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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺3
141/155

スナック女狐 店締め後/前編

 あいつ人に化ける以外の術はからきしとか自称してるけど絶対違うと思うの。

 狐だもの。

 隠し玉の一つやひとつあってそれがそうなのよ。


「つかれた……」


 なんで開店から閉店までいるのに椿はぴんぴんしているのかしら。

 もうこの話答えが出てこないからやめるわ。


 電車を使って帰ると微妙に遠回りなのがめんどくさいわ。

 でもタクシーを使うとコンビニには寄れなかったしお金がもったいないからこれでいいのよ。

 ええ。そうよ。


 夏には程遠いけど、それでも真冬ではないのでアイスがやわらかくなっていないかが大変気になる。でも触ったらそこから溶けちゃうし。なので速足で帰るのみである。


 えーと……ああ、バニラとクッキーアンドクリームで、あってるあってる。


 店長さんが乱入してきたせいで、お店出るの遅くなっちゃったわ。

 姉様寝ちゃってるかしら。

 寝ちゃってたらまあ明日食べればいいんだけど。


 夜も遅いので到着した我が家にはそっと扉を開けてそっと入る。

 身内しか入居していない建物なんだけど、鍵はかけた方がいいと思うのよね。姉様。


「おかえり」

「……ただいま」


 部屋の電気もついていたので予想通りなのだけど、姉様は起きていた。

 寝る準備万端という格好で、本を読んでいる。

 カバーがかかっているので何の本かわからないけど。


「ひ、ひかえおろう、ハーゲンダッツです」

「ははー。冷凍庫いれ……やっぱりもらうわ。あんたも食べるの」


「あ、スプーン貰って来たよー?」

「あ、いや、あたしお皿使うから。使う?」


 お皿洗うのめんどくさいらしく、事あるごとに実家では見たことのないダイナミック手抜きをする姉様なのにどうしたのかしら。


「大丈夫」

「買ってきてもらってなんだけど、先食べてていいわよー」


「うんー」


 ハーゲンダッツはプリンと違って器からきれいにはがれないので、お皿に移す必要性を感じない。

 サーティーワンだったらわかるけど。


 バニラのカップをもって台所に消えて行った姉様も気になるけど、買ってからそこそこの時間が経っているクッキーアンドクリームはもっと気になるので、外蓋中蓋をはずして、アイスの攻略にかかる。

 クッキーアンドクリームはごろっと入っているのがいいわ。

 あたりがあるって感じで。


 疲労と甘味をかみしめ……どちらかというとなめ溶かしていると、そうめんのおつゆの入れ物にアイスを入れて姉様が台所から帰って来た。うすめためんつゆっぽい薄茶色の液体が入ったコップも持っている。


「それ、なに?」

「ウイスキー」


「かけるの?」

「そう」


 そう言って座卓についた姉はウイスキーの三分の一くらいをバニラアイスの器に流しいれ、その流れでアイスを口に入れた。しばらくしてしみじみと言った様子でため息をつく。


「禁断だわ」

「おいしいの」


「まずかったらやらないけど」

「ひとくちほしい」


「やだ」


 あまり褒められた提案ではなかったが、拒まれる事はめったにない。そんなにおいしいのだろうか。


「いいもん勝手にやるから」

「ウイスキーもうこれで最後」


「いいもん、なんか、別の」


 そう。カルーアとかいいんじゃないかしら。コーヒー味と、ココア味のクッキーに、バニラアイス。


 完璧なんじゃないかしら。味の予想図は完璧よ。

 だってわたしバーテンさんだもの。ふふふ。


 入れすぎるとあれだからわたしも別のグラスにお酒を入れなくちゃと考えながら、お酒の倉庫と化しているキッチンの洗面台の下の扉を開けたところ、目当ての瓶はなかった。


 というかお酒の倉庫にお酒は一つとしてなかった。


「あ、ごめん、ない」

「あ、うん。うん」


 私の記憶が確かならば、昨日、ここにはお酒がまだたくさんあった。

 泡盛二種類、紫蘇焼酎、ウイスキー、なんか色々苦いのがたくさん。


 ひとつ残らずない。


「……悪くなったりしてたの?」

「いや、飲んだ」


「え?あれ全部?」


 驚きで挙動不審になったわたしは、台所の隅に無数の空き瓶が入ったごみ袋を見つけた。


「ビールは昨日父様が飲んだのよ」

「それ引いても……ええー……姉様、急性アルコール中毒とか大丈夫……?」


「ちょっと飲みすぎた」

「えっ、大丈夫なの!?」


 台所を覗きに来たわたしを覗きに来た姉様の足取りも口調もしっかりしているように思えるが自己申告がそうであるのだから、ええっと、病院でいいのかしら。

 保険証とか姉様持ってるのかしら、あ、センセイが医術の心得あるって言ってた気がするわ!


