1人いれば40人いるに違いない(2)/がんばれ椿さん
斉藤やよいなるものは僕の知っている、小手毬ちゃんの妹の山茶花ちゃんにしか見えないのですが、日向家の三人は斉藤やよいの名乗りに特に疑問を持っている様子はありません。
年末家に来た親子連れの妖狐の母親の方に激似なのに疑問を抱かないのでしょうか。
「あ!」
「ちょ、なにやだ痴漢―!」
「誰がどう見ても冤罪です。なに悪だくみしに来たんですか。このすかぽんたん女狐」
僕にしたなんだかわからない術とかそういう物を使ったに違いありません。
ずうずうしくもくつろいだ様子の山茶花ちゃんの首根っこを掴みます。とりあえず追い出して、小手毬ちゃんに連絡。
いやまて捕まえて拘束しておいた方がいいのでしょうか。
「ほらー!こいつの本性こう!女子供に手を上げる!ね?小春、こいつとはやくわかれえたひょうがいたたたたた」
「女の子だろうがお子様だろうがおばかさんだろうが超えてはいけない一線があるんですよ。山茶花ちゃん」
一筆書いたのすっかり忘れて腹いせに来たのでしょうか。
油断も隙もありゃしません。
無駄かもしれませんが山茶花ちゃんの頬をつねり、なんか呪文的なものを口にできないようにします。
「つ、椿さん、違うんです。山茶花ちゃんはそんな悪いことをしに来た訳じゃないんです」
「それすら騙されているんじゃないですか小春さん。堅香子さまと喧嘩して家出して、家出し続けるのだるくなって狐の姿でよそ様の家に忍び込んでぬくぬく飼われていたことのあるという間抜けエピソードを持ってる山茶花ちゃんでも――」
「ひょっほ!はんれほん」
「――一応素質と実力はあるらしいので油断してはいけないんですよ。知力と特に常識が欠如してるんです。舵の利かない石油タンカーみたいな危険な存在なんですよ」
「ふううあいー!」
「そ、そんなことないです、連立方程式があやしいのは、その、これからきっと頑張れます!私が、びっくりさせようって誘ったんです。椿さん、山茶花ちゃんが私のクラスに転校してきたって知らなかったから」
「えっ転校生ってこのすかぽんたんがですか!?茉莉くんと木登り勝負して勝ったはいいけど降りれなくなってしかもそれ去年の話っていういい歳してあんぽんたんな山茶花ちゃんが、小春さんの」
「もー!!」
かなり強い力で腕を振り払われました。僕の拘束を逃れた下手人は、小春さんの背中に回り込んで僕をきっ、と睨みつけます。
「最低、最低、顔は女の命なのよ」
「そうだね。山茶花ちゃんから美人をとったらそこにはもう絶望しか残らないよね……逆パンドラだよね。あ、外の皮がパンケーキで出来てるどら焼きの事だからね。安心して?」
「なんかよくわかんないけど今ばかにしたでしょ!きー!」
「仲良く、仲良くしてください。椿さんもどうしたんですか」
小春さんはすこし驚いているようです。
あまり気が立っている僕を見たことありませんものね。余裕がなくて面目ない。
元凶の、あなたの今背後にいるクラスメイトの女狐は僕のことが好きだったけどこっぴどくふられ僕の事を嫌いになって、おそらくさらにこじらせて今別れる事を進めてきてるんですよとは小春さんには言えないので押し黙ります。
「……本当に小春さんに悪さする気ないんですね」
「し、しないわよ。ふ、ふつうに、友達の家に遊びに来ただけよ」
「小手毬ちゃんに誓えますか」
「何で姉様なのよ」
「だって神様達はあんなで、反抗期だからご両親は嫌だろうし消去法で一番信頼に足る存在はそこかなって」
「いいわよそれで、誓える、誓えるわよ全然」
山茶花ちゃんは嘘をついている様子はありません。
性根まで腐ってはいないと思うのですが、人間の常識とか、悪さがどのレベルなのか、などがあやふやなので油断はできません。
まあでも、今日はこれでいいか。
「……そうですか。お行儀よくするんですよ……お騒がせしてすいませんでした。お母さん、アイスいただいちゃったんですけど入れる所ありますかねー」
「おかえりなあらーたくさん!」
興味津々に部屋を覗き込んでいた小春さんのお母さんに、アイスを渡すために台所に向かいます。
