるんだい……?」
「……いえ、ファンなんです……普通に……」
「へー」
自分から話を振っているのに、なぜこの妖狐は今嘘をついたのだ。特に興味がないから追及もしないが。
綾野剛はオルフェノクの頃からいい仕事をしていたが、若い娘からしたらもうおじさんの部類であろう。
対してこの妖狐は綾野剛と系統は違うが整った顔立ちの部類に入る。時折眼光が鋭いのが何だが、どちらかと言えば女顔、ジュノンボーイ顔。しかしなよなよした気配がないので殺劇舞荒ジュノンボーイ。
いや、おそらく殺人の経験はない。
フレンドの絵柄で繰り広げられるマガジンみたいな顔……いや、問題はそこではなかった。
「綾野剛っぽいではなく、綾野剛なのか」
「見分けはつきません」
「では、その線は完全にアウトだな」
「えっ」
「……だって本物の綾野剛に迷惑かかるじゃん……ド田舎でやるならまだしも、こんなところでやったら君のやらかしで綾野剛に文春砲が。きみが綾野剛のスケジュールを調べつくし、彼のアリバイを立証したうえで彼女とデートとかするならできなくもないけど」
「あー……人間て本当、下世話で嫌ですよね」
「あれもやだこれもやだ……もうお前さん、北海道に帰ればいいんじゃないかの?」
「麗ちゃん、顔、その顔怖い、お客さんがビビるから」
「こいつんちでこいつが一番めんどくさいのー」
「一番若輩ですから。ある意味当たり前じゃないですか?」
「とりあえずここで全て決めようとするな。絶対失敗する。人間のふりに当たって必要なものから手に入れていけ。家は待て」
「なんでですか。とりあえず必要じゃないですか?どこ住み?みたいのあるらしいじゃないですか」
「人間を装うにしても学生か社会人か、勤め先や通学がどこなのかという設定を詰めてからだではないと破綻する。信憑性のある設定かつ、目当ての女の行動範囲に行きやすい路線でなくてはいかん」
「俺普段も全然飛行機電車使わないんで大丈夫です」
「……何移動なんじゃ?」
「歩く、走る、時間がない時は跳びます。ちゃんと姿は消してますよ」
「女と出かける事になったらどうするんだ。あと、独り暮らしの部屋に遊びに行きたいと話を振られた時に通われにくい場所だと面倒だ」
「そういえばそうですね」
「あのね、期待もたせないであげて、なんか駄目な気がするから」
そう言われると負けている方に賭けたくなる……という訳でもないが、人間のふりをして日々を過ごすことに関してはここに居る誰よりも俺がうわてである。
「……こいつの相談の本題である色恋沙汰には参考意見はやれんので、尻尾を出さずに人間やれる方法くらいは指南しているだけだ」
「よろしくお願いします。そういえば俺免許持ってないんですけど必要ですか」
「都内別にいらんだろ」
「まあ、そうなんですけど……そういえば今度ランエボに乗せてください」
「……別に……かまわんが……」
情報漏洩が目に余る。近々規律を正し必要とあらば粛清も行おうと決意する。
「……むしろ今行くか」
「いいんですか?」
「そろそろ走らせないといけない時期でな。夕飯食ったか?」
「まだです」
「好きな食いもんあったら聞く」
「ラーメンとか好きです」
「……店は道すがら決めるんでいいか。早く閉まってる店も多いだろう」
「はい!」
「待て待て待て待て」
「何だ」
「お前さんは、今日は、店番!何サボって出て行こうとしてるんじゃ!」
鬼気迫る様子の美人であるが特に凄みなどはない。あるのはあほみだけである。雑味もある。
「いいか、あほんだら。お前は外ではどんなことをしているのか知らんが、ここに居る間は店員である。店員は自分の持つ知識と技術を駆使し、客をいい気分にして返すのが仕事だが、今日俺はお前のそんな姿を一度たりとも見ていない。とくにこの子狐に対する態度は何だ」
「…………」
「もてなすどころか落とし、落とし、あまつさえ全然関係ない更なる子狐時代の恥ずかし思い出を引っ張り出してからかうなど言語道断だ。親戚のいやなおじさんか貴様は」
「見てわかる失敗ルートなのが悪いじゃろ!」
「そう思うなら遠回しにあきらめる方法に誘導させるなり、相手に迷惑をかけないように導くなりしてやるべきではないか……?」
どこからも野次が飛んでこない事から、俺の主張は正当なものとして認識されたようだ。だが別に論破して悦に浸りたい訳ではない。
「しかし、俺にも落ち度があるということは認めよう。店番を託されたのにこちらの事情によりそれをこなせない事、俺を目当てにやって来た客に希望通りの答えを用意できなかったことだ――これに関して、代案を出そうと思う」
「代案」
「今日一番もてなされていないこの子狐への詫びとして、ドライブに連れて行く事――それと、俺が店員としてろくな働きが出来ない事への客への詫びとして、パシリとして海老名SAでメロンパンを人数分買ってくる、店長は客へのリカバリーサービスのために俺が持ち場を離れる事を許可する器のでかさを示せ」
「なんでメロンパンなの」
「お前らが高速使ってここに来るとは思えんからだ。わざわざ行かんだろ」
「ま、ボク以外はそうだね。麗ちゃん、いいの?」
「……もう好きにしたらええ」
「決まりだな、メロンパン食わない、もしくは他のものがいいやつは挙手しろ―――おらんな。子狐、人数数えて覚えておけ」
「はい!確認しました!」
「行くか……とみにお前、一風変わったの店の会計システムなどはわかっているのか」
「百貨店の外商とかそういうことですか」
「………カラオケ、漫喫、電子マネー、あと呪文のような注文をさせられるコーヒーショップなどだ」
「だいたい大丈夫です、姉上がよく連れてってくれるので」
「では買い物を頼む。八重洲北のスターバックスに行って、ダークモカチップフラペチーノベンティをひとつと、お前も二時間程度保つようなもんをこれで買ってこい。場所解るか?」
「あ、大丈夫です、このカードなんですか」
「出したら会計が出来るカードだ。レジで出しとけ。使い方を学んでおけ」
「はい、あとで自分の分払いますね。あと、もし品切れだった時の第二希望教えてください」
「アイスのキャラメルマキアート、ベンティ」
「了解です、買い終わったら俺が動いて合流すればいいんですか?」
「連絡をどうやって取る」
「いえ……あの……気配を追えるので」
「はーい、茉莉、お前、その力を使っておなごの家の場所特定したじゃろ」
「してないですよ!それくらいは弁えてます!」
「……なんだ、その……八重洲口のロータリー分かるか。そこまで車を回す……買い終わって15分経って俺が現れなかったら……その、気配でもなんでも追え」
「はい、わかりました」
「では解散としよう。おい店長、この服のまま外出ていいのか」
「好きにせえ」
一連のやり取りを不機嫌そうに見ていた怠惰をからかう文言を思いついたが、火に油を注ぐこともない。必要なものがすべてそろっている事を確認し、この妙に居心地の悪いカウンターから出る。