表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
131/155

一粒で二度おいしいのか一以下なのかは人による(3)

「……ドライヤーで乾かして行きましょうね」


 さっき、言ってくれればいいのに、とかそういう不満はあります。

 ドキドキしてちょっとうかれた自分の気持ちのやり場がないのです。


 釈然としませんが、お風邪を引いたら一大事ですから、床を濡らさないようにタオルを引きずってその上に乗りながら移動してきたと思われる椿さんをそのタオルで水滴が落ちない程度にわしわし拭いてから抱き上げて、お風呂に向かいます。


 色々に邪魔なので、コートを脱いだところで濡れたままの椿さんがお風呂を脱走してキッチンへ走って行ってしましました。


「椿さん、風邪ひきますよー?」


 後を追っていくと、冷蔵庫と流しの隙間に入っているスケッチブックを取り出しているところでした。

 あいうえおが書いてあって、この状態でも会話が成立させることが出来る便利アイテムです。


 椿さんの字じゃないんですよね。このあいうえお。

 なんだか繊細で、女の人の字みたいなのですが、誰でしょうか。店長さんでしょうか。

 それともほかの女性の神様でしょうか。


 やきもちをやいてしまいます。

 なんで椿さんの事が一番好きな私が椿さんと一緒にいられる時間が少ないのでしょうか。お店にもいきたいのです。

 太ももをふみふみされて、椿さんとお話の途中だったことを思い出しました。


「よそみしててごめんなさい。えと、か、ら、だ、を、あ、ら、う、こ、と、を、わ、す、れ、て、しまい……あ、じゃあ、洗って、乾かせばいいんですね」


 うっかりさんですね。一度狐さんに戻るとなかなか人間に戻れなかったりするのでしょうか。

 今度聞いてみましょう。


 椿さんをもう一度お風呂場に連れて行き、もういちどお身体をお湯で濡らして、直接石鹸を擦りつけます。それだけでもう、とても泡立ちます。


 そういうものなのかな、と自分の肌でやってみたのですが、ぬめっとしただけでした。毛があるかないかが重要なようです。


 擦れば擦るだけ泡が増えていくのでこの作業はとても楽しいです。

 泡の生き物と化していく椿さんはとてもかわいいですし。


 泡をあつめてライオンみたいに顔の周りをあわあわさせてみたいのですが、今度させてくれないかおねだりしてみましょう。


 指を櫛みたいにして耳の裏をこしこしされるのが椿さんは大好きです。このうっとり顔が本当にかわいらしいと思うのです。いつまでもこしこししていたい。


「あ、はい」


 椿さんはたらいをたしたししているので、多分もう流してくれということでしょう。


 お湯をためて、ざばーんとかけて泡をながしたら、わたしは一旦お風呂の外から出なくてはいけません。


 濡れた犬がするように、椿さんが身震いして一回水を飛ばすからです。

 自分ではやらないように止めることが出来ないのだそうです。

 たいへんかわいい仕草なので止めなくていいのですが、私に水滴がかかってしまうことを椿さんが気にするので、避難です。


「終わりました?」


 お風呂のドアの隙間から声をかけると、椿さんは頷いてこちらにとことこ歩いてきます。

 おみみがたれ気味なのがかわいいです。お疲れなのでしょうか。ねむいとたれます。


 広げたバスタオルの中に飛び込んできた椿さんを拭いて、ドライヤーです。


 ブラシで逆毛を立てながら、ぶおーんと。


 初めてしたときは怖かったのか鳴いていた椿さんですが、ドライヤーとの折り合いがついたのか最近はとてもおとなしいです。

 最初にころんとお腹を見せてくれるので、お腹と顎の下を乾かして、終わったらうつ伏せになってくれるので背中を。最後に尻尾を。

 とかせばとかすほど毛並みがつやつやになるのが楽しいです。茉莉くんの黒もそのおかーさんの銀色もきれいですが、やっぱりわたしは椿さんの、きつねいろが大好きです。


 仕上げに、あ、ありました。こんなこともあろうかと持ち込んでいた洗い流さないトリートメントをもみ込みながらマッサージをしていきます。


 これははじめてのことなのですが「つやつやになるおくすりなので」というと、椿さんはおとなしく私のなすがままになりました。

 耳の内側と外側を指で挟みこんでやさしくもみもみ、首をもみもみ、手足を軽く握って引っ張りながらさすったあと肉球ごと手足の先をもみもみ、お腹は足側から首に向かって撫で上げます。


