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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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モブだって故意(に盗み聞き)がしたいっ!(2)

 

「だからなんでもないってば!」

「なんでもないって態度じゃないでしょう、それ」


 あれ。あ、あ、日本橋だ。


 いいんだ。いいんだけどよくない。

 言い争いをしながら電車に乗って来た二人組があたしの斜め前くらいに立つことで落ち着いたけど、落ち着いてない。


 この二人は最近この電車でよく見る二人だ。美少女とイケメンだ。


 イケメンは早稲田まで乗ってる多分社会人で名前は鈴木さんらしい、美少女は学生で斉藤さんだ。

 そう、斉藤さん。

 日本全国の斉藤さんをすべて集めてスペックをはじき出して数値化しランキング化したカーストのてっぺんにいるような美しい斉藤さんだ。同じ斉藤さんとして誇らしい。


 ひなちゃんとはまた違う派手な美少女で――あれ、ひなちゃんとこの子同じ制服だ。マジかよ。美少女養成学校とかなのかな。


「気に障ったらすいませんでした。では」

「なんで車両移ろうとしてるんですか。混雑時に迷惑だからやめてください。すぐ降りるくせに」

「…………」


 斉藤さんは派手な美少女だ。

 そう。アッシー君に立候補したくなる男がいっぱいいそうな感じ。

 年上の彼氏と付き合ってそう。

 だから鈴木さんが彼氏なんだと思ってたんだけど違うらしい。

 斉藤さんの方はたまにくだけるけど、鈴木さんの方がずっと敬語だ。


 謎の関係である。

 社長の娘とその会社の社員とかそういう関係しか思いつかなかったけど多分違うし。

 なんかお母さんとかお兄さんの話とかその他の親戚の話してるし。

 あ、本家と分家とかそういうの?都会にもあるのかな。


「よくわからないんですけど、俺昨日なんかしました?昨日からおかしいですよね」


 昨日は日曜日なんだけどお休みの日も一緒にいるの。どういう関係なの。


「鈴木さんじゃなくて、わたしが悪いんです。軽率でした」

「ますます意味が解りません。教えてください」


「察してください」

「思い返してわからないので教えてください」


「……その、日を改めます」

「今日仕事に集中できないんで今言ってください」


「え!?」


 めっちゃ緊迫してるけどどうなんのこれ。

 今現在車両を移動しようとした斉藤さんの腕を鈴木さんが掴んだんだけどそのままにらみ合っている状態。

 いつもスポーツ新聞のエロい面を真顔で熟読しているオッサンまで顔を上げてことの成り行きを見守っている。


「……言いたくないです」

「言わないと電車降りれないのと俺が学校までついてくのどっちがいいですか」

「は?無理です」

「じゃ、言ってください」


 鈴木押し強えええええええ!

 斉藤さん涙目なんだけど。どういう関係なの。


「……す、鈴木さんが言わせたんですからね」

「早くしないと飯田橋着きますよ」


 斉藤さんは一瞬視線を天井に向けてから、意を決したように口を開いた。


「……だから……鈴木さんが……わたしのこと、好きになっちゃったら困るでしょ……お、お、お互い」


 斉藤さんは耳が赤い。

 かわいい。なにこれ。

 実家がロミジュリ系で仲悪かったりするの?

 義理の兄妹かなんかなの?

 昨日なんか恋に落ちそうななんかがあったの?

 鈴木がそんなそぶりを見せたの?


「―――意味が分かりません。何をどうしたらそうなると思ったんですか」

「なんでわかんないのよあんたバカ?あんたの問題でしょ」


 とぼけている訳ではなさそうな鈴木さんを見て、斉藤さんがため息をつく。


「……だから、体質的な問題で!……あんたの!季節柄!」


 ますますよくわからない。

 冬……冬眠……ゴミ先輩が「冬ってさあ、人肌恋しい季節じゃん?」みたいな事言ってたけどそういう事?鈴木寒がりなの?やだ鈴木かわいい。


「あー……」


 鈴木から漏れ出た声は納得って感じだった。でもあまり面白い気分ではなさそう。


「あの」

「な、なによ」


「レーダーチャートってわかります?」

「何それ」


 レーダーチャートは、複数の項目の大きさを一見して比較することのできるグラフである。

 主に、それらの項目を属性としてもつ主体の性能などを比較するために用いる。

 各項目の軸は、中心から正多角形状に配置……って言ってもわかんないだろうな。


 鈴木、いつの間にか呼び捨てだが、鈴木が胸ポケットから取り出したメモ帳にレーダーチャートを実際描いているのだろう。

 斉藤さんが覗き込んで「あ、戦闘力とか素早さとかそういう時のやつ」と、ふんふん頷いている。

 頷きが大きくてかわいい。あほっぽくてかわいい。


「で、斉藤さんのスペックをグラフにすると色気とたおやかさと知性と生活力の項目がポイント皆無なんですよ。グラフ成り立たないんです。なので恋愛対象にならないんで安心してもらっていいですか」

「はぁ!?意味わかんない」


「主にそういう所です。ないと思うんですけど、対象になりそうになったら言うんで、嫌だったら逃げたらいいんじゃないですか。口で言うのも無粋なので、赤飯炊いて送り付けてやりますよ」

「ちょ、なんか最低なんだけど!」


「どっちがですか。俺は夜道で前を歩いていた女の人がこっち振り返って俺の存在を確認してから急に速足になるシチュエーションの50倍くらい気に食わないですよ」


 鈴木でもそんなことされるんだ。

 暗闇だと顔分からないからイケメンだから大丈夫みたいにならないからか。いや、イケメンだから大丈夫なんてことはないらしいけど。

 というか鈴木どんだけ女に求めるレベル高いの。


「失礼、僕はシャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインしか口にしないんだ」って立食パーティーで一口飲んだグラスをトレーに戻したけどそのグラスの中身ドンペリブラックなんですけど……えー……まじで……知ったかじゃん……みたいな状態に見えるんだけどあたしからすれば。


 生活力は知らないが色気はあるんじゃないだろうか。美脚だし。顔は美しいし。

 これ肌きれいだけどファンデ塗ってないだろうなすげー斉藤さん。


「その件に関して急に思い当たったとは思い難いんですが。誰かに入れ知恵されたんでしょうあんたんちのろくでもない長男とかに」

「ち、違うわよ!最近会ってないし!」


「まさかお姉さんですか」

「違うわ。もういいでしょ。降りる。不快な思いをさせてすいませんでした粋連さん!失礼します」


「裏口入学なんですから真面目に勉強しないと駄目ですよ」

「……あんた!なんか!なんか!皮膚病的なものにかかって!ご自慢の毛並みがボロボロになってしまえええ――」


 飯田橋のホームに降りながらの斉藤さんの叫びは閉まるドアに遮られ最後まで聞くことが出来なかった。


 電車はいつも通りのスピードで動き始める。


 周囲に注目されている事にようやく気付いた鈴木は「朝からお騒がせしました」と涼しい顔で誰にでもなく一礼し、コートのポケットから文庫本を出して視線を落とした。


 メンタル強すぎる鈴木。


 ロン毛って訳じゃないのに髪の毛が自慢なの?

 ハゲ家系なのに奇跡的にふさふさ、とかそういうことかな。

 しかしこの二人明日も喧嘩するのかな。気になる。


 と、気になって翌日も同じ電車に乗ったのだが、日本橋で斉藤さんは乗ってこなかった。

 三日くらい同じ電車に乗ってみたけど斉藤さんは乗ってこなかった。

 仲たがいして違う電車になったっぽい。


 あーあ。鈴木、あーあ。


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