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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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さよならオールドファッション

 出てきちゃったはいいもののどこへ向かおう、帰るなら当然駅よね。


「ま、待って、山茶花ちゃん」

「うん」


「荷物、山茶花ちゃんの、鞄とか」

「あっ!」


 小春にしっかり荷物を持たせておいて自分は手ぶらだったのに気づいて、思わず立ち止まる。

 商店街の雑踏の中では迷惑なことなので、通路端にとりあえず寄って。


「あー、取りに行きたくない」

「私行こうか」


「絶対絶対それはダメ」


 お財布はポケットに入っていたのでとりあえず一時間くらい時間をつぶして、お店に戻ろうという事になった。


「おやつにしよっか」


 と、言いながら小春はわたしの手を引いて歩き出した。


 商店街を抜けた先も商店街みたいなビルで、初めて入ったわたしはきょろきょろしていたのだが、小春はそんなそぶりも見せずにエスカレーターに向かった。

 多分地下に行こうとしている。


 東京は全体的にごちゃごちゃしているが、今まで来た街の中で中野が一番ごちゃごちゃしていると思う。

 秋葉原の電気街もごちゃごちゃしているけどまだ道が広かったり人がこんなにいないからすっきりしている。


 小春の足が止まったのは、こういう商業ビルにありがちなお好み焼きとかうどんとかフライドポテトとかソフトクリームとか色々売っている場所だった。ここもごちゃごちゃしている。


「あ、山茶花ちゃんお金大丈夫?おこづかいまだある?」

「その、ない、が、前提の聞き方なんなの」


「だってお年玉全部使っちゃうってお母さんが心配してたよ?」

「母様はいつも大げさなの!ある。あるわよちゃんと」


 恥だと思うなら外で言わなきゃいいのに。と、心の中で母様に悪態をつきながらレジに並ぶ。

 甘いのはさっき食べたからアメリカンドックを頼んだ。小春はソフトクリーム。


 さっき甘いの食べたのに。いや。食べてなかったかしら。よく覚えていない。

 あと一時間どうしたらいいのかしら。


  一応さっきの事に触れておいた方がいいのかしら。何も聞かない方が逆におかしいわよね。事情を聞く……「さっきは災難だったわね?」とかかしら。


「……山茶花ちゃん」

「うふわはい!」


「……もしかして、椿さんになんか、頼まれた?」

「なんで、全然違うわよ。まだ誰にも言ってな……!」


 しまった。


 これだと前から知ってたことを自白したことになってしまう。

 いや、何をって明言してないからギリセーフ?


 ざわざわしているし聞こえなかったかしら。話しかけてきた割には小春はソフトクリームの完食に神経の大半を注いでいるようだし。


 いや、食べないと溶けるからいいんだけど。

 バレてないのかしら。


 もっと人を騙す方面の修行もつけてくれたらよかったのに。よその家だとそういうのあるらしい。

 騙すっていうかボロが出ないといけない方法とかよ。そうそう。


「後であなたが恥かくから言ってるのよ!」


 とか言うくせに。母様。


「……そうだよね。聞いてるだろうし、見てわかるもんね」


 アウトよね。

 これ多分アウトって事よね。


 どうしたらいいのかしら。謝る?何に対して?首突っ込んだこと?

 余計なことを口走らないように言葉を選ばないと。

 今喋れないのはアメリカンドッグを食べているからですよという口実のためにアメリカンドックを口に運ぶ。


「気にかけてくれて、最近仲良くしてくれた?」

「それは、違……!」


 普通に、学校の事で助け船出してくれたからどっかで恩を返さなきゃとか、あと彼氏の性格が悪いから別れをなんとなく勧めるため(それでも好きならしょうがないと思う)とか、実家の事知っている人と家族の事を話せるのがほっとしたとかそういう理由からだ。


「そっか、ありがとね」


 後に続く言葉はなかった。横目で伺った横顔はふつうだ。いつも通り。

 遅くもなく早くもないスピードでソフトクリームが減っていく。


 ……ただのフランクフルトにすればよかった。生地が甘い。

 アメリカンドックは食べるのも飲み込むのも煩わしい。訳もなく苛つく。いや、訳はある。


「……本当、お人よしすぎじゃない?あんなん、言いなりになる必要ないのに」


 ほぼ部外者に近いわたしが口を出していい話じゃないのはわかってるけど、それでも言わずにはいられない。

 最後の最後で従わなかったから言いなりとはちょっと違うのかもしれないけど、それでももうちょっと、なんていうか、反骨精神って言うか。

 そういうの必要なんじゃないのかしら。この先の人生にも。うん。


 椿に知られたくない感じなのも、心配かけたくないとかそういう事でしょう?

 わたしもよく説教されるけど若さゆえの全能感って言うか、自分で何でも出来るって抱え込んじゃったりしがちなのよね。そのへんちゃんと自覚した方がいいのよ、うん。


「ちょっと理由があったんだ、言いなり」

「え?」


 じろじろ見るのも何なので、手際よくお客さんをさばいている店員さんとか見ていたのだが、視線を小春に移すとなんとなくこっちを見て微笑んだ後、ソフトクリームのコーンをちょびっとかじった。


「山茶花ちゃんは、大人になったら何になるとか、決まってたりするの?」

「は?え?あ、いや……独り立ちもまだだし」


「そっか」


 わたし話ちゃんと聞いていたわよね。話飛んだわよね。今。もうわたし立派な大人だけど自立という意味では子供だわ……。


「私は、なってみたいなって思うものがいくつかあって、それがね、全部、あの人の子供だと、なれないものなの。ほら、蛙の子は蛙、とか、血は水より濃い、とか言うでしょう」

「はあ?どこが……えー、っと、氏より育ちって言うじゃない!?」


 似ているのは容姿くらいで。他は何も。まったくさっぱりなのに。


「うん。わたし、どっちなんだろうって、見極めたくて」

「できたの、見極め」


「多分……氏より育ちコースで、頑張っていきたいなって」


 そんなの、わざわざ時間かけなくても頑張らなくても一目瞭然なのに。


 釈然としないけど本人がそう言っているのにケチをつけるのもよくない。

 この場合の相槌は「そっか」が相応しいのかしらと迷う。


「あとね、お人よしでもないの。仕返しじゃないけど、期待させて、裏切る、みたいな感じにしてやれって気持ちもあって」

「あれで?」


 細かい話は知らないけれど、途中で親が変わるほどの事を、あの人はしたのだろう。

 想像つかないけど。とりあえず、わたしが今日聞いた、あの高圧的な態度に対する仕返しだけでも、もっときつく言い返してもいいくらいだと思うのに。


「ううん、もっと。ざまみろ、っぽい感じにしようとしてたんだけど」

「だけど?」


「……フレンチクルーラーとオレンジジュースが、わたしのいつもの、なんだけど、それを毎回、何にも聞かずに買ってくるから、なんか、いいや、ってなっちゃって」

「なにそれ」


「だよねえ。私にもよくわからない」


 困ったように笑って話してきた話は、笑って話せる内容の話じゃないと思うけど、わたしは不勉強で人間の世界に疎いからそう思うのかしら。


 こういう時、なんていえばいいのかしら。

 母様は姉様だったら、こんな、なすがままじゃなくて、もっと上手に事態を納められるのかしら。

 母様でも姉様でもないわたしには気の利いた言葉やするべきことが思い浮かばない。

 歯がゆい。


「……へんなの」

「そうだよねえ、変だよね」

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