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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺3
145/155

営業日誌 2018/7/28 ③

「2~3年くらい、人間の女性の彼氏になりたいんですけど、具体的に何が必要なんでしょう」


 闇医者の作ったアメリカンビューティーを一口飲んで、妖狐はそう言った。


「……お前、酒に弱いのか」

「父よりは強いです」


「基準を知らん」

「あ、そうか、会ったことないんでしたっけ」


「……12530円払うから、別の相談相手を探せ。ああすまん、現金の持ち合わせがなかった……お前、Amazonとか使うか?」

「酔ってないですし、結構熟考の上相談相手に選んだんで適当にあしらおうとしないでもらえますか。何ですかそのお金は」


「菓子代だ」

「あれそんなにたっかいのか!インフレじゃのー」

「もっと全然安いですよ」

「手切れ金……?」


「何をどう熟考して俺にその話を振るのか。俺の正体を知らないでただ顔面が華やかな男と認識している訳ではなかろう。というか、同族に聞け、経験者とかいるだろ、民話などでよく聞く」

「微妙なんですよ」


 妖狐は肩をすくめてため息をついた。そのまま喋り出しそうなので相槌は打たない。


「都会で暮らす妖狐の雄って、俺と同じくらいの歳かそのちょっと上っていなくて。がーっと開いておじさんしかいないんですよ。おじさんたちも人間の女子と付き合ったりしたこともあるらしいんですけど、ほぼ全員説教じみたアドバイスがなんか古そうで絶対役に立たない気がして」

「その理屈で言うとお前さんちの兄共はおじいさんじゃな」


「うちの兄達はいいんだか悪いんだかわかりませんが、浮世離れしてるんですよ。そのおじさんたちは本当に逆に人の世に馴染みすぎておじさんっぽさがすごいんです」

「姉ちゃん達に聞けばよかろ」


「……それも考えましたが、恥ずかしいので無理です」

「仲間内があてにならんのならこいつらだろう。子供のころから縁があるようだからお前の性格もわかっている。そして腐っても神だ」

「そーじゃそーじゃ」

「いや、逆に気恥ずかしいんじゃない……?」


「麗さまは普通の女性とはおそらくかけ離れすぎですし、センセイも浮世離れしているじゃないですか。人間の世界で生活しているとは言い難い。俺が助言を欲しい相手は人間社会に馴染み、かつ好意的に受け入れられていて、更に若い女性にもててそうな人なので」


「――言わんとすることはわからんでもないが、女の扱いに対しては適任がいるだろうに」

「……不特定多数と面白おかしくちゃらちゃらしたい訳ではなく、その、一人を……!なんていえばいいんでしょう、幸せにっていうか……」


 事情がまったく見えない。まともな常識を持っていたらまず俺には相談しない。

 恋は盲目と言うが、頭がおかしすぎる。


「こいつ馴染んでるか?思い切り目立つじゃろ」

「姿かたちではなくて、内面の話です。だって住んでるマンションの理事長までお勤めになったそうじゃないですか。世が世なら村長(むらおさ)みたいなものですよね」

「うわあ麗ちゃん、大丈夫!?」

「痛い、コーラ変な所に入ったぶは駄目じゃお前さん、む、むらお、うはははははがほっ」


「…………」


 あいつらにはコンプライアンスはないのか。知っている。ない。

 どういう経路を辿ってその情報が妖狐(こいつ)まで来たのか、尋ねるまでもなく手に取るようにわかる。


「何かを激しく勘違いさせられているぞ。マンション理事というのは輪番制で、おまえはこの年度、係だからな、と、入居時にあらかじめ決まっているのだ。さらにその中で、あみだ籤なりじゃんけんで決めるのであって、人望などは必要ない」


「ぶうわははは、そ、その(かお)で、あみだ、じゃんけん……!がじべ……だめじゃ手前、腹裂ける、ひっひっふーでいいんかの、闇医者」

「ああ、うん、好きにしたら」


 この無礼な神含め全員を、死んだほうがましな目に合わせようと思う。

 今すぐだと多少本人たちも身構えているだろうから、数十年後、忘れた頃に必ず陥れる。


「とにかく、人間の社会に馴染んでて、かつ、格好いい感じに生きている人じゃないと参考にならないんです!」

「ぶーぶー。手前らがダサいみたいじゃ」

「まあねえ、しょうがないんだよ麗ちゃん。」


「麗さまは兄の仲間ですし、センセイはどちらかと言えばいいお父さんなんですよ」

「ああー、意外と身持ち固いもんの、お前さん」


 図星なのだかなんだか知らんが、怠惰……そんな立派なものでもない。バカに肩を叩かれてメガネが露骨に嫌な顔をしている。

 妖狐は俺から視線を外さない。


「……俺はお前の相談の役に立てはしないのだが、期間限定なのはなんでなんだ」

「妖狐と人間が長く付き合うのって大変なんですよ……いろんな問題があって。人間の女性は若いうちは顔のいい男の人とちゃらちゃら付き合って、結婚するときは真面目で堅実な相手とするらしいじゃないですか。そこんとこ需要と供給が合致するんじゃないかって」


「わー、茉莉くんが穢れてるー」

「そんなに大変かの?」


「だって一生一緒にいるならとりあえずしばらくは人の世で暮らすのほぼ無理なんで、そうなると今のところうちの実家で両親と同居とかなんですけど厳しいでしょう」


「重いの」

「姑のパワーがありすぎて大抵のお嫁さんは耐えられないね。イビリとかじゃなくて、存在感の話ね」


「小姑も小舅もそれぞれめんどくさいしの」

「……ですよね……実家で同居の理由を説明するには妖狐であるというカミングアウトが必須ですし、途中で上手くいかなくなって別れて、腹いせにリベンジポルノ的な感じで狐の姿の俺とかインスタにあげられたらやばいんですよ。仲間内でこの毛色は俺しかいませんから……うまく人に恨まれないように別れるとか無理です」