 気持ちよいようでだーるーんとしてます。


 このうっとりした顔がかわいいです。

 最近全然お風呂からもみもみしてなかったですもんね。


「冬で小春さんが風邪ひいたらいけませんから」とか「小春さんが我慢してるのに僕だけそんないい目に合う訳には」と、遠慮してましたし。


 椿さんがうれしそうだと、私もうれしいからいいんですよ。

 それに、してほしいことが出来る事は、必要とされてるみたいでうれしいんです。

 今度からそう言ってお誘いしましょう。


「あれ、椿さん……?」


 椿さんは目を閉じたまま私の呼びかけに反応しません。


「椿さーん……」


 これは……おそらく寝てしまいましたね。これもままあることです。


「えーと」


 とりあえず、お風呂まわりを片づけてとばたばたしている間にも椿さんは起きません。

 乾かし終わったあとに椿さんを抱き上げるとたしたしして頭を擦りつけてくれるのが大好きなのですが、それはお預けみたいです。


「勝手に気持ちよくなって一人だけ寝るとかほんとありえないマジないし」という行徳さんの彼氏さんへの愚痴をふと思い出しました。ちょっと共感できる気がします。


 でも、好きで、かわいいので許さざるを得ません。

 惚れた方が負けって、つまりこういうことなのでしょうか。


「……ねむい」


 寝顔を見ていたら私も眠くなってしまいました。

 コートを着て、椿さんが脱いだコートで椿さんを窒息しないようにくるんでお部屋を出ます。だれにも見つからないで家まで帰って来れました。


 椿さんは寝てしまいましたが約束は果たさなければいけませんので両親の部屋をノックして、開けます。起きたおかーさんに、椿さんがお泊りする事を話して熟睡の椿さんをちらりと見せます。


 おかーさんは静かにおとーさんを起こしました。私はそれを止めません。


「いいの?」

「うん。でもねむいんだよねえ」


「あ、じゃあ、終わったら小春の所に帰すんでいいのかしら?」

「うん」


 椿さんは結構軽いのですが、眠いので重く感じます。

 その椿さんをおかーさんに渡して、おかーさんの腕の中の椿さんをなでなでして、ほっぺにキスをして、部屋を後にしました。


 ―― 一度熟睡した狐の椿さんはなかなか起きません。


 最初はちょっとした遊びだったんです。

 眠る椿さんに眼鏡をかけさせたり、みかんをのせたりですとか。


 段々それがエスカレートして、おかーさんが狐の椿さんにピッタリサイズのお洋服を作るようになりました。

 サンタクロース、甚平、西瓜の着ぐるみ、なぜか米寿の赤いちゃんちゃんこと帽子。


 写真が趣味のおとーさんがそれを着た椿さんをフィルムに収めます。

 もちろん普通の写真屋さんに現像は出せませんから、空き部屋に暗室を作り、椿さんに見られないように写真自体もそこに保管してあります。


 ごめんなさい。2階のあの部屋に入れないのは物置で汚れてるからではないんです、椿さん。

 そういう訳なんです。


 最近全然狐になってくれないから、おかーさんの手作り衣装がたまるばっかりだったんですよね。

 きっと全部着せて撮影するのでしょう。

 ゆきだるま、獅子舞、学ラン……


 見たいのですが、眠気が勝ちます。おとーさんの写真の腕も信じています。


 そういう訳で寝ます。

 お布団が冷たくてびっくりしますが、かまわず寝れそうです。

 あまり濃厚に元気を補充できた感じはしないのですが、なんとなくすっきりした気がします。


「……あ、アニマルセラピーってやつですかねえ……」


 最近流行ってるんですよね。小耳にはさみました。

 犬が有名ですけど、狐さんでも効果があるのでしょうか。

 ご町内で見かけるどのわんちゃんより、椿さんがふかふかでかわいいですものね。効果抜群でしょう。


 門外不出にせざるを得ないのが残念な所です。

 あんなにすてきなもふもふを、私が独り占めして申し訳ない気持ちでいっぱいですが、ほかの誰にも触らせたくないので安心もしています。

 さいきんわたし独占欲がつよくて、とても、もうしなむにゃむにゃ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