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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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ほんのちょっと、の、ぐらつ帰路(2)/椿

 小春さんは驚いた様子で僕を見上げていますが、言葉は発しません。


「……その、帰りたくないと言っている場所に、はいそうですかって、帰せません。どうしたんですか」


 夜ですから、小声で、ちゃんと聞こえるか調整が怪しかったのですが、小春さんはしかめ面で唇を尖らせています。暗がりでもかわいいです。


「……家になんかあるんじゃなくて、椿さんともう少し一緒にいたかったんです」


 そう言って、小春さんは僕の胸あたりに自分の頭をこつんと寄せてきました。


「……結構、ずっと一緒にいたじゃないですか」

「もっとずっと一緒がいいんです。出来れば24時間365日、一緒がいいんです……無理なのはわかってます……重いですよね……」


 好きになってもらって、僕も好きで、もうその事実があったという事だけで十分で。


 あとはもうこの人を笑顔にするために使う労力に見返りなんていらないと思っているのですが、小春さんの求めてくれるものが僕にとってのとびきりの見返りだったりする時が、一番抑えが効かなくなって大変に困るのです。


 痛くないように、過剰に触れないように、でも寂しさを感じさせないように小春さんの背中に腕を回します。優しく、抱きとめる感じに。


「……重くないです。もうちょっとしたら、もうちょっと長くいられますから」

「いつですか」


「え」

「……何月何日何分…何秒地球が何回回った時ですか……?」


「すいません、統計取ってなかったんでわかりません……桜の開花のころには、多分」


 腕の中で小春さんが大きめのため息をつきます。聞こえよがしです。多分そんなつもりはないのでしょうが。


「すいません」

「……今日、風、やまなかったらよかったのに……ずっと」


 言って聞かせるというよりは、独り言のようなニュアンスだったのですが心の中で僕は地団太を踏みました。


 かわいすぎるんじゃボケェ。って感じです。


 自然と彼女を抱きしめる腕に力が入ってしまいます。小春さんがかわいいことを言うのがいけないんです。

「ん」

 思わずキスをしてしまうのも小春さんが僕を抱きしめ返してくるからいけないんです。

 何度もしてしまうのは小春さんがうれしそうだからいけないんです。


「僕も……」

「はい」


「僕も、今日、小春さんを帰したくない……」


 明日学校があるのにそんなことを口走らせてしまうほどに小春さんが素敵なのがいけない。

 抱きしめて胸があたるのがいけない。

 このあたり方前々から思ってはいましたがそこそこ相当あるのが本当けしからんと思うのです。

 プールの授業とかあるんでしょうか。

  男子殺す。


「椿さん……あの、ちょ、ちょっと、離してください」


 邪念が伝わったのか、小春さん側から身を引いてくれました。

 一安心なのですが、嫌われるのも嫌なのでどうフォローしたらいいかと小春さんの様子を伺います。

「椿さん……!」

  満面の微笑みを浮かべていました。


 微笑みというか、三日ぶりにご主人に会えた犬の、喜びを隠し切れない感じ……破願が適当でしょうか。

 そんなかんじです。もちろん小春さんはその辺の犬のかわいさを100万匹分抽出したかわいい成分でも太刀打ちできないかわいさなのですが。


「椿さん」

「はい」


「き、着替えを、取ってくるので、ちょ、ちょっと待っててもらっていいですか!?」


 こういう時、女の人は、戸惑う、とか、恥じらうとか、そういう反応をするものではないのでしょうか。


 小春さんと小春さんのお母さんとケーキバイキングにご一緒した時の顔に一番近いです。

 わくわくうきうきの臨戦態勢といいますか。


「……すいません、あの、同じ気持ちですよという意味で口にしましたが、今夜僕の家にお泊りの誘いとかそういう話じゃないです」

「えー!?」


 おもいっきりそういうニュアンスだったのですが、あまりにも小春さんががっぷり四つだったので冷静になりました。

  よかったんです。結果的には小春さんのためです。


 ―――小春さん……もしかして……本当に山手線の大崎から先知らないんじゃないのかな……という疑惑が僕の中にボコボコ湧いてきました。


 一晩中キスとかしてじゃれあって、疲れて寝る。みたいな認識なのでは。


 物事をぼかせばそうなんですけどぼかさないと、ねえ。あの。その。はい。


 女の人の事はよくわからないですが普通、こんなに、はい喜んで!みたいにはならないのでは。

 一度そうなる前に事実確認が必要なのでしょうか。


 でも説明して「無理です」とかなったら泣きそうだからなんかなあなあでそのままいけません、見返り求めない、いらない。

