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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺3
136/155

営業日誌 2017/10/22

本編の流れをぶった切ったわりにあまり関係のない話です。

大変申し訳ない。

リアタイで何をしているのかというのを一度書いてみたかった、それだけの話。

 店は今、暇なのである。


 理由は明確、今夜から明日にかけて本土に台風が上陸しているからである。

 客のほとんどは天候なぞ来店の妨げにならないような者共のくせに、雨とか雪の日は来店を自粛するのである。意味が解らないのである。


 という訳で店には客なんていないに等しい状態なのに、おれが出勤を強要されていることも理解できないのである。


 普通の店というものは、人件費を抑えるために、暇な日はアルバイトの労働時間を削るのだという。

 今日、今現在、店の売り上げをおれの時給が上回っている。

 帰らせるべきである。


 そう打診したが一緒に店番をしているぐうたら店長こと美女は首を縦に振らない。

 暇だからといってサボるのも何なのでグラスを磨くだとか、明日の仕込みをするだとか、そういう、忙しいと出来ない雑務をしてみたが全部終わってしまったのである。


 閉店まで約4時間。長い。


 唯一の客である常連の闇医者は読書などをしながらスマホをいじっているから接客の必要はない。

 いつものペースならあと5杯くらい飲んで終了であろう。

 おれ、もういらないのである。


「なあ美女」

「皆まで言うな、暇ならグラウンド10週くらい走ってくればよかろー」


「凍え死ぬし世の中のグラウンドは使用許可がいるのであるぞ、美女」

「あーなんか急に寒くなったよねー。秋がなくなってしまったよねえ」

「べつにかまわんじゃろ、家帰ったら手前の悪口言いながら、あっためてもらえばえ……やっぱお前さんが幸せになるのはけったくそ悪い。ここで店番じゃ」


「美女は年々器が小さくなっていくが、神としてどうなのだそれは」

「これ器っていうか麗ちゃんが心を許しているからこうなんだけどね。甘えてるんだよね。ごめんね」

「うるさい眼鏡、眼鏡割って前後不覚にしてくれる」


「ごめんね麗ちゃん、これ伊達眼鏡なんだよね。知的な感じがしていい、かつ急所を護れていいなーって思ってかけ始めて辞め時がこないだけで、なくても支障がないんだー」

「小憎たらしいのーお前さんは本当に!!」


 あれである。

 今日の美女は触ってはいけない美女である。

 たまにあるのである。

 文字通り触らぬ神に祟りなしである。


 黙ってシンクの掃除でもするのである。

 水垢はアルカリ性の汚れなので酢を塗って放置するのである。


 闇医者と美女のやいのやいのを聞き流しながら、明日のデートの段取りをおさらいしておくのである。

 そうそう明日は最愛の彼女とデートなのである。


 美女が嫌がらせのようなシフトを組むから実現するのが2週間ぶりくらいのデートなのである。

 美女は人の幸せが妬ましいという神としてあるまじき存在であるが、神とはそんなもんらしいのである。

 本人が言うからそういうことにしておくのである。


「お!」


 闇医者が若干はしゃいだ様子でスマートフォンを覗き込んでいる。美女がそれを覗き込みに行って表情が険しいものへと変わる。


「おー……狙ってたの来たー……!」

「…………」


 闇医者はさっきからスマホでソーシャルゲーム的なものをしているので、クエストクリアの副産物でいいアイテムが来たんだか、アイテムを何個か溜めるとキャラなり装備なりがもらえるガチャ的なものを引いてお目当てのものが出たなりしたのだろう。それはいい。