「あ、からだは平気。なんつーか飲みすぎるとへろへろになって、それを超えるとスッと冷めるのよね。酔ってるんだけど違うとこ冷めるっていうか」

「へえ」


「あ、アイスアイス」


 うんうん頷きながら姉様は居間へ戻って行った。私もアイスアイス。

 ほぼ同時に座卓について、同時にアイスを食べ始めた。半分ほど食べたが姉様は無言だ。


 何か話を振るべきなのかしら。


 姉様は寡黙ではないけれど常時おしゃべりなタイプではない。そうだわ。わたしにひとくちもあげたくないくらいおいしいアイスを堪能しているんだもの。


 その時間を邪魔するのは野暮ってものだわ。ええそうきっとそう。

 かき氷はキーンとなるのに、アイスはあまりキーンとならないのはなぜなのかしら。

 なぜなのかしら。

 うーん。


 誰に聞けばいいのかしら。


 センセイかしら。そうよね医術の心得あるって言ってたもの。でもセンセイに何かを尋ねると余計な抗議まで始めてくれちゃうからそれはそれでめんどくさいのよ。

 さすがお年寄りのセンセイだけあるわ。


 母様と同い年くらいって言ってたもの……


 自分の母親が神様と同い年ってよくよく考えるとすごいわ。


 意味が解らないわ。


 それくらいの時代の国宝とか、色あせていたりするのに母様はシミも皺もなくてすごいわ。

 ひかたばあやなんてもうばあやにしか化けられないらしいのに。


 母様もそんな日が来るのかしら。

 そうなったら気落ちするかしら。


 口うるさいけれどいたわってあげないといけないわ。

 どうしたらいいのかしら。

 ドモホルンリンクルかしら。


「山茶花さ―」

「ひゃあに、お姉ちゃん」


「あんたさー、多分男の趣味の方向性は間違ってないから、彼氏できたらとりあえずもめても頑張った方がいいわ、多分」

「は?意味わかんない。完全に間違えてたのよ、わたし。人生で一番の汚点だわ」


「あんた椿の話題になると逆毛立てるけど、先になんかしたんでしょ」

「――――――!」


「あ、ごめん、今の何でもない。忘れて。ごめん」


 あからさまにしくじったと内心思っているっぽい姉様は、一通りの発言をなかった事にしたいらしい。

 もうほとんど残っていないアイスを器から一滴残らず掬い上げるために集中してます、って感じでスプーンを動かしている。


「………………」


 姉様はいつも正しい。

 それはいつも正解が解っているってだけじゃなくて、一番ものごとが丸く、いい方に収まるにはどうしたらいいかを知っているんだっていうのが最近わかって来た。


 同じ勉強しなさい、なのに母様に言われると反発したくなって、姉様に言われると頑張ろうかなって思えるのはそういう所のせいなのよ。


「………………」


 わかってる。

 姉様の言う通りわたしが仕掛けたのがいけなかったんだから。

 でもそれに関する逆恨みって訳じゃなくて。

 本当に「あいつない」から言ってるのに。

 そこんとこ姉様はわかってない。

 そうよだいたい姉様だって。


「……うそつき」


「何が」

「めっっっっちゃもててるくせに、なんで父様に嘘ついたの」


「………」


 この建物にいる男性陣に会うたび会うたび「今日、小手毬さん、家にいる?」的な探りを入れられるのに。

 痛い所を突かれたからなのか、姉様は苦々しい顔をわたしに向ける。


「……山茶花、あんたさあ」

「なによ」


「狸寝入りする時、瞼に力入れるのやめた方がいいわよ。熟睡しているあんたって若干白目のひとだから」

「えっ、やだ恥ずかしいってああ―――――――!!」


 その話題になった時に自分が寝たふりしてたの忘れてたわ!うかつすぎる!


「いつから起きてたのかしらないけど、そのへんで起きてこられても逆に困るわって感じだからいいわよ。別に」

「え、あ、でもごめんなさい」


「うん、もういいから、うん。あと仲間内からちょっかい出されているのは別にあたしのことが好きな訳じゃなくて、仲間内の競争みたいなもんだと思うわ。誰もうまくいかないから自分がそれを成し遂げたいみたいな」

「そうかなあ」


「ほーよ」


 スプーンをくわえたまま姉様は台所へ向かった。

 食べ終わったアイスの器を流しに持っていくのだろう。

 そのまま器を洗うかと思いきや、コップに汲んだ水をもって姉様は帰って来た。

 洗い物は絶対溜めない派なのに。


「あーあ」


 ため息をついて元の場所へ腰を下ろした姉様は、そのままいじいじとコップを動かし、コップの周りについた水滴をテーブルに擦り付け続けている。


 これはやさぐれているのかしら。


「……もうめんどくさいのよ、恋愛周りが」

「えっ、いきなり何言ってんの」


「もうさー……だってうちで一番結婚の可能性があるのあたしじゃん……上二人もう何か劇的な事件がないと無理でしょ……」

「それはそうだけど」


「父様意外と気にしてるんだなって思って……孫とか憧れてるのかしらやっぱり……」


「えええ、でも、そんな、父様のために、姉様が無理をする必要は全ッ然なくて、好きになった人とそのーあのー……!!」

 姉様は小さくため息をついて「そういうところなのよねえ」と呟いた。

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