泣きっ面に蜂のぼっち、すてあーずでぐじぐじと
別にこれは敗走ではないの。
ハーフタイムとかそういうやつよ。
クールダウンして状況を確認するのに必要だからそうしているの。
岡目八目になるのよ。そうそう。
「…………」
何がいけなかったのかしら。
多分大きくドジ踏んだものはないのよ。
小さな小さなことが積み重なっての今なんだわ。まず現状把握。
なんかわたし、グループで浮いたっぽい。
先週末から今週にかけて、色々不愉快なことが起こったけどまあ全部忘れて、人間のふりして馴染む修行に集中することにしたのよ。
もうテストも終わったし、春休みが近いから休み中にクラスの子と親睦を深めようと思って、それで、前に話題に出てたうちに泊りに来たいって言ってたから姉様に了解とったうえでお泊り会する?って誘ってみたけど、微妙に濁されてしまった……
しつこく誘うのもなんだから、その話題以後スルーしたんだけど。
それで、まあ、その件はおわりなんだけど……けど……その後の日常会話でもつっかかってしまった。
転校してきてしばらくは家族構成とか、今まで住んでいたところの事とか聞かれることに答えて、相手の事とか質問していればよかったんだけどもうあらかた聞いて聞かれてが終わった、のよ。
そしたらそのあと、普通の雑談じゃない。
高校生だからみんな進路の話とかしてるけど、わたし別に勉強のためにここにきているから予備校とか志望校の話とか、ついて行けなくて。
もちろん昨日のテレビとか最近話題の映画の話とかもするけど、そういう話題だけ喋って、勉強関係の事になったらだんまりの子とかおかしいじゃない。
だから全体的に黙るじゃない。
口数少ないけど楽しげな雰囲気を出す修行とかしたことないから多分へんなの、わたし。
微妙に周りのグループの子が気を使っているような気がするのは勘違いじゃないと思うのよ。
という訳でものすごくクラスに居づらい。
粋連のバカに会いたくないから電車遅くしたら教室につく時間微妙になっちゃって、朝の教室滞在時間も伸びたし。
そしたら必然的に雑談に加わらないといけないし。浮いてるのに。
なんか居づらくなって、ちょっと用がってお弁当の時間教室抜けてきちゃったわ。
「…………」
ここからどうしたらいいのかしら。
もうすぐクラス替えだからこのまま逃げ切って、新しいクラスで心機一転でもいいんだろうけど。なんか、生意気ね!みたいな因縁つけられる心の準備はしてたんだけどこんな感じで微妙におかしくなるとは思ってなかった……
これが人間社会に混ざることの難しさなのかしら。もっとうまくやれると思っていた。
落ちこむわ……
なんだかあれもこれも全部うまくいきそうだったからこそ、ダメージが大きいんだわ。きっと。
本当はそんな大したことがないのよ。きっと多分。
「ほんとうにそうなのかしら……」
好きだった人にこっぴどくふられるし。
そもそも範囲外みたいな事言われるし。
好きでもない人にも眼中にないって言われたし。
両親が立派だから、みんなおべっか使ってただけで実はわたし全然大したことのない、というか全然だめな存在なのかしら。
思い付きを否定する材料が手元にあんまりない。
わたしここを卒業して、どうするのかしら。
粋連みたいに進学してみればとか父様は言ってたけど、うちお金そんなにあるのかしら。
お年寄りの世間話の二言目には「最近人間の金を稼ぐのがめんどくさくなった」って愚痴が出るんだけど、うちどうなってるのかしら。
父様と母様が働いているところ、見たことがないのだけれど。愚痴っている所も。
もしや父様、わたしに人間のふりして進学して就職して出稼ぎをしてほしいとかそういうこと……?