「美女はなんでそんなに不機嫌そうなのか」


 いつもは客が何しようと別にかまわない感じなのに一体どうしたのか。


「自分が出てないから嫌なんでしょ。更に禍根のある相手がSSRで結構性能がいいから」

「ハァ?!手前興味がないから!ゲームとかくだらんのーって呆れただけじゃ!」


「はいはいそういう事にしとこうね」

「お前さんが低レアで実装されてキーって荒れるのが目に浮かぶわ!」


「宝具重ねやすいから課金しなくてすんでいいなあそれ。自分にお金払うの恥ずかしいし……キャスター枠だろうなー」

「何ちょっと喜んどるんじゃ気持ち悪い。自分大好きキモーい」

「はいはい若者言葉使いこなせてすごいすごい」


「……なんだ新しいの始まったのか」

「あ、うん。意外だ。きみやらないイメージがあったのに」


「サークルのやつが、本編のシナリオが読みたいけどゲーム苦手で先に進めないから困ってんだと。それで空いた時間でいいって言うから、おれが進めて、シナリオのスクショだけラインで送っとる」


 闇医者のやってるソーシャルゲーム的なものはおれがやっているのと一緒だったので、生産性のない美女の癇癪を遮りがてら世間話を振ったわけだが、闇医者は苦い顔をしている。


 あれか。前のめりで好きじゃなさそうなのにやってる感が気に障ったのだろうか。人付き合いは難しい。


「サ、サークル」

「うむ」


「きみが」

「おれもそろそろ社会性を身につけないといかん事くらいわかっているので、まあ訓練がてらな」


「ちなみになんの」

「テニス」

「うわー!リア充のやるやつじゃ!手前知ってる!」


「麗ちゃん、最近は陽キャっていうんだよ」

「学内でいくつかあるうちの、一番活動がゆるい地味なやつだから世間一般が抱いているイメージとは違うからな?メンバーも陰の者が多い」

「ぶっは!なんじゃ陰の者って、昔か!」


 おれの発言がツボに入ったらしく美女はうずくまって震え出した。身長(タッパ)あるからまるまったところで大して小さくはならず、ただただじゃまくさいのだが、今はカウンター内を動き回る必要もないので咎めないでおく。


「陰……おとなしい子が多いのにゲーム苦手なんだ」

「女だからな。というのはあれか……まあ苦手らしい」


「女子」

「うむ」


「もしやサークルの姫的なやつ」

「まあ女何人かいるが一番モテてるな」


「きみ狙われてるんじゃないのそれ……」

「は?彼女いるって公言しとる。下心なしの者だから色々頼みやすいのだろう」


「色々。色々とは」

「人にあげるもんの買い物に付き合えだの、勉強解らない所教えろだの」

「手前知ってる、それ相談から親密になるのを狙ってるパターンじゃ、靡いてこないからムキになって絶対落とすって狙われとるぞお前」


「決めつけるのは早計だけど、それ全部応じてるの?やきもち妬かれるよ。他の女の子と出かけるときはちゃんと申告してるの?」

「はあ?しとらん。別に強制されてないが二人きりにはならないしそもそも学外では会わん。その、ゲームのスクショ送るくらいしか今はしてない」

「なんだつまらんのー」


「はいはい、すまんかったすまんかった」


 おれの出会ったものの中で五本の指に入るひとでなし(神なのでまあ当たり前なのだが)が残念そうにしているので、この行動は正解なのであろう。

 この話題はめんどくさいので、もう応じない事にする。

 美女はこちらが応じなければ飽きるのが結構早い。


「……いやーしかし他人(ひと)の子の成長は早いって言うけど、早いなあ。大学生だもんなあ。もうあっという間に大人になっちゃうんだろうなあ。あんなにかわいかったのに」