  欲しいけどいらない。いらないったらいらない。

  そんなに楽しくない。

  酸っぱいぶどう作戦です。狐の僕になんておあつらえ向きなんでしょう。


「……今日はこれで失礼します。小春さん」

「やです」



「明日学校でしょう」

「12時前には、おとなしく寝ますから」


 いやなに言ってんだか。寝かせねえよ。


 反射的に出そうになった本音を喉の奥の奥に押し込めてこらえきったと思った瞬間にボスドサ、というくぐもった物音があたりに響きました。


「…………?」

「…………?」


 玄関には僕ら二人。

  音の原因になるようなものはお互いの身の回りにはありません。

 というか音は玄関からすこし奥まったところにある、二階への階段から聞こえました。

 もう一度ぼすごすという音がして、階段から鞄がごろごろ落ちてきました。


「あっ」


 更に聞き覚えのある女の人の声と共に布団叩きがからからと階段から落ちてきました。


「……夜分遅くにお騒がせして、申し訳ありませんでした。お母さん」


 僕の呼びかけに応じて、そろそろと階段から声の主──お母さんが降りていらっしゃいました。もうパジャマでした。遅くなって申し訳ありません。


「やだ、あの、待ち構えて盗み聞きしてた訳じゃないのよ……?たまたま耳に入って。出てくのもなんだから魔法みたいに忽然とってやりたかったんだけどうまくいかないのねー……うふふ……あ、小春、これお泊りセット。歯ブラシむこうにあるんだっけ?」

「うんある。おかーさんありがとー!」


「あのあのそのえっとあのあの待ってもらっていいですか。前々から思っていたんですが、お母さんもう少し大事な娘さんを大事にしてもらっていいですか」

「してますよ?あらー小春、足りないかしら?おかーさんの愛」

「今度の三者面談はちょっと謙遜してほしいかなー」


「あら頑張っているものを褒めて何がわるいのかしら」

「あ、お話が盛り上がっているようなのでこれで失礼しますね。小春さん、お母さん、おやすみなさい」


「椿さん、忘れ物ですよ」

「いやあのだから!」


 お母さんからずずいと押し出された、泊り道具が入っているっぽい鞄を抱えた満面の笑みの小春さんをずずいと押し戻します。


 やっぱりなんか僕も人間の生態の勉強にドラマとか見ますけど、年頃の女の子が彼氏の家に泊まりに行くことを推奨するお母さんとか一人もいないんですが。


 娘の将来を考えたら得体のしれない狐なんかやめなさいって、普通反対すると思うんです。

 財産がある訳でも特別な能力がある訳でもないししかも余命あやしいから娘と最後まで添い遂げることもできない狐ですよ。


 ああなんか自分が情けなくなってきた。


 狐の僕がとびきりイケメンなのはそうなんですけどそれにしても。


「あ、不束とは程遠い、よくできた自慢の娘ですがよろしくお願いします」

「おかーさんそういう所」


「だって、ねえ」

「ねえ、には同意しますがあと全部おかしいですから。失礼します」


「ほら両親公認ですよ、椿さん」

「お父さんいないでしょう」

「あらあ、起こしてくる?」

「やめてください!」


 小春さんのお母さんは朗らかで大変に楽しい方なのですが、こういう冗談が過ぎる所がたまにありまして。

  それに乗ってくる時の小春さんはなんだかいつもと違う様子でお茶目でかわいいのですが今回は言いなりになる訳にはいきません。


「折角かわいいパジャマ買いに行ったのにねえ。本当かわいいんですよ。世界一かわいいんですよ?見たくないんですか?」

「…………」


 見たいに決まっているし脱がしたいに決まっていますし世界一かわいいに決まっていますが、無理なんです。


 いっそお母さんにも僕の現状を言うべきなのだろうか。


 いやしかし小春さんがこれだけめげない(?)んだからお母さんもその可能性が高い。

 そのうえでどうぞと言われたらもうはい喜んでってなるしかいやならないならない古河まで行っちゃうもん今の僕。


 山茶花ちゃんそういえば、はい喜んでって居酒屋でバイトとかしているんだろうか。

 やたらカクテル詳しかったし。

 そうだ。山茶花ちゃんの事を考えよう。

  性欲が減退する。素晴らしい。


「小春の寝顔は国宝級のかわいさなんですよ」

「知ってます知ってます。でも今日は駄目です」


 便利だ。山茶花ちゃんの事を考えると頭がすっと冷える。便利だ山茶花ちゃん。


 ※※※※※※


 結局お母さんの小春さん連れてけ攻撃は、起きて来たお父さんが止めてくれました。

 お母さんと小春さんのブーイングを食らっている間に目くばせで逃げなさいと促していただいてもう頭が上がりません。


 翌朝も二人から冷たい視線をばっしゃんばっしゃん浴びせかけられていたのにどこ吹く風でした。


 お父さん、本当、父の日、奮発させてください。


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