今食べられる分だけ入れられたらいいなあ。
目を離すのが不安だから小春さんと一緒に僕の家にアイスを置きに行こう。
そして山茶花ちゃんに注意するのを怠らないことを伝えつつ、5分くらいいちゃいちゃして癒されよう。
本当はもっと戯れたい。
えげつない所以外の所も小春さんに飢えているんですよ。心とかそういうところ。多分……
「ねー今日お風呂一緒に入ろうよー」
「いいけど、うち、せまいよー?あ、狐さんになる?洗ってあげようか」
―――なん……ですと。
「それだとあんただけ大変じゃない?わたしも洗ったげるわ」
「……さ、さ、山茶花ちゃん、迷惑ですから。普通の子は夕方の鐘が鳴ったら自分の家に帰るものなんですよ。まさかご飯をたかるつもりじゃないでしょうね」
「なんでよ。わたし今日ここにお泊りだもの。明日一緒に学校行くんだもんね」
「うん、あ、そうなんですよ」
「へへーん、あんたが仕事なんか入れるからひまになった小春と電話してそうい」
「経緯なんぞどうでもいい。山茶花ちゃん、帰れ」
「ちょ、なんでよー!?や、変態―!」
あーあ。山茶花ちゃんならこうして担ぎ上げても全然どきどきしないのになあ。
発情期いらないんだけどなあ本当。
このまま靴を履かせて駅前まで持ってたらさすがに僕の怒りを感じて帰るかなあ。あ、あの玄関先の無駄に可愛いブーツがそうか。
履かせるのがめんどくさい靴履いてきやがって。
本当やっちゃいけない事のラインをわかってなくてもやもやする。
「椿さん、なんでですか、お友達なら普通の事です」
「そんなぽっと出のアホのお友達より僕の方が正当に手にできる権利なのに行使できないのが辛くてずるいので許容できません」
別になんにもしなくていい。
傍にいられればいい。
でもなんにもしないができないからしょうがないんだけどって何度しただろうこのこれ。
だからって他人がそんな幸せな状況なのを祝福できるほど器が大きくないんです。つらい。
「……さ、山茶花ちゃん、今日やっぱり帰る……?」
「ちょ、友情より男を取るとか嫌われるタイプよ!」
「あ、やば、口に出てた。違います誤解です全然あの、あの、いや、やっぱり山茶花ちゃん帰らないでいいよ!ちゃんと小手毬ちゃんに泊まるって連絡したよね!?」
「何その掌返し!?」
「椿さん!」
とりあえず担いでいた山茶花ちゃんを下ろして。
泊まってけモードの小春さんはとても手ごわいのです。
可愛らしい微笑みを浮かべながら粘り強く僕を誘ってくるので、うっかり「はい」と言ってしまわないように全神経を集中させます。
通報されてもいいからこのまま攫って帰りたいのを我慢して、僕は小春さんのおねだりを拒否し続けます。
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今日は珍しくお母さんが止めてくれて、攻防戦は早く終わりました。
アイスが溶けそうだったからです。
山茶花ちゃん含め5人でも厳しい量だったので小手毬ちゃんを呼んで一緒に夕飯のあとにアイスを片づけました。女の人の甘いものは別腹っぷりはすごいですね。
結局小手毬ちゃんと山茶花ちゃんは狐の姿で小春さんの部屋に泊まったようです。
あまりもやもやしないのは、小手毬ちゃんに連絡したとき八汐兄さんが一緒にいたらしいのですが、来たがる八汐兄さんを
「普通のご家庭には兄様は無理だから」
小手毬ちゃんがびしっとシャットアウト、ふてくされた八汐兄さんが
「じゃあ、ひさびさに遊んでやろう」
と、粋連さんの部屋に押し入って行ったという話を聞いたからでした。
この世に僕より不幸な境遇のひとがいる。
しかも嫌いな奴。
その事実を知ると不思議と溜飲が下がりました。
ほんとうに僕は狭量で俗物な狐だなという自覚はあるのですが、顔にも言葉にも出さなきゃオールオッケーだと思うのです。
心の中は皆自由です。
そういえば、アイスは大納言あずきはひとつしか入っていなくて、僕の好きなマスクメロンが4つ入っていました。
店長さん。これ美味しいって言うとえんえん同じメニューのお母さんじゃないんですから。
本当、店長さん。もー。