お世話になってるから全然いいんだけど。いいんだけど。
聞いた方がいいのかしら?子供が口出しするなって感じかしら。
「あーもーなにがなんだか!すべてがめんどくさーい!」
「あっ」
目では確認できないけど、結構近くで教科書的なものがばさばさ落ちた音を耳がとらえた。
ここは旧校舎の端っこの階段で、人はこない。はず。階段の切り返しの少し先に人がいるっぽい。
落としたものを拾っている感じの物音のあとは静かだった。その人が歩き去る様子はない。
「誰?」
呼びかけはちゃんと聞こえたらしい。切り返しの向こう側、手すりにちょっと身を乗り出してばつの悪そうな笑顔を浮かべた女子生徒がそこにいた。
「あ、えと……同じクラスの……」
とっさに小芝居ができるあたり自分は結構いけてる妖狐だと思うんだけど、違うのかしら。しらばっくれたけど本当は知ってる。
1‐C、出席番号21番、成績優秀でどじっ子の類、ありえないレベルで最低に性格悪い妖狐の彼氏持ちで、うちの弟が一緒に撮った写真を毎日眺めて枕の下に入れて寝てるほどに男子に全体的に大人気の日向小春さんだった。
「ひ、日向さん。どうしたんですか?」
「あ、なんか……移動教室で……通りがかって……」
次の時間は新校舎の視聴覚室なんだからここに来るわけないけどどうでもいいので「そうなの」と返しておく。
「あの山茶花ちゃん、もしよかったら移動一緒ああっ……!」
しまった、みたいな顔をして日向さんは固まっている。
演技とかではなくて、素ですっとぼけなんだわ。この子。
このあとこの子がどうするつもりなのか興味がわいたが、移動教室の時間が迫っている。
もういいわ。すべてがどうでもいいのだもの。
「……椿から聞いたの?あ、違うわアイツ知らないもの。ていうかそうよね顔でわかるわよね。はいはいそうですわたしは本当は山茶花ちゃんです。弟と姉がお世話になっております」
「あ、あ、こちらこそ。美味しい蟹をありがとうございました」
母様ほんとう人(大半は妖狐だけど)への贈答品とりあえず蟹にすんのやめてくれないかしら。
わたしこっちに来て何人と蟹の話したかしら。佐藤さんの親戚の水産会社の蟹は確かにおいしいんだけどね。
そういうところおばあちゃんよね。
「それでなんなの、いきなり」
「あ、なんか……だ、大丈夫かなって」
「何が」
「山茶花ちゃん……なんか大変な子って誤解されちゃってるっぽいからいいのかなって……」
「は?」
日向さん曰く。
こんな変な時期に転校してくる、家族はばらばらに暮らしている、家族写真がない、兄二人の仕事をよくしらないなどの理由から家族間の折り合いが悪いのでは。
塾とか行ってないのに成績優秀で、でも進路の話になると言葉を濁すから経済状態があまりよくないのではないか。
話しかけても心ここにあらずの時が多い。ため息をついている。
あんまりにもヘビーだと手助けとかもできないし、知り合って日が浅いしこの子の扱いどうしたらいいんだろう。
という事になっているらしい。
「あー……」
設定を詰めるのが甘すぎたのね……北海道だと兄二人何してるか解んないけど自活してるっていえばあははそっかーで佐藤さん流してくれたけど、そうよね……。
でも兄あれ勤めてますって感じの顔じゃないし……。どうしようかしら。
そして心ここにあらずは……椿の変態に出かける誘いをもらってうきうきしていたからだわ。
あの日の自分を殺したい。
「よかったら、誤解を解く作戦とか一緒に考える?」
「なんでそんなに楽しそうなのよ、そして協力的なのよ」
話しながらの間に移動してきてわたしの隣に座っている日向さんの表情は、わくわく、とか、そんな感じだ。
隣の女が自分の彼氏を取ろうとしたとは全く疑っていない様子である。
