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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺3
142/155

スナック女狐 店締め後/後編

「なにそういうところって」


 こんなにもしょげているっぽい姉様を見るのは初めてなんだけど、何でもお見通しです、みたいな姉様の様子にどうもカチンときてしまい、つっかかってしまう。


 落ち着くのよ山茶花、めったにない事なんだから、自分の心がざわざわしていても姉に親身になるのよ。方法がよくわからないけど。


「………あのさー……タイプとかタイプじゃないとか、あるけど、人間、いやあたし人間じゃないけど、人間に準ずる……あ、人と同程度くらいの頭の良さの生き物たちは……ある程度のー……他人を尊重する姿勢があればー……実は大抵の異性とうまくやっていけると思うわけ―……」


「…………」


「意味わかんないよね。あのさー人間が食材だとするじゃない」

「う、うん、うん?」


「最初は皆、何者でもないのよ……ただのカロリーなの」

「うん」


 やっぱりお酒、まわっているんじゃないかしら。

 コンビニに買い出しに行くふりしてセンセイに電話した方がいいんじゃないかしら。

 でもセンセイの電話番号知らないわ。


「あー……あー……!」

「なに」


「ごめん、嫌なこと思い出したけど忘れたいから続けて」

「うんー」


 椿経由なら連絡がつくわ。まだあいつんちの電話番号そらで言える。

 この気持ちを表す英単語は知っている、ガッデムよ。必要がないから早く忘れたいけど今必要で、でもあまり使いたくない手なので姉様の様子を見るわ。


 神様もスーパーマンみたいに「助けて―」って言えばすぐ来てくれる感じならいいのに。

 でも店長さんが来たら困るわ。

 指名制がいいのよ。


「でさー恋とかすると、相手と駆け引きとか、意地とか、色々あって、気が付いたら二つで一つの料理になれるようになってる訳。その料理名が、多分愛ってやつなんだわ……」


 わたしの頭が悪いのか、姉様がえらいことになっているのか、何かよくわかんないわ。

 だれもそれを判断してくれない。

 わたしがやるしかないんだわ。


「なんかしっくりこないわ」


 姉様は、一応自分の言っている事を自分で採点はしているらしい。


「カロリーだけど、味の方向性は決まってて」

「うん」


「甘い味の人は甘い味とわりと惹かれ合うから、そのまま話し合いとか喧嘩してそれでも一緒にいたいってなったらお互いの一部を苺とか生クリームとか卵とかバターとかにして、意図的にとか無自覚に、いつのまにかケーキになってるのよ」

「うん」


「色々頑張ったけどパイナップルとえいひれになっちゃうとするじゃない。恋人同士が、それぞれ」

「う、うん」


「一緒にいたいと思ったら結構大変なんだけど、本人同士が気にしてなければいいのよ。納得があればいいのよ」

「うん」


「……ある程度年を重ねるとね、別に誰かと示し合わせなくても、何かになっちゃうの」


 これは目が据わっているのかしら。

 それとも遠い目ってやつなのかしら。


 どっちかわからないまなざしを時計に向け、ため息をほう、とついたあと、姉様はウエットティッシュでテーブルを拭きだした。


「そうするとね、自分はこう、って意固地になっちゃうのよ。あたしはママレードだから、サンマと同じ空間にはいられない!ってなっちゃうの。柑橘系つながりでかぼすは親戚だから案外いけるかも、とか、かぼすになっちゃおうとか、思わないのよね。実際はいつだって何にだってなれるのに、視野が狭くなって、自分はこうってなっちゃうの。それで恋愛がめんどくさくなっちゃうのよ」


「そっか」


「でもね、お姉ちゃん……まあまあに歳を重ねてるけど何者にもなってなくて、まだ小麦粉くらいだと自分では思うの……まだうどんにもケーキにもなれると思うの……」


 どうしよう。

 筆者の気持ちが全然わからない。

 書いてないからこの場合何なのかしら。口者?絶対違う。何者?

