モブだって故意(に盗み聞き)がしたいっ!(1)
月曜日来ちゃった。
仕事行きたくない。
しかたがない。働かざるもの食うべからずなのである。
いや、もう、食べなくていいから働かなくていいみたいな事にならない……?
ならないならない。
なりたい。拒食王に俺はなる。いつかなる。
よし。
物事を一つ決めると、一歩進む力になるような気がする。そんな風に自分を騙してあたしは電車に乗り込んだ。
ラッキー!葛西で降りるおじいちゃんの席の前が空いている。
自分がばらばらの電車で通勤しているせいもあるけど、一か月に片手で数えられるほどしかお目にかかれないラッキーアイテムである。
アイテム呼ばわりしてごめんねおじいちゃん。こんな朝早くにどこに行くのか存じませんがお体ご自愛ください。そして、いつもありがとうございます。
予想通り葛西で降りてくれたおじいちゃんの背中に大好きビームをおくりつつ、こっちに出てきてから初めて見たけどやっぱり慣れないクロスシートの座席に腰を下ろす。
別に目的地の落合まで全然立ってても平気なんだけどね。
ぎゅうぎゅう詰めじゃなければ。
押して押されて肘鉄されてオッサンの日経新聞がスーツの生地をバサバサ撫でていくのが嫌なの。けば立つッちゅーねん!みたいなので朝からイライラしたくないんです。
でも今日はそんなストレスとおさらば!
至福。朝からいいことあった。幸せ。
これから不幸なんだけどねッ。ハハッ。
あーあたしも葛西で降りてタクシーで夢と魔法のあそこに乗りつけたい。
キャプテンEO見てゴンドラに乗るんだ……あれゴンドラでいいのかな。ロープウェイ?多分ロープウェイだ。
そんな感じで直面するものから目をそらせたくもなりますわ。
まあでも今日は頑張ろうかな。
あらかじめこうきたらこうする、みたいなのおさらいしておけば心の準備できるっていうか……さーて先週のドラゴンボールはっ!みたいな。
だめだあのドラゴンボールの予告もったりしすぎだわ。
そしてたーららーらーらららららららーせいや!みたいな感じで相手に危害を加えかねない。
もうちょっと、あ、あの従弟がドハマりして何度も見せられたセーラームーン的な感じで行こう。
おさらい。なんかパヤパヤ音楽だったけど詳細は思い出せない。別にいいんだ。さっとだから。
あたし、斉藤のぞみ。社会人2年目が終わろうとしている24歳!
新卒で入った会社の嫌な先輩が嫌われすぎてやらかして四月一日でほかの営業所にぶっ飛ばされるんだけど、そいつの担当の引き継ぎをしないといけないの!かなぴー☆
臍曲げるとすぐ喫煙所に行くからうまくおだてて喫煙所に逃亡する回数を減らしてやる気をださせないといけないんだけど何を勘違いしたのか、あたしが自分に気があると勘違いしやがってデートに誘ってくるのをうまくかわさないといけなめんどくせええええええ!
無理じゃない?断ったら機嫌悪くなるし。
誰かに彼氏のふりをしてもらう……?
でもこっちで男友達とかいないし。
地元の人に協力してもらって遠距離恋愛的な設定……?
めんどくさい。写真とか持ってないといけないことになるし。ないし。
つか彼氏いないネタ散々飲み会でいじられてるし無理っしょ。
それ差っ引いても話つまんないのに自分が世界一面白いと思ってるし本当一緒にいるのが苦痛すぎる。
鼻からピーナツ飛ばす芸の一つも習得しろよ。
ただお前の体内に入ったものはダイヤモンドでも汚いから公の場で出そうと思うな。クソが!
先週までは先輩がムカついたら心の中で悟空風にツッコミを入れて遊んで聞き流してたけどそろそろそれも限界よ。
ちなみに「おめすーげえ歯黄色いな。沢庵の生まれ変わりか?」とかそんなんである。
だいたい会社も会社だよな。
みんなやりたくないから新人に押し付けるってどうなのよ。もうやめてしまおうか。
実家帰りたい……。
就職と同時にこっち出てきて、盆正月帰ってるけど足りない。うち4世代同居だったから一人の部屋とか慣れない。
あとお米まずい。
や、お米はおいしい。実家のやつだから。ごはんがまずい。
炊飯器、実家と違ってガスじゃないし、何より多分水がまずい。
汚れているのは水なんですですよらんらんらららんらんらーん!
お米おいしいけど、からついたまま送ってくるから週末に一週間分精米するのがしんどい。
お隣まで精米機の音が聞こえてて日曜大工をやってる人だと勘違いされてドリル貸してくださいって借りに来ちゃったし。ないっつーの。
隣の部屋のややイケメンないっつーのすいません。
ややイケメンは彼女ありである。そりゃね。
あーそうだ地元帰れない。
元カレが結婚してお花畑で幸せアピールしすぎてうざいらしいから帰れない。
やつも付き合ってる5年間はまともだったのになあ。
お嫁さんにお花畑にさせるような魅力があるのかしらはいはい女の魅力少なくてすいません。
『――門前仲町、門前仲町』
ドアが開いて、思わずあたしは首を動かして窓の外――停車駅のホームを確認する。
あー……やっぱりいない。
ラッキーアイテム乗ってこない。
門前仲町のラッキーアイテムは美少女ちゃんである。
さらっさらで、フワッフワの!シャララ―ンな!おおー!って感じの。多分高校生。
やっぱ都会だからかわいい子多いけど頭抜けてかわいい。
ちらちら眺めてでれでれするのが幸せだったのに最近乗ってこない。
あの子はこの電車に乗れば絶対に会える子だったのに。
ひなちゃん。友達っぽい子がそう呼んでた。
名前が雛菊ちゃんとかなのかな。はたまた、ひなの?どっちも名前負けしないわ。
最後見たのいつだっけなー……一月……あ、卒業しちゃったのかな。
もう見られないなんて。ひなちゃん。へこむ。
記憶の中のひなちゃんベストショットを再生して癒されよ。
今までありがとうひなちゃん。おねーさんは冬服のあなたのほうがすきだったよ。