 やはり妖狐というものは狐が本来の姿らしい。

 俺に相談という話はどこに行ったのであろうか。都合がいいので決して俺からは話は振らないが。


「えっ、リベ……なんか狐プレイとかやるんかの。まっことやらしー」

「麗ちゃん」

「ハァ……?ああ、いえ、そうじゃなくて、だって俺の第一形態が狐だって知ったら、普通人間の女性は元に戻って戻ってとしつこくせがみ、一日中俺を撫でまわし、毛並みを整えたがり、一緒に自撮りしたくなるものじゃないですか。俺が来る日は俺用にフィルムやメモリーカードを買って待ってるのが当たり前って言うか」


「お前さんの知っとる普通の人間の女性せっっっまいからの」

「素朴な疑問なんだけど、相手の子動物アレルギーじゃないの?大丈夫?あと期間限定交際の時はどうやって別れるのさ」


 俺から話は振らない。余計な火の粉をかぶることはない。


「そこは別に妖狐だって言わないつもりなので報復は恐れなくていいしアレルギーも気にしないで大丈夫ですから、心がわりなり、いきなり多額の借金を背負ったとかそんな与太話するなり、いきなりいなくなるなり……ああそうでした、部屋必要ですよね。俺間取りがよくわからないんですけどどれくらいの何を借りたらいいんでしょう」


「妖狐専用の物件あるじゃないの。お姉ちゃんたちの」

「上手く別れられなくて俺が消えた後に突撃とかされると、周りにばれるので普通の物件を借りようと思うんですよね」


「レオパレスは三時間でエアコンが切れるらしいぞ」

「それは修行の一環か何かですか」


 俺から話は振らない。余計な火の粉をかぶることはない。


「ていうか茉莉くんお金あるの」

「麗さまのおつかいの報酬、ほぼまるっと使ってないので……これでしばらく部屋借りて生活できますよね」


 妖狐はノースフェイスの地味なリュックから預金通帳を取り出し、闇医者に見せている。

 俺から話は振らない。余計な火の粉をかぶることはない。 


「なにこのえげつないお金、麗ちゃん何やらせたの」

「だっていい機会じゃから」


「ひいふう……20年くらい働かなくても余裕じゃないのかな……てか今住んでるところじゃダメなの」

「今家特にないので」

「えっ」


「狐に戻ればどこでも寝れるんで、荷物だけレンタル倉庫借りてます」


 俺から話は振らない。余計な火の粉をかぶることはない。


「へー。ワイルドだなあ。じゃあ家具とかもないの」

「ないです。女子ウケのいい家具とかあるんですかね」


「あるっちゃあるけど暮らしやすさ優先じゃない……?」

「普通の家に高い家具入れると床沈むって小僧が言っとったぞ」

「まあそれはちょっと調べるとして、家とあと何必要ですか?」


「えー」

「待て」


「はい!待ちます!」


 失敗した。黙っていればよかったのだ。


 しかし首を突っ込みたがりで世間知らずなこの神共に全部ぶん投げたらとんでもない悲劇が起きるような気がしてならない。


 人間なんて基本どうなろうといいのだが、俺のほぼあずかり知らぬことだというのに俺が関与しているというデマを流されたらたまったものではない。


「相手の年齢によっては、遊び気分のお前と付き合うせいで婚期を逃すことにもなりかねないが、ちゃんと大丈夫なのか」

「大学生……?で、確かはたち前だったような。これってもう遅いんですかね」

「ワンチャンじゃな」


「……火遊びに適した年齢ではあるが、何だ、そのだな、世の中にはそういう遊びは遊びと割り切りができんで、別れた相手を一途に思う女とかもいるわけだが、その辺見極めは出来ているのか」


 見極めが出来なくとも、相手がそういうタイプだった場合、責任を取る覚悟があるなら何も言う事はない。後は好きにするといい。


「まだ付き合ったりしてないのでそこまで測りかねるって言うか」

「友達以上恋人未満とか甘酸っぱいねえ」


「いえ、友達もまだですね」

「LINEのIDを交換した」


「いえ、それもまだ。あ、そうだ。スマホ買わないと駄目ですよね。忘れてました」


 この妖狐に二万円ほど握らせて俺は帰りたい。

 しかしその二万円を足しにして買った携帯端末から何らかの悲劇が起こると寝覚めが悪い。

 どうでもいいが、怠惰がこんなにたじろいでいるのを初めて見る。


「……その女とは……どういう関係なんだ?」

「まだ関係という関係は。顔と出没箇所と家を知ってるだけです」


「皆の者―――――――!!ストーカーじゃ!出あえ!いや出会ってない!!」


「失礼な、言葉を交わしたことくらいはあります」

「ああ惚れっぽいもんのお前さん。出会ったその日にプロポーズそして失恋」


「昔の話ほっくりかえすの年寄りの証拠ですよ。今回はその……一回だけ会って、ちょっと手助けしたことがあるんですけど、何年かぶりにちょくちょく見かけるようになって、頭から離れなくて、ああ好きなんだなって。妖狐の間では昔から夏至まで好きだったらその恋は本物って格言がありまして」


「なんだろう、二十年前くらいに聞いた覚えのあるワードがそこかしこに散らばってるのに、ボクは茉莉くんの幸せを願っているのに、まったく応援する気になれない。茉莉くん、これ、ボクが神様になって初めての啓示ってやつだと思う。やめときな?」

「いくらセンセイのお言葉でも、はいそうですかとは従えません」


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