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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
門前仲町小夜曲
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夏休み、定番の交錯などは如何でしょうか/彼のターン

「やー。今日も可愛かったね小春ちゃん。また綺麗になったよねえ」


 まず、背の低いグラスを用意します。うちの店はこだわりがあるので、グラスクーラーにいれといたグラスです。冷たいです。

その淵を、輪切りのレモンでそっとなぞります。

「二週間でそんなに変わる訳ないでしょう」

「前髪が斜めになってたじゃない。大人っぽいよねえ」

 続いて、朝削っておいた岩塩の入れ物に、逆さにしたグラスを入れてぐるりと一回転。

「そういうものですか。気付きませんでした」

「嘘つき。きっとなんか言ってもらうの期待してたよあれ絶対」

 この時点で、淵に綺麗に雪化粧が出来ているか確認をします。

「…………」

 納得できる出来の場合、そのままグラスに氷を入れます。

「いつも可愛い格好してるのに褒めないしさあ」

 そこジンを適量。

「軽薄な男はどうかと思いますが」

 半分に切った柚子を、銀色のスクイーザーに押し付け。

「あんまりつれないと逃げられちゃうからね」

 お皿に溜まった柚子の果汁をグラスに注ぎ、

「…………」

 雪化粧を崩さないように、マドラーでグラスの中をそっと一周。

「ていうか、ボクあの子結構好みなんだけ」

「お待たせしました。いつものです!」

 そうしてグラスが割れない程度に乱暴に、カウンターのお客様にそれを出したら、出来上がりです。

「…………」


 センセイは……ああ、本当はセンセイって呼ぶの嫌なんですが、他に呼び方が無いので仕方がありません。

 飲み口の塩をすくってグラスに入れてから指でぐるりと中身をかきまぜています。お行儀が悪い。あと性格も悪いです。


 彼は、僕が小春さんの事をあらいざらいぶちまけた際に同席していて、でその事をセンセイが面白おかしく吹聴したせいで、この国の主だった神様は僕の小春さんへの気持ちを知っているという、最ッ悪の事態に陥っています。

 それでもまあ、他の皆さんは気使ってちょっとからかうくらいにしてくれているんです。

 僕の命数の事もご承知ですから。この人だけ遠慮なしです。


「本当、しつこいんですよ。毎度」

「素直になっちゃえばいいのにさあ。いいじゃない。ド田舎の山奥で甘やかされて育った下っ端狐の僕ちゃんが、超有名神様に拾われて都会でもまれて大人になって、静かに一生を終えそうな時に、昔助けた女の子がとびきり美人になって粉かけてくるって!最高じゃない!キミ昔話になれるよ!ベストセラー!タイトルはねー……死んでれ」

「もうそれ飲んだら帰って下さいね。終電とっくに過ぎてるんですから」

『狐の割に謙虚で温和』で通っている僕がこれだけ苛々しているのに、センセイはにやにやとして僕を見ています。

 何時間いるんですか。今日開店からいましたよね。

「想い合ってるのに。いいじゃない。小春ちゃんもキミが死んじゃう事知ってるんでしょ?で、あんなにいじらしく寄ってきてくれるんだから思い残すことないようにさー」

 そんな無責任な事が出来る訳ないでしょう。


 他の神様と違ってこの人は何でこうなんでしょう。人をからかって面白がって。狐だって祟れるんですからね。僕は出来ないんですけどね下っ端だから。でも祟ってやりたい。

 特に興味がないので追求しませんが、この人はそのへんの地主みたいな神様が遠巻きにしているほどの有名な神様です。

 それを揺るがすような何か大きな力が働いてこの人にバチでも当たらないかなと思いながら、無力な僕はセンセイを睨みつける事しかできません。

 僕の視線を受けてセンセイは

 はっ、っと口元を手で覆います。

「……ねえ、もしかして椿くん、年齢イコール彼女いない歴じゃないよねまさか……踏み切れないとかじゃないよね……?」

「そんっな訳ないでしょ。帰って、下さい」


 ほんとこの人めんどくさいんです。なんなんですかその顔面蒼白。

 帰り道に酔っ払いに絡まれて眼鏡割られちゃえばいいのに。伊達だって知ってるんですよ。

 なんですか「街育ちだけど目は良いんだよねー」じゃねーっつーの。

 あ、いけない。平常心平常心。

「……ねえ……どのタイミングでどうするかとか、教える……?」

「本日もご利用ありがとうございました。またの、お越しを、心よりお待ちしていません!」

 入店禁止制度を導入したいです。本当に。


「…………」

 僕の部屋は地下にあるお店の更に奥にあるので、当然窓はありません。ちょっと暑いです。

 扇風機を最大にして布団にごろり。

「…………」

 気付いていましたとも。前髪かわっていたの。

 さらに言えばいつも僕のあげたハンカチをローテーションで持って来てくれているのも知っています。


 月に1回、ちょっと出かけて、さよならするくらいの関係ならいいと思ったんです。

 それなのにセンセイがこんな所まで連れて来てしまって。

「…………」

 おかげでお店にいてもりんごジュースを注ぐたび、パンケーキを焼くたびに小春さんを思い出すようになってしまいました。

 全然気にしていなかったカレンダーを確認するようになって、小春さんがお店に来る日はなんとなくいつもより早く目が覚めてしまいます。

「…………」

 そして寝付けません。

 そういえば今月はどこへ行きましょうか。いい映画、ありましたかね。


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