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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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こらえしょうがない。

 中野はいつ来ても混んでる。

 商店街の中に薬局が二つくらいあるし、商店街からの脇道はぐにゃぐにゃしてて一歩先は別世界への入り口のような怪しさがある。


 いや、行ってみてもそんなに別世界ではなかったけれど。

 ごはん屋さんが多かったわ。多すぎよね。


 札幌の区画整理された街に慣れているので、東京の道にはものすごい違和感がある。

 地形の関係があるから仕方がないのだろうけど。

 こっちのタクシーの運転手さんはすごい。


 別にそれは今日必要のない話なのだけど。


 中野駅の北口改札正面の商店街、駅とは反対側出口付近の脇道をすこし入った所にあるドーナツ屋さんにわたしはいる。


 無論小春と小春の本当のお母さん問題が気になるから。


 母様がべた褒めし、茉莉が毎日小春の話をするから耳にタコ煩わしかったせいで、なぜか本人の存在も煩わしいような気がしてたけど、そして……もはやそんな気持ちあったかしらってくらいあれなんだけど恋敵だったから、そう、そんなもろもろをなくせば日向小春は優しいいい子だ。


 一緒にいると自覚している自分の至らなさが刺激されて居心地悪くなることもあるけど、それはわたしが悪いので、あのこに責はない。


 責はないのにいい子だから、よくないものにつけこまれるのだわ。多分。


 ――今日も待ち合わせの時間より先に来ている。


 ひとつとばして前の席。そこそこ見慣れた背中。小春のお母さんがそこにいる。

 実際はわからないけど、そんなに歳に見えない。母様ほどではないけれど。

 そしてよく似ている。顔は。顔だけ。


 わたしこの人嫌いだわ。

 第一印象と前情報と、この人の話を聞いていて好きになれる部分が全然見当たらない。


 なんで早生まれになって大変だったのが小春のせいなの。

 雨の日に公園に行きたがることだって別にそんなに怒ることじゃないし、

 ほかにも色々色々。


 あの子が「そうですね、私が悪いですね」と肯定したことの殆どは、全然悪くない事だったのに、相手の答えを聞いてこの人は満足そうにしている。


 意味が解らなくて、この人、気持ちが悪い。

 どうして言いなりになるのかしら。

 今のおうちのお母さんとは仲がいいと思う、から居心地が悪いという訳ではなさそう。


「……………」


 多分いい子だから、だと思う。こんなんでも捨てられないのだ。


 今日は引っ越しの具体的な日取りを決めようってこの人がこの前言ってた。

 一緒に行って幸せになれる気がしない。

 日付をメモして、誰かに相談して止めた方がいいと思う。


 ぽっと出で、しかもこの間まで引っ越せばいいのにとか思っていたわたしが止めるのはお門違いだから、誰か別の人。

 姉様に最初に相談して、次に椿の所に言えばいいのかしら。


「小春、こっち」


 制服姿の小春が小走りでこちらにやってくる。今日はわたし、服は着替えて変装もしているけど、普通の顔だから少し緊張する。


 しかしわたしに気付いた様子はなく、小春は呼ばれるまま、席につく。

 それと入れ違いであの人が小春の為の飲み物とドーナツを買いに行く。

 これもいつもの流れ。


 トレーを持って帰ってきた人は昨日のドラマの話とか、春休みいつからなの、みたいな世間話を始めた。なかなか本題に入らない。


「あの」

「なに」


「引っ越しの話はやっぱりなしでお願いします」


 あまり掛け合いって感じで話していたのが少ないせいか気づかなかったけど、声も似ているんだわ。

 どっちがどっちなのか一瞬混乱したけど「なしで」と提案したのは小春のほうだった。


「帰ります。これ今までのここでの飲食代、入ってますので」

「待ちなさいよ。なんでいきなり」


 立ちあがろうと腰を浮かせた小春が、引き止められてもう一度席に着いた。


「……色々考えて、ご期待に沿えることは出来なそうなので」

「何期待って」


「引っ越し先で役に立つことと、あなたを怒らせないようにすることですね」


 ちなみに引っ越し先でお店を開くつもりらしい。この人の中では小春はそれを手伝うことになっていた。


「は?そんなのできるでしょ?子供じゃないんだから」

「完璧にとはいいがたいので」


「出来なくても努力とかできるでしょ」


 この二人の間に何があったかはぼんやりしか知らないけど、知ってる範囲では「どの面さげてこんな事言えるのかしら、厚かましい」と言いたくなるような会話だわ。


 やりとりをじっと見る訳にもいかないから、手元のノートに視線を落とす。

 グラスについた水滴を指で落としてゆくとテーブルに小さな水たまりができた。


「……あの、私に声かけたらだめって約束になってますよね。あれって時効とかないって聞いてるんですが。それご存知ですよね」

「はァ!?……あー、あいつらに喋ったんでしょ。最ッ悪」


 聞こえよがしなため息には苛立ちが含まれていて、顔を上げなくてもそれがどっちのものかわかる。


「あんたっていくつになっても言った事守れないのね?最低」

「…………」


「すっかり手なずけられて本当腹立つ。あんなのうわべだけ善人ぶってるだけじゃん」


 あからさまに感じ悪い人よりは、表向き体裁を取り繕っている人の方がましだとわたしは思う。

 小春の今のご両親はそんな人ではないと思う。まだ二回くらいしか会ったことがないけれど。