 本人からは小麦粉との自己申告があったけど、そういうことじゃないのくらいわたしにもわかるのよ。


「じゃ、じゃあめんどくさくないじゃん……恋愛……」


 ええと、普通の人は、歳を重ねるにつれ、ママレードになっちゃうから、ママレード以外のものになれないから、恋人とケーキになるのがめんどくさい……でもママレードケーキおいしい……ケーキとくっつけば……そうじゃなくて、他の同い年くらいの人と違って(?)姉様は小麦粉で、誰かと話し合ってうどんにもすいとんにもなれるから、全然大丈夫(?)ってことなんでしょ。


 モテモテなのに。

 小麦粉なのに。


「……それはそれで、誰とでもある程度はうまくやれるから、決め手に欠けるのよ……誰をどうしても角が立つじゃない……長い事こう、かわしまくっててからの相手を定めると、定めた相手へ、かわされた人からの品定めみたいのがあるらしく……そんなんにつき合わせるのも忍びなく……」


「しなさだめ」

「男同士なのにイビリが起こったりもあるらしく……」


「うわー女々しい」

「あたしのあれはそんなタイプ居ないかもしれないけどさ……」


「そんなのお茶の子さいさいみたいな人を選んだらいいじゃん」


 姉様に言い寄っている妖狐の中にも結構いると思うのだ。結局強い弱いとかそういう話よね?姉様は苦々しい顔で眉間をもみもみし始めた。


「なんかさー、それなりに歳を重ねると、自分と相手がなんなのかもわかってくるのよ。甘い系だな、とか、自分とは合わないなとか……わからない時はなんとなく探りを入れるとか、正直にわかんないですって言うとか、色々方法があるのよ。わからないことがありえない、みたいな女の人もいるけど、あたしはわかんないって言ってくれて全然いいし、楽なの」


「うん……」


「にもかかわらず、わかってないとやばい歳のやつが、自信満々に、そのひとをジャンバラヤと仮定するわ……が、俺と一緒にシュールストレミングになろう!って言ってきたら冷めるのよ」


 後楽園遊園地で僕と握手が頭に思い浮かんだけど違うわ。


「シュールスト……」


「あ、ごめん。うーん……鯖の味噌煮込みにする、家庭科の先生が、今日はジャンバラヤと小麦粉で鯖の味噌煮込み作りますって言ったら、正気を疑うでしょ?さすがにその人の面倒を生涯見たいとは思えないでしょ……あたしが鯖になれば済むだけなら合わせられるけど、自覚のないジャンバラヤをプライドを傷つけないように味噌に変えるのは難しいし、そこに全力注げるほどジャンバラヤの事、好きじゃないの……」


「全員そうなの」


「えーいや……ちょっとまともめな、あたしの事を好いてもらっているその人を熱烈に好いている女の人がいたりすると、その人以上にその男の人をあたしは大事にできるのかしらって思うと多分無理だから身を引いちゃうっていうか」


「姉様」

「うん」


「わたし、今、注文の多い料理店の話で頭がいっぱい……」


 姉様はいつも間違えない。

 だからこれ、多分間違ってないんだと思うんだけど……

 聞いてる方はめんどくさいわ。

 自分が疲れてるのを思い出した。そうだわ。


「……わかってるわよ。色々見えてきちゃうから、周りを気にしながら誰にも迷惑かけないように誰も傷つけないようにって思ってるからいけないんだってことくらい」


 そう言って、姉様は台所に向かった。

 ……怒らせたのかしら。


 姉様を怒らせたこと、ない。どうしたらいいのかしら。親身になってジャンバラヤの悪口を言えばよかったのかしら。

 そもそもジャンバラヤって何?お肉?ジャンはタレっぽい。


「――だからね、さっきの忠告に繋がるんだけど」

「姉様、そのブランデーどこから出したの」


「え、フルーツケーキ食べたいと思って仕込み用に昼間買って来たやつ。質問は以上ですか」

「はい」


 どこから取り出したかはわからないブランデーをマグカップに並々注いで姉様は「はあー」とため息をついた。

 わたしを叱る時の母様のため息と同じ長さだった。

 こんなところ似てるのね。新鮮だわ。


「恋愛は勢いと思い込みが肝心なのよね。ジェットコースターと一緒なの」

「ジェットコースター」


「ジェットコースターって、大体の奴は最初のガッガッガッガッガゴーーキャーの力で終わりまで駆け抜けるのよ」

「う、うん」


「とりあえず好きって気持ちが先行して相手の欠点とか合わない所が見えない時期に行ける所まで行くのよ。そうすると落ち着いても、あそこまで行ったんだから、こいつは運命の相手に違いないって思い込みと意地の力で、お互いになんだかんだ譲歩して生きていけるの。うちの親が多分そうだわ」


「そ、そうなの」


「うん……ああでも、これ相反してるように聞こえるかもしれないけど……キスして…まあどの段階でもいいんだけど「あ、やばい、間違えた、違う」って思ったら、それは野生の勘だからその相手はやめた方がいいわ。相手がどうこうって話じゃなくて相性の話だから。いい人だから、自分の事大事にしてくれるからとか、そういうのかなぐり捨てた方がいいわ。時間の無駄よ」


