1人いれば40人いるに違いない(1)/おつかれ椿さん
一年は十二ヶ月で四季があるからなんとなく、三か月ごとに季節が変わる印象があります。
夏は6、7、8で秋は9、10、11、冬は12、1、2で春は3、4、5、といった感じ。
でも実際はそんなきれいに区切れている訳ではありません。
5月はもう半そでですし、9月まで暑いし、3月は寒い。
桜の季節ですらお花見を長時間やるならコートは必須ですからね。蕾のままの今ならなおさらです。
自転車に乗っていればさらに。
手袋もマフラーも万全で、自転車でお店から帰るのもいつも通り。なのにひどく億劫なのは今日が本当はお休みのはずの日曜日だからです。
です。
店長さんが、15時まで店番変わってくれってお願いされて休日出勤です。
時給5倍出すって言われたけどお金につられた訳ではなく義理で出勤です。
店長さんも色々大変らしいです。
これで忙しかったら気が紛れるのですが、お客さんセンセイと三四郎さんだけ。
閉店までの作業を全部終わらせて、も、暇。
もう僕いらないんじゃないかな。
二人ともロック派だから氷と山崎とウォッカと柚子ジュース置いておけば勝手にやってくれるんじゃないかなといういけない誘惑に駆られてしまいました。
「久々に会いたいから小春ちゃん呼んでよ」
三四郎さんにそう言われましたが、公私混同いやなんです。
なんか常連だけで内輪感出しすぎの飲食店って嫌じゃないですか。
ほぼ会員制みたいなものなのに何言ってるんだって話ですが。
ああそう、あまり僕のプライベートを仕事中にお客様に出したくないのです。
プロ意識ゆえです。そうそうプロ意識。
小春さんにも「行っちゃだめですか……?」って聞かれたけど駄目です。
そういう訳で半日つぶしてこの後小春さんちでまったりして晩ごはんを食べるために急いで帰っている最中なのです。飛ばして帰りたいのに安全運転です。
理由は自転車の前かごにあります。
みんな大好きアイスクリーム、某なんたらロビンの袋が風に揺れています。
休日出勤のお詫びにと店長さんが持たせてくれました。おっきい方の12個入りでした。
うれしいんですけど。でも、日向家と僕で4人しかいないんですよ。
家庭用冷蔵庫の冷凍室はそんなに大きくないんですよ。
ましてや小春さんのお母さんは冷凍庫みっちり派なんですよ。どうするんだこれ。
店長さん、こういう所がなあ。
多分12個中3個は自分が好きな大納言あずきだろうし。美味しいんですけどね。
小春さんはオレンジソルベが好きだけど知らないからちゃんと入ってるのかなあ。
買う前にリクエストを聞いてくれればいいのに。
そしてアイスの箱が僕の自転車の籠に入るか気にしてくれればいいのに。
むしろそんなものを買ってくる暇があるなら早く交代してくれればいいのに。
「……………」
微妙も積み重なるとちょっとした不満です。
すべては天の神様の言う通りですとも。言う通りにしますとも。
鉄砲でばんばんばんって撃ってやりたいときもありますけどね。じゃがいも鉄砲くらいですけど。
なんでそんな喧嘩しちゃうんですかね。どんだけ奥さん怖いんでしょう。会った事ないですけど。
そういうの周りに影響しない感じでやって欲しいですよね。二人ともいい加減大人なんですから。
「………」
柄にもなくぐちぐちしてしまいました。ぐちぐちしたおかげで帰路あまり焦らないで帰って来れました。日向家の門扉を自転車ごと通って、玄関先に自転車を置かせてもらいます。
鍵はかかっていないので「こんにちはー」という挨拶と共に玄関扉を開けます。
あれ、小春さん新しいブーツ買ったんでしょうか。かわいい。
見慣れない靴に自分のものをよせて、上がります。
いつもなら小春さんが迎えに駆け寄ってきてくれるはずなのにそういった気配はありません。
お母さんのお手伝い中かなんかですかね。
居間に行き、台所でお母さんと冷凍庫の確認をし、入らなそうだったらデザートの時間まで僕の家の冷凍庫にアイスを避難……させるためには作り置きのタッパーを冷蔵庫に移動させて製氷皿を全部出してめんどくさいなー……と考えながら「どうもー」と、居間の戸を引き開けます。
「…………」
「あ、椿さん!お帰りなさい!あの、学校のお友達が遊びに来ていて」
「初めまして小春さんちの彼氏さん!小春ちゃんのクラスメイトの、斉藤やよいでえーす!」
「……ど、どうも」
初めましてじゃねえよ、と斉藤やよいなるものをどつきたくなってしまったのですがこらえました。
斉藤やよいなるものはにこにこしながら日向家の居間でくつろいでいます。