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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺3
144/155

営業日誌 2018/7/28 ⓶

 労働にはそれに見合った対価が与えられるべきである。


 さて。本来俺がこのワッフルを口にするためには駐車料金3500円、施設入場料が7400円、ワッフルの本体価格は忘れた。800円あれば足りるだろう。

 そこに+210円で追加できるバニラアイスクリームが乗っている。


 今日は空いていただろうが、道中一滴も水分補給をしなかったとは思えないので飲み物代くらい上乗せするべきであろう。

 ダークモカチップフラペチーノ、チョコチップ増量として620円。


 12530円分こいつには報いてやらねばなるまい。


 一般的に相談という物の相場はいくらなのだろうか。


 その昔相談料が電話料金に上乗せされる人生相談ダイヤルなるものが存在すると小耳に挟んだことがあるが、俺に人生相談の必要性は全くないので存在だけ知って、深追いはしなかった。


 あの時調べておくべきだった。その料金を参考にする案は没だ。


 さて、見目麗しい男が酒を提供し、客の話を聞くことを求められる場と言えばホストクラブであるが、あそこの値段設定にしてしまうと1万なんておしぼりにもならん。おそらく。

 働いたことも行ったこともないが。


 時間制で金をとるものと言えばマッサージくらいしか思いつかん。これも行ったことがないが。

 あれは10分1000円くらいだったはず。


 ほかに適当なものが思いつかないので、俺はこの妖狐の相談だか世間話だかがどんなに下らなくても2時間は黙って聞いて可能であれば親身になってやることにする。


「えー……」

「XYZはラムだ。あとその客はロックグラスで提供、レモンジュースは1.5倍」

「おおー、すごい、完ぺきだ」


「…………!」

「その半開きの口を止めろ。せめて顔くらい通常通りに戻せ。取柄はそれしかないのだから。継ぎたい二の句はわかっている。この店のマニュアルを電子化したものがあいつから送られてきたので知っているだけだ、以上」


「カンニングしとんのに何の上から目線じゃ」

「俺が今端末片手にスワイプスクロールしていての状態ならその罵りもガムシロップマシマシで甘んじて受けてやらないこともないが、見ろ、このとおり俺はフォークとナイフを使用しての飲食中だ」


「誇らしげに言える事かあああああ!うあ―――――!ほんとこいつ好かん!!」


 憤るよりも先に、今日初めてマニュアルに目を通した人間に知識で負けたことに対して恥じた方がいい。


 そう言ってやったほうがこいつの為なのはわかっているがアイスが溶けそうなので、そちらを優先しなくてはならない。

 情報が整理された実にいいマニュアルだったが、あれがあってなんでこいつはこんなにポンコツなのだろうか。


「なんというかあれだね、立ち食いでファニーな形のワッフル食べてるのに気品があって美しいってすごいね。積み重ねられたなんかそういうのなんだろうけど」

「そうですね。俺今日5人くらい王子様見かけましたけど、誰よりも貴族です」


「あーでも王子様とはまた違うよね。なんでだろうね」

「――不愛想だからだろう。現代では王子様なる存在は笑顔で優雅で親しみやすさがある、が必須要項だろう。その中では優雅しかないからな」


「そういえばそうか……ねえもしかして産まれてこの方一度も笑った事ないの」

「必要があれば演技くらい出来る」

「自宅にアメトーークのBD全巻あるってうかがったんですけど、それ見るときもそんな感じですか」

「ぶっは!」


「泡が多すぎるぞ、怠惰。7対3の分量で印がついたグラスがあるんだろう?それとちゃんと比べてから提供しろ」

「麗ちゃん、全部終わったらこっち来てお話混ざろうね」

「…………」


「――さて、なんの話だっけ。グラン」

「それ以上喋ると、俺はこの店でアメリカンビューティーを作る」


「それ脅しだよね。オーケー、わかった、かわいこちゃん、ボクは黙る」


 わざわざ洋画の吹き替え風に喋りハリウッド俳優的な目くばせを行ってくる闇医者が鬱陶しいが、深追いすると思うつぼなので無視する。


「……お前が聞きたいのはうちの映像ソフトの在庫についてなのか?」

「俺、人間の笑いがまだちょっとよくわからないので、大丈夫です」


「そうか」


 必要もないのに人の所有物を他人に勝手に教えるとはどういう躾を受けたのか。全ての躾から逃げ切った男だから仕方がない。

 妖狐の情報源と思われるやつの薄ら笑いがちらついて不愉快だ。


「あの」

「何だ」


「アメリカンビューティーは……その……技名……ですか……?」

「カクテルの名前だ……」


 妖狐の顔は真剣そのものなので、正解を教えてやる。

 いつも山崎を飲んでいる老人がこいつの頓珍漢な発言由来で視界の端でむせているが、まあ神なので死なんだろう。放っておく。


「ああそういう宝具……使えそう……でもアメリカンじゃないよねごめんごめん黙る」

「…………」


 プラスチック製にしてはあのナイフとフォークも使い勝手がいい方なのだが、やはり金属製が使いやすい。とはいえ、店でワッフルを食う時にマイフォークとナイフを持ち込んだら変人だ。

 いや、入園前のセキュリティで止められるな。


 つぎに口にできるのがいつかわからないワッフルの、最後のひと切れを飲み込んだ。

 口の中の水分を奪われたので水が飲みたいところだが、怠惰に難癖付けられそうなのでこのまま相談とやらに乗るとする。


「で、何だ」

「話の前に俺、なにか注文してもいいですか、麗さま」

「なんじゃ、カルピスソーダか」

「からかわないの。あと、正しくはカルピスぶどう濃いめだよ」


「……その、アメリカンビューティーは強いですか……」

「あーバフかけなくてもごめんはいなんでもない。一回飲んでみたらいいんじゃないかな!人生何事もチャレンジさ!」

「そうだな、人生何が話の種になるかわからんしな。店長、アメリカンビューティーだ」

「……………」


 客の中でも闇医者は、怠惰に自立を促しているほうだ。

 思惑が一致したことに気持ち悪さを感じるが、まあ、仕方ない。


 アメリカンビューティーはカクテルの中でも難易度の高い一杯だ。案の定怠惰の化身はいい色が出せない。


 最終的に闇医者がカウンターの中に手を突っ込んで、完璧なものをつくっていた。


「ボクは闇医者で、センセイで、茉莉くんを遊びつかれさせて昼寝(げきちん)させるのが得意だった

 お兄さんなんだけど、一時仕事のできるバーテンだったこともあるのさ」


 などと言いながら、ウインクをしてきた闇医者だった。

 今後この情報(含ウインク画像)が必要なことはおそらくないので、早く忘れるべきだと俺は判断した。


 あと怠惰の化身はもっと恥じろ。

 ふてくされてコーラを飲むな。


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