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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
ちょっとした狐噺3
135/155

解脱と闇落ち(2)

「玄米茶って、海苔茶漬けのおかきの部分を口に含んだ時の味がしておいしいですよね」


 椿さんの大変な期間が終わったそうです。

 私の好きな、ふんわりした微笑みとのんびりした口調。そうです。私が好きになった椿さんです。


「おかき」

「あの……一番ポピュラーなメーカーの……店長さんが一時はまって、しばらくまかないであれ必須だったんですよね」


「うち、お茶漬けは買った事ないと思います。だし汁が麦茶の入れ物に入ってるじゃないですか」

「あー確かに。じゃあいつも完全にお手製なんですね」


「多分。おねぎとおのりと、具、って感じで」

「今度こっそりうちでお茶漬け朝ごはんにしませんか?小春さんのお母さんのお出汁は上品でおいしいですが、あっちのはなんかちょっと食べすぎてはいけない背徳的なしょっぱさがあるんですよ」


「はい、ぜひ」


 なんだか大変だった期間中は、あまり目を合わせてくれなかったり、距離をとられてしまったりでとても寂しかったのですが、今は、いつもの距離、いつもの雰囲気です。

 私の部屋で二人でお話ししていても大丈夫になったのは、本当にうれしいです。


「椿さん……もうちょっと、くっついても大丈夫ですか?」

「勿論」


 現在私たちは、ベッドを背に並びあって座っている状態なのですが、お許しが出たのでその距離を詰めます。お互いの腕がくっつくくらいに。


「もうちょっと、その、こっち来ませんか」

「はい?」


 これ以上ぎゅーっとくっつくためには体当たりというか小競り合いみたいな圧を椿さんにかけないといけないのですが……確認のために椿さんの椿さんの方を向くと、三角座りだったのを崩して足を延ばし、そこを指さしました。


「……こっち」


 なぜか椿さんは恥ずかしそうです。私もつられて恥ずかしいような気持ちになってきましたが、躊躇ったせいで椿さんの申し出が「やっぱり大丈夫です」になってしまうのは嫌なので、ぐぐっとこらえて、ぐいぐいいきたいと思います。


「お、おじゃまします」


 とはいえ椿さんの足に私が乗ったら重いので、体重をかけすぎないように腰を浮かせ気味にそっと。気づかれないようにそっと。


「や」


 抱きしめられついでに引っ張られて椿さんの足の上に座らされてしまいました、


「重いですから」

「全然です。このままで。お願いします」


 椿さんにお願いされたらきくしかありません。動くと重さが増しそうなので、おとなしく現状維持に努めます。


「……おちつく」


 ひとりごとのようで、そして、返事を思いつけなかったので、椿さんの言葉にはぎゅうと抱き着くことでお返しにしました。


 最近「好き」についてよく考えます。

 椿さんに対して抱いた最初の好きは、助けてくれたから、優しくしてくれたから、の好きでした。


 次は子ども扱い、かわいそうな子扱いして過剰に優しくされるわけではなく、周りの大人のひとよりもわたしをやや大人扱いしてくれたところ。


 知っている男の人の中で一番格好いいこと、声が心地よいところ、何かの拍子で肌が触れるとどきどきするところ。


 お出かけするといつも楽しいこと、お出かけしなくても、傍にいられるだけで、視界に椿さんがいるだけで元気がぐーんと上がるのです。

 全部全部、してもらってばっかりです。


 何かお返ししたいのですが、私は学生で、認めたくないけど子供で、人間だから妖狐さんたちの会話にも入れず、事情もよく分からず。出来る限りでお返しも頑張ってはいるのですが、椿さんは優しいので、付き合いで喜んでくれているのか、本当に喜んでくれているのかがどうも見えにくいのです。


「椿さん」

「はい」


「もっと、ぎゅーってしてほしいです」

「小春さん、つぶれちゃいますよ」


「…………」

「ああ、でも、小春さんが僕にぎゅーってしてくれると嬉しいです。もっと」


 お願い通り、椿さんに抱き着いている腕に力を込めてぎゅーっとします。


「苦しくないですか?」

「幸せです」


 そう言って優しくおでこにキスをしてくれる椿さんは本当に幸せそうでした。


 私はちょっと寂しいです。

 椿さんの困った期間が終わってしまって、いつもの椿さんに戻ったのですが、それが私には寂しくて仕方がないのです。

 きつく抱きしめられるのも、乱暴めにキスをされるのも全然かまわなかったのです。

 された時は混乱してしまいましたが、後から考えれば全部うれしかったのです。


 やっと椿さんにしてあげれば確実に喜んでもらえる事がみつかった。と思ったのに。


 困った期間が終わって、あまり私に関心がない様に感じてしまうのです。

 もちろんそんなことはないのでしょうが、辛口のカレーに慣れた人にカレーの王子様は物足りないように……なんかちょっと違います。うまくまとまりません。


 椿さんを男の人として好きになってからの総接触時間はたぶん困った期間の椿さんの方が長いので、それに対する違和感なのです。時差ぼけみたいなものです。


 そうです。なにが不満なのでしょうか。私。


 椿さんは全然つらくなさそうで、時間を作れば一緒に二人っきりになれるようになって、春休みの計画を立てて、一緒にお昼寝も出来て。

 めでたしめでたしなのです。


「あ、いまくっついてますけど、絶対危ない目にあわせないですからね。安心してください」


 めでたしめでたしらしいのです。

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