「あ、そ、そうだよね。なんか、山茶花ちゃんの話小手毬さんとか茉莉くんとか山茶花ちゃんのお母さんからいっぱい聞いてたから、勝手に友達な気がしてて、あの、その……」
「どうせろくな話じゃないんでしょう」
「そんなことないよ。あ、これ食べる?」
日向さんはブレザーのポケットから風味絶佳のほうのキャラメルの箱を取り出して、一粒渡してきた。
突っ返すと感じ悪いから普通に食べる。
相変わらず薄紙外すのがめんどうくさい。相変わらずの味だわ。
「……なんでにやにやしてるのよ」
「小手毬さんが「あの子とりあえずキャラメル与えておけば機嫌治るから」って言ってて」
「……もうそんなに好きじゃないわよ」
このこと同じクラスになったのは姉様の差し金らしい。「気が合いそうなら仲良くしてやって」って転校前にすでにこの子に話はいってたらしい。
「あ、でもお母さんとか茉莉くんとかには学校が一緒なの内緒になってるって言ってた。あとね、椿さんも知らないよ」
椿が知らない事は知っている。
母様に言ったら仲良くしなさいだの、茉莉が泊まりに行かせろとかうるさいからだと思う。
過保護だわ。
ひとり立ちしなきゃって時にちょっと煩わしいわ。
今回だって別に今一瞬落ち込んでたけどどうにでもなることだったのに。おせっかいだわ。
でも憤りとかそういう気持ちは何にもないの。なんでかしら。
「あ、でも、茉莉くんが、街で見かけたらよろしくお願いしますって電話してきてくれたよ」
「それは口実で、あんたに電話したかったんでしょ。単に」
「え、違うと思うよー。いいなーきょうだい。私ひとりっ子だから」
「姉様以外熨斗つけてくれてやるわよ」
「えー……お兄さん見たことないし……」
そうね。冗談でもよその家に押し付けていい兄達ではなかったわ。失敗した。なんか別の話題……
「……そ、そういえばなんで学校で彼氏いない設定なのよ。あんた」
「え」
「いるでしょ彼氏」
わたしの言葉を聞くや否や日向さんはいきなり照れだして、自分が食べたキャラメルの包み紙をぐにぐにしだした。
「え、あの、だって……いるって言うと、名前とか色々質問攻めにあうし」
「ああ、説明めんどくさいものね」
田舎出身、人間に化けられる狐で職業バーテンダーって口にしたら頭おかしい子だものね。
彼氏いないのにいるって言いたい子が話盛りすぎちゃったみたいな男だわ。
面倒くさいわほんとあいつ。
「それもあるけど……なんかうちのクラス、写真を発表しないといけない感じなのね」
「ああ」
地味だから見せたくないのね。
「そうなの。格好いいから、好きになられたら困るでしょ」
「は?どこが?」
先週まで世界一格好いいと思ってたわたしが言うのもなんだが、そんな誰もがキャーキャー言う顔ではない。断言する。
仕事中はさらっとてきぱきしていてすごいとは思うけど、静止画なら大丈夫である。
「若い女狐さんて、みんな男の人を見る目ないの?小手毬さんも言ってた」
「いやあいつ性格最悪よ?そうだ、別れた方がいいって」
なんか、いい子だし。姉様がそんなん頼むならいい子確定だし。
このままあの男と付き合っていいものかって感じなんだけど。
日向さんはそれまでの笑顔を崩して、眉を寄せた。鳩くらいなら噛み殺せそうな険しい顔つきだ。
「椿さんが性格悪いなら、世の中の大体の人は凶悪犯になっちゃうよ」
「どんだけ!?どんだけ過信してんの!?」
「あ、チャイムなった。とりあえず行こう、山茶花ちゃん」
最低である理由を話すとわたしまで嫌われるので、根拠を話せないのがもどかしい。もやもやしながら差し出された日向さんの手を取った。
やわらかくてかわいくてあったかかった。
絶対あいつと別れた方がいいと思った。