「……姉様」


「だめだわこれ、あたし酔ってるわ……」

「そんなのとっくに知ってる……」


「もーう……本当にめんどくさくて、あまりにめんどくさくて、誰かの後妻になるのが一番楽なんじゃないかなと思えてきて。そこにある型にはまる方が絶対めんどくさくない。よく人間といい仲になる人外のおとぎ話とかあるけどあれ絶対実話だわ。気持ちわかるわ。自分のコミュニティが狭すぎてその中の男とくっつきたくなかったのよ。めんどくさいから。偶然の出会いを運命って言い訳にして押しかけたんだわ。気持ちわかるわー………もう今いる周りの男全員ちょっとずつめんどくさいから嫌だ。お試しで付き合うとかできないし。もう、付き合ったら決定事項みたいなところあるじゃん。必要があってデートとかじゃない感じで一緒に出かけたりすると年増が必死とか若い小娘に陰口叩かれるしもう知るか――――――!!!用事があったからで、茉莉がひと段落したから婿を探しに都会に出て来たんじゃないわ―――!!クソジジイがーーーーー!」


「姉様!き、近所迷惑」


 夜中だわ。

 この辺何故か閑静なのよ。

 周りの男の何割かはこの建物内にいると思うの。正確なことはわからないけど。


「いやね小手毬少年、あたしがそんなへまするわけないじゃない。飲み始めから明日の10時まで、音が漏れないように結界が張ってあります」

「タイマー式!?」


「そーよおねーちゃんすごくない?すごいのよ。なまじすごいのがいけないのよね」


 ブランデーって度数いくつだったかしら。

 何に使うんだったかしら。

「甘っ」って言ってるけどこの酒精、姉が飲んでいるあれはビールよりは確実にきつい。


「なんかー……お姉ちゃんも、誰かに頼りたいなとか、肩を貸してほしいなって思うことがない訳じゃないんだけど、1年に5分くらいでいいのよね、ものの例えね……なのに、もっと寄っかかれ!って迫られるといや寄っかかる姿勢でずっといるのもしんどいし……ってしてると「俺は必要ないんですねーあーあーわかりました」みたいなしょげ方されるし……かといって全力で寄っかかってくる男を甘やかしてあげられるほど自分の器が広くないことも自覚しており……などと供述しており」


「……それ、その相手誰なの」

「さすがにそこまで口は軽くなってない……全力で寄っかかってくる方があんたに近寄ってきたらそれとなく教えるわ」


 姉様は結構俊敏に床をはいつくばってテレビの電源をつけて、結構俊敏にテーブルに帰って来た。リモコンはテーブルの上にあったのだけれど。


「もう竹野内でいいかな……さすがにどこからも文句来ないでしょ」

「えー緊張するからやだ」


「母様も好きなのよね……父様やきもち妬くからだめね」

「茉莉もまだ尻尾出しそうだしねえ」


「というか兄様よね……」

「そうね、兄様がいる以上、一般の方との結婚は無理ね」


「めんどくさーい。ね、めんどくさいのよ。だからあんたが反町と結婚するのも無理よ」

「そっかーめんどくさいなー」

「そーなのめんどくさいのよー」


 ※※※※※※


 姉様のめんどくさい論に結局夜中の2時くらいまで付き合わされ、わたしは昼ごろ目を覚ました。


 冷蔵庫が空っぽだったので買い出しに出かけたのだが、行く先々でなぜか同じ建物に暮らす妖狐によく出くわした。


「すごい荷物ですね」

「お客様ですか」

「荷物持ちましょうか」

「最近お姉さん、僕の事なんか言ってませんでした?」


 バカなわたしでもわかる。

 これは多分昨日の結界のさぐりを入れられているのだ。


 最低限のルールとして日頃聞き耳を立てた事なんて彼らはないんだろうけど、わざわざ遮断されたら何が行われていると思うんだろう。


 バレバレでめんどくさかった。

 あと姉様の愚痴の宛先がこいつなのか、こいつなのかと疑わしい。聞かなきゃよかった。


 全てに生返事をして、家に帰ったら姉様は布団にくるまって寝ていた。

 顔だけ出して芋虫みたいにして寝るのがいつも通りの寝相だ。夏にタオルケットでも同じことをする。


 ちょっと間抜けなので、この姿を見ればアプローチをしてくる男の人減るんじゃないかしら。

 でも、この姉様かわいいのであまり人には見せたくない。わたしだけの、というかうちの家族の秘密である。


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