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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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一粒で二度おいしいのか一以下なのかは人による(2)

「……小春さん」


 ため息に似た呼びかけには、応えませんでした。

 どんな顔をしているのかをしているのか確認するのが怖くて、顔も上げられません。

 失望されるでしょうか。


「……さみしい、んです」


 元気を補充したいのも、これも、本当のことです。


 バレンタインは、わたしが作ったケーキを振る舞うことになったのですが、開催場所はうちで、うちの両親もいました。


 二人きりはだめなんですって。


 クリスマスは一緒にご飯を食べられたのに、バレンタインは駄目なんですって。

 仕方ないのは勿論わかっているのですが、わかるけどよくわからないというか。

 引きはがされないのをいいことに、椿さんの背中に手を回してぎゅっと抱きしめます。


「……小春さん」

「……今日は、帰りません」


「小春さん」

「やです……一緒にいたい、です」


 離れようとしてもできないように、椿さんを抱きしめている腕に力を入れます。

 ふだんがむぎゅ、だと、今はぎゅぎゅうーってくらいです。絶対離れません。


「……もっと、自分を大事にしてください」


 これが、よく、わかりません。

 両親をぬかせばわたしを世界で一番大事にしてくれている人が、そんな、注意しなければいけないような危ない事をするのでしょうか。


 大事にしてくれているからこそ、その心配は過保護に入るものなのではないのでしょうか。


「私が、一番大事にしたいのは、椿さんです……」


 そうです。私にとっても。椿さんはとても大事なひとです。

 かつて、そして、今もしてくれているように、わたしも椿さんを喜ばせたり、わたしが恋人でよかったな、一緒にいると幸せだなって思ってもらえるようなことをしてあげたいのに、なかなかうまくいかないのです。してもらっている事に追いつけない。


 追いつけそうになるころに、この人は隣にいてくれるのでしょうか。


 怖さより椿さんがそこにちゃんといることを確かめたい気持ちが勝って、顔を上げます。

 一瞬目が合って、それだけで、今椿さんがどんな顔をしているかわかりません。


 近すぎて。


 唇に、よく知ったものが触れました。触れるというよりは押し当てられるに近いのかもしれません。

 優しい所が好きなのに、ちょっと乱暴に抱きしめられている今が幸せです。


「……………」


 椿さんが私から自分を遠ざけたいと思っている時に、危ない、とか怖い、とかを感じたことは一度もありません。いつもより椿さんとの距離が近くて、うれしいくらいで。


 こうなっちゃう相手が私だけというのも、うれしい理由です。

 おかーさんと二人きりになっても、きれいな山茶花ちゃんにさわっても全然こうならないんですって。私だけ。

 それに関して椿さんは謝ってくれましたが、うれしいのです。

 この椿さんの行動に、かわいそう、は混ざっていないと思うので。


「……だいすき……」


 返事は言葉ではなく、きつくなるわたしへのぎゅう、で返ってきました。

 お互いのコートが邪魔です。でも、脱ぐために離れるのはいやです。

 離れたら説得されて、帰らされてしまうに違いありません。

 仕方がないのです。十分ではないですが、元気も出ました。おとなしく帰ります。

 でももうちょっと。


「――小春さん、僕と一緒にいたい、んです、よね……」

「えっ、あっ、はい!それはもちろん」


 抱きしめられている感覚がゆるくなって、なくなってしまいました。

 寂しさで少し胸がいたいです。見上げると椿さんも悲しそうな顔をしています。


「うちでというわけにはいきませんので、小春さんちにお泊りでもいいですか」

「えっ」


「無断でという訳にはいかないので、お休み中のお父さんとお母さんを起こして、一緒にお願いしてくれますか?」

「え、はい、それはもう……」


 まったく予想していなかった提案なのでちょっと頭が上手く働きません。部屋にパジャマを脱ぎ捨てたままです。それを片づける間ちょっと待ってもらってえーとえーと。


「じゃ、ここではなんなので、ちょっと上がってください」

「は、はい」


 靴を脱いだ瞬間にぐいぐい引っ張られて、お布団のある部屋まで連れてこられてしまいました。


「ちょっと失礼」

「はい!」


 身体がふわんと浮いて、気が付いたらお布団の上でした。わたしに掛け布団をかけながら椿さんはわたしにキスをしてくれました。


「……シャワーだけ浴びてきますので、ちょっと待っててください」

「はい……」


 表情はよくわからないまま、椿さんはお部屋から出て行ってしまいました。なんとなく、洗面所のドアが開く音がした気がしました。

 気がするのにとどまるのは私の心臓が尋常じゃないくらいどきどきしているからです。


「…………」


 あの。ええっと。ええっと。

 それはつまりそういうことなのでしょうか。ええええとわたしの部屋でなんかその……


 あ、でも、中学の同じクラスだった行徳さんは彼氏とそんな感じって言っていた気がします。留守を狙うって言ってました。でも今在宅……寝ているから、いないと見なされるのでしょうか。


 あ、唐突にたった今その期間が終わったのかもしれません。それで、一緒に。


 混乱と、久しぶりの椿さんのお布団に幸せな気持ちと、脱ぎ捨ててあるお洋服と、今まで見たことのない、ちょっと散らかっているお部屋に新鮮な気持ちになったりしてまた別のところで気持ちがこんがらがっています。


 どうして毎日の出来事は、学校の問題のように解決したら次、とならないのでしょう。人生って大変です。


「…………」


 混乱がおさまらないうちにドアノブが動き、ドアが開きました。そんなに長い間わたしは葛藤していたのでしょうか。


 部屋は薄暗くて、ドアの向こう側は明るい。


 逆光という状態なので、表情はわかりませんが、濡れたままの椿さんが、タオルを纏っただけの姿でそこにいました。


 タオルも纏っているか怪しいです。足元にひいているだけですから。一糸まとわぬ姿と言っても過言ではないかもしれません。


 でも、からだ中に毛が生えているので一糸まとわぬもなんかおかしい気がします。


「………椿さん」


 そういえばクリスマス以来です。狐の姿の椿さんでした。

 ああ、この状態で、お泊りってことですね。

 理解しました。納得はできませんが、理解はしました。


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