「大して変わっとらんじゃないか。スカ」

「美女、皆まで言うな、おれもはっちゃけすぎて愚かだった自覚はある……」


 人生で一度も間違えたことがない人間というのは存在するのだろうか。

 胃が痛い。しかし失敗しなければ今日のおれはない訳だから、過去に戻ってそれを帳消しにしたいとは思わないが恥は恥でまだ昇華はできない。


 人間も古道具のように経年と共に傷が味になっていくのだろうか。

 早く歳を取りたい。

 しかし歳を取ると四十肩とかつらいらしいからそれも嫌だ。

 うーむ。なかなかすべてうまくいくということはないのである。


 誰も言葉を発していなかったので、店は5秒ほど静寂に包まれていた。

 それを無遠慮にほどいたのは機械的なと評するには丸すぎて、天然かと言われれば人工物すぎる呼び出し音だった。「り」に濁点がついたような音だ。


「なんじゃいきなり」


 カウンターの中の抽斗を美女が開けた。ダイヤル式の古風な黒電話が入っている。

 こんな時代遅れの品が現役で働いているのはこの店くらいのものである。


「今日はピザの宅配はやっとらんぞー……ああお前さんか。久しぶりじゃな」


 この店は現実と切り離された場所にあるのに、電話線の処理はどうなっているのだろうか。

 美女に聞いたら不機嫌そうにはぐらかされたのである。


「やっとるやっとる。いつもどおりじゃ。え?あ、今日は小僧がおる」


 ひとことふたこと交わして、美女は電話を切った。がさつに抽斗をしめたので、受話器と本体をつなぐびよびよのコードが挟まってうまく閉まらずにもう一度抽斗を開閉している。


「……ったく、確認なんぞせんとも定休日以外に休んだことない。丸の内にミサイルが落ちてもここだけは安全地帯じゃ!」

「誰からー?」


「魔神柱的なやつじゃ。あいつ立ち絵もなくてざまあじゃ!」

「……ねえがっつりやってるじゃん……麗ちゃん……」

「うるさいこの木っ端眼鏡」


 話が一瞬理解できなかったが、多分ゲームの話に戻ったのだなと順を追って行って電話が誰からなのかを理解した。

 常連ではないがちょくちょく店に来る客である。

 しかし会うのは夏以来だ。


「いつこっち帰って来たんだろう。再訪っていうか」

「知るか。ええのうー立ち絵もボイスもないくせに自由で。手前も真名とか宝具開放して暴れまわりたいのー。ミサイル問題とかすぐ解決してやるのに」


「えっ、麗ちゃん迎撃とかそんなことできるの」

「ガサツだと思っていたがそんな所は器用なのか美女!」


 機嫌が直ったらしい美女は誇らしげに胸を張りだした。

 くだを巻かれるより調子に乗っていた方が扱いが楽なのでこのまま適当に褒めたたえるのである。


「そんなまどろっこしい事するか!あれじゃ、発射元を焦土と化せばよいのじゃろ?」

「いけません麗ちゃん」


「あっ、違うぞ?ガサツガサツ言うが、発射台近辺のみを焦土と化すくらいの器用さは手前もあるんじゃぞ」

「いやあの、駄目だから。死人が出なくても駄目だから。高確率で他の国が冤罪ひっかぶって責められることになるから絶対だめだからね」


「もー手前もお日様の下で自由に遊びまわりたいー!ビタミンDなくなっちゃうー!」

「来年、来年出雲でボクと演武やろっか、付き合うから」


「くそ、なんで宴短縮なんじゃー!!手前も羽伸ばしたいのにー!!」

「最近早めに七五三のお参りとかあるし、毎年毎年もてなすほうが大変ってなったじゃん、現代風じゃん!帰省短縮!流行りに乗ってるう!」


 神様も色々大変らしいが、おれには関係のない話題なので聞き流すのである。


 おれやっぱりいらないのである。

 帰りたい。


 だめだこの状態の美女は新しく来る客に接客とかできない。帰れない。


 もうこのバイトやめたいのであるが、しがらみと諸般の事情があって大学卒業まで続ける羽目になりそうなのである。うんざりなのである。美女がくだを巻くのをそろそろなんとかしたいのある。


 今度丸善で知恵の輪とか買ってきて店の隅でやらせとくとかどうだろうか。

 いい考えな気がするのである。


 今から来る客は高確率でケーキを持参してくるので、皿とフォークの用意をする算段をなんとなく立てながら、いかに美女に知恵の輪へ興味を持たせるかに考えを巡らせることにする。


 知恵の輪は低年齢向けのものから難しいものへとステップアップした方がよいのは確実である。


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