 どんな顔をしているかわからないけど、小春はそれに反論しない。

 一見そうは見えなかったけど、この人が指摘する通りなのかしら。


「ああ嫌なこと思い出しちゃった。なんで皆あいつらの肩持つのかしら。外面がいいって言ったってあいつら所詮――」

「あの」

「なに」


「それ以上言うと、怒る」


 小春の声はすでに怒っているように聞こえた。

 思わず顔を上げてしまったが、わたしと小春の間にある背中に遮られて、彼女の表情はうかがえない。


「怒るって、どういう意味」

「言葉通りですけど」


「あんたが?」

「そうですけど」 


「……なあんだ、ちょっとましになったと思ったのに、全然じゃない。あんたって本当、駄目なまんまなのね」


 この人は小春の気を変えさせたいのかしら、もう見込みがないと判断して、それがおもしろくなくて当たり散らしているのかしら。


 前者のつもりなら失敗なやり方だと思う。

 どこの世界に、毎日こんなに小言を言われそうな人と一緒に暮らそうという人がいるのかしら。

 小言のレベルじゃないし。


 言い返せばいいのに。


 気が使えないとか、空気読めないとか、人の気持ちがわからないとか、わがままとか。

 全然当てはまらないのに。わたしが知る限り。

 むしろ最近のわたしだわ。ちょっと反省する。


 ああ、もう最高にムカつくわ。

 自分の行いをつつかれている居心地の悪さよりも、目の前のこの人がまるで見当違いの事を絶対の真実のように、自身満々に喋っていることがいらいらする。


 地球が回ってるって言ったら違う違うって否定された人(名前ぱっと出て来ない)もこれくらいムカついたのかしら。


 小春は「ついてかない」って言ってるけど、この女この後も付きまとったりしそう。

 このタイプ、あれだわ。相手がもううんざりしているのにいつまでも追いかけてくるタイプだわ。

 八香をもっと悪質にしたタイプだわ。やっぱり帰ったら姉様に相談しよう。

 姉様に伝えるときに情報は多い方がいいからこの女の話聞いておかなきゃ。むかむかしている場合じゃない。


「本当失敗した。気なんかかけてやるんじゃなかった。時間の無駄だったわ。やっぱり駄目なやつに育てられたから駄目なまんまなのね」


 場合じゃないんだけど。


「―――ねえ、何その目」


 変装用のメガネを外して帽子を外す。

 手首に通していたゴムで髪を一本に縛る。頭皮ごと気持ちが引っ張られる感じ。

 気合いを入れるときはいつもこうする。


「あんたっていつもそうよね。その顔」


 舌打ちしたいのはこっちだっていうの。

 気づいているのかいないのか、段々大きくなっている声に、周りの席の人も注目し始めている。

 すこしかさついた唇を、口紅塗ったあとみたいに一度内側に巻き込んで元に戻した。


「本当あんたのせいで、全部めちゃくちゃ、失敗したわ、あんたなんか」

「ねー、小春、小春だよね?やっぱり小春―!」


 わたしはバカみたいな声を出して立ち上がった。

 バカみたいでいいのである。これから人をバカにするのだから。


「えっ、さざ、あっ、やよいちゃん!?なんで」


 驚いた様子の小春の元に歩み寄る。小走りで。


「え、ここで勉強してたの。そしたら小春っぽい声が聞こえて、小春だったからー。そんで、なんかすっごいうるさい迷惑な人に絡まれてるっぽかったから!なにこのおばさん、宗教の勧誘の人?超怖いんだけどー。キチガイってやつじゃない?初めて見た!おまわりさん呼ぼうか??119って電話代かかんないよね?」

「おばっ!」


 ムカついたからそう認識されたらいやだろうなってレッテルべたべた貼ってやってみたのだが、この人の中で一番引っかかるのはおばさんだったらしい。


 きれいだし、それに自信をもってる感じだけど、小春くらいの子がいる年の人は女子高生から見たらおばさん呼ばわりでも許されると思う。こないだ二十歳おばさんってクラスの子が言ってたし。


 ……まだわたしおばさんじゃないもん。妖狐時間は人間と違うもん。


「やよいちゃん、警察は110番だよ」

「あ、うん、そっか。で、呼ぶ?この危ないおばさんすごい危ない」


「うん、大丈夫……その、昔お世話になったひとで……」

「本当優しいよね。だからってこんなん付き合ってあげて。あたし知ってる、おばさんって更年期にいらいらするらしいよ!この人更年期なんじゃない?更年期のおばさんのいらいらはマトモに相手しなくていいんだって!怖いよねーおばさんになりたくなーいホント怖―い。うちらみたいな若い子が羨ましいから小春の事いじめるんだよ。ある意味超かわいそー」


「ちょっと何なのこの子!?」

「はあー?こっちがなんなのって感じなんですけど?マジありえないんだけど。こんなの付き合ってあげる価値ないよ!一緒に帰ろ?あ、今度また小春んち遊びに行きたい。小春んちのおかーさん優しいしご飯美味しいしほんと大好きー」


 言いながら席にあった小春の鞄を手に取ったら、小春が持つようなそぶりを見せたので渡して、手持ち無沙汰になった手で空いているほうの小春の手を握った。


 人と手をつなぐのっていつぶりかしらって考えたらなんだか無性に恥ずかしい。


「よし、行こ」


 つないだ手が怖いくらい冷たい事が落ち着かなくて、ムカつく相手にムカついた分(実際は少し足りないけど)ひどい事を言えばスッキリするのかと思ったのになんか全然すっきりできない気持ち悪さだったり、我慢できなくて出てきちゃったけどどうしようとかそういう焦りに背中を押されて、わたしは小春の手を引っ張って速足で客席を突っ切って、階段を駆け下